第11話 狂宴、剣の舞

 熱気をはらんでいた宴は、徐々に落ち着きを取り戻した。

 食後は、銀の盆にうず高く盛られた果物に、果汁で風味をつけた清涼飲料が振舞われる。

 レイチェルの詩を堪能し、すっかり気分の良くなった王女は、広間の者に声をあげた。

「誰か、ほかに芸のある者はおらぬか。名乗り出よ、同じように褒美をとらせようぞ」

 会場の視線が泳ぐ。王は壇上から再び、詩人を推した。

「レイチェル殿、もう一度詩を読んでくれはしまいか?そちの国に伝わる古い話でも構わん」

「嗚呼、酷なことを仰いますな。私の詩はいつも詩の神の命ずるまま、口にするものでございます。仮になんども使い古され、語りつくされた物語をこの場で披露したとて、真の意味で響きますまい。それは聡明で、誇り高いこの地の方々なら、すぐにおわかりになりましょう。なにより、そうしてしまえば私は私の信ずる神を裏切ることになります、ならば潔く死を選ぶのみでございます」


 王は一理ある、と感じた。古い物語や歴史のおおかたは、もう知り尽くしている。先の詩に感銘を受けた分、それらは退屈なものになるだろう。

 王女はよいよい、と下がらせた。気に入った人物には、甘いことでも有名なのだ。

「そなたはもう充分過ぎるほどの仕事をした。他におらぬか、歌でなくてもかまわぬ」

 いらいらとした王女の声に、広間の人間は慌てふためく。サルビヤの近衛兵は、またはじまったと目くばせしあった。権力を持ち合わせた女の、きまぐれな怒りほど怖いものはない。


「あんのへぼ詩人め。くだらん言い訳をがたがたと…」

「ありゃネタ切れですね、先輩」

 ライセントとダリアは、声に出さず目で会話した。他の騎士団員もそわそわとしていたが、ライセントの鋭い眼光により急いで姿勢を正す。

 しかし、永遠に続くかと思われた静寂は、意外にもあっさりと破られた。

「では、私が」

 悠然と進み出たのは、ユノだった。

 騎士団員は頭を抱えるやら、止めようとしてできずにいるものやらで動揺が波のように広がった。

「我々は護衛の身だぞ。分をわきまえろ!」

 思わずライセントは声をあげたが、ユノは構わず歩を進める。ダークグレーのマントが歩調に従って、大きくはためいた。

 ダリアは表情筋をひくつかせる。

「ユノ先輩のせいでこの場がしらけちゃったら、だれが責任取るんですかね?」

「決まっている。ここにいる我々全員だ」

 地の底から湧いてくるようなその声は、屈強な騎士団員たちをも震えあがらせた。


「して、そなたは何を見せてくれる?」

 王女は妖艶な笑みを浮かべる。ユノはマントをさばき、優雅にひざまずいた。

「剣舞を」

 会場は再び、沸き立った。今夜は娯楽に事欠かない。ならば、王女の機嫌は損なわれない。後宮の美女たちは、ユノの面立ちを見るや、ほぅと息をついた。

 ユノはすらりと剣を抜き、充分な空間をあけるよう、周囲の者へ指示を始めた。最後に、客席を振り返る。

「レイチェル殿、あなたに吟詠を頼みたい。あと、そこのきみ」

 ユノが剣で指し示した相手は、ハークだった。何をしでかすのやらと傍観していたハークは、突然のことにぎょっとした。

「ハーク君、きみだよ。きみにも手伝ってほしい」

「俺は舞なんてやったことありませんよ」

「そんなことはないよ。私の手ほどきを受けていたじゃないか」

 ユノは目を細めた。

 ずいぶん離れた場所にいるにもかかわらず、互いに口を小さく動かすだけで会話ができた。

「師匠が教えてくれたのは、剣の振り方だけだろ」

「ハーク」

 ケイトが肩を叩いた。ハークはびくりと肩を震わせる。

「おまえ、大丈夫なのか?」

 ケイトは何が、とは言わなかった。しかし、ハークが騎士団の者と面識があることへの驚きより先に、仲間としての心配が勝った。

「大丈夫、じゃないかも」

 ハークはぽつりとつぶやき、茫然と人ごみを分け、師のもとへと向かった。

「あんなに覇気のないあのこ、初めて見た」

 ラピスラズリも不安から、ケイトの腕にしっかとしがみついていた。


 王女は立ち上がり、優雅に両手を広げた。

「さぁ、遠慮せず始めるがよい。一夜限りだから、盛大にやろう。待機させているウード奏者も踊り子も、火吹きもみんな呼べ!」

 一種の恍惚状態に陥っているのは、誰の目から見ても明らかであった。こうなった彼女を止めるすべがないことは、日ごろから仕える家臣であれば皆心得ている。


 不思議な形の弦楽器が持ち込まれ、それは慌ただしくかき鳴らされた。次いで踊り子たちがヴェールを翻し、足を踏み鳴らす。

 レイチェルも突然のことに焦りを隠せなかったが、ままよと口を開いた。騎士の踊りならば騎士道物語がよい。この手の語りは、宮廷で最も多く求められてきたから慣れたものだ。異国のメロディに騎士の恋愛物語を当てるなど、もはや無茶苦茶だ。だが、火吹き男らによって、空の暗がりに吹き上がる幾本もの火炎が、そんな雑念もかき消した。

 ユノは、しなやかに舞いをはじめる。長剣の刃がときおり鏡面のごとく光を放った。その雄々しさは、さながら獅子のよう。

 そして、弟子の姿にちらと目をやった。やや後方にいたハークは、ユノの動きに合わせ、剣を振るい、舞っていた。

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