第10話 褒美と背徳

 会場は沸き立っていた。人々は、女中たちによって次々と運び込まれる料理を堪能しながら、レイチェルの詩についてあれこれと品評しあっていた。

 彼がうたいあげた、砂漠の地に生を受けしもの、天体、宝石についての文言は、この土地の人間の哲学や価値観に見事に合致していた。

 とりわけ瑠璃鉱石がもつ美しさについては、この国では特別な意味を持っていた。最も古くから、国内における聖石として、そして他国への輸出品として珍重されてきたといっても過言ではない。

 しかし、なにより現代では崩れ、砕けてしまったこの国の古語をこれほど巧みに操る者は珍しかった。ましてや、国外の詩人である。

 王はこの男をいたく気に入り、今夜は無礼講だと言い渡した。考古学研究や骨董品収集を好む王には、願ってもない客人であったのだ。しばらくこの国に滞在してくれと懇願する始末。


 王女はうっとりと詩歌の余韻を堪能していた。まだ先の鮮烈な衝撃が残っている。

 なにより、彼女自身が常日頃から支配の武器として「魅せ方」を重んじる身であるがゆえ、その見事な演出効果においても心底感心していた。

 そして、日々持て余していた退屈な気分など、このときばかりはすっかり忘れ去っていた。

 王女は、詩人の方へゆったりと手を掲げた。「砂漠の薔薇」の名を冠する、まだ年若い王女の甘美な微笑みであった。

「して、レイチェルとやら。そなたは褒美に何を望む」

 宴の席は、急にざわめきだった。羨望のまなざしが、いっせいに一人の詩人へと向かう。しかし、決して下手なことは口にできないというような空気であった。皆、どこか詩人の野望への興味があった。その様子を気にかけた王が続ける。

「何でも心のまま、口にするがよいぞ。体裁など気にしなくともよい。我らに二言はないと、この場の全員に誓おう」

「は。では遠慮なく」

 レイチェルは少しの間をあけ、優雅にひざまずくと、ついにはっきりと口を開いた。

「首をここに。それというのも、監獄にとらわれている獣使いの者どもの首でございます」

 途端に会場の空気が凍り付いた。王族、貴族、その他大勢の列席者らは詩人の口から発された、残虐非道な言葉を脳内で繰り返す。

 ―首を所望。獣使いの、人間の、首を。

 王は予期せぬ返答に、みるみるうちに真っ青になった。ローヴェラス騎士団員たちも、各々の耳を疑った。あの詩人、失踪の次は、気狂いか。

 たっぷりと時間を置き、王女が口を開く寸前になり、ようやくレイチェルは微笑んだ。

「というのは冗談で、彼らの解放を。私の友人たちなのです。さきほど手違いで、ここの牢へと連行されてしまいました」

 王女はアーモンドアイの瞳を瞬かせたあと、くすくすと笑い始めた。周囲の者は笑えなかった。王女以外の誰もが、口元を不自然に歪めたまま、表情をひきつらせている。

「おぬし、本当に変わったやつよのぅ。よいよい。ますます気に入った」

 王女は、ああおかしいと何度も目じりをぬぐい、近衛兵のひとりを呼びつけると、手配を急がせた。まだ会場の空気は、妙にひんやりとしていた。


 期せずして、ハーク、ケイトはそのままレイチェルの友人として、特別に宴の席につくこととなった。ふたりとも何が起きたのかわからないまま、縄を解かれ、地下牢から大広間へと移動させられた。

 騒ぎの張本人であるダリアも共に解放され、ローヴェラス騎士団の並びに戻る。ライセントは鬼の剣幕で睨みつけるが、罰も説教もこの席では御法度である。ゆえにこのダリアは、のちにこってりとしぼられることとなる。


 すっかり人気者になり、引く手あまたのレイチェルは一度だけ振り返り、ハークとケイトに向かって片目を閉じた。王宮の上空がら様子をうかがっていたラピスラズリも、騒ぎに乗じて人型に変化し、ケイトのもとへと駆け寄る。

 ケイトと騎士団員のライセントたちは、離れた席に居ながらも、むろん互いの存在に気付いている。食に、踊りにあけくれる人々の賑わいの中で、冷たく張り詰めたような緊張感がこの者たちの間だけを行き交った。


 そのなかで、ハークは愕然とした。突然の強烈な衝撃に頭が真っ白になる。

 ―嘘、だろ。いや、見間違えるはずがない。あれは…

 ハークはついに、ローヴェラス騎士団の隊列のなかに、かつての師の姿を見出しのだった。

 細身で長身の立ち姿。金の髪を斜めに分け、その間から切れ長な瞳を覗かせている。口元は、いつも微笑をたたえていた。やはり、人違いなはずがない。

 そして、師もまた、こちらに気がついているのを察知した。その男は、口元にひとさし指を立て、意味ありげに一瞥くれると、次の瞬間にはまるで何ごともなかったかのように、視線を玉座へと戻してしまった。

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