第8話 捕縛

「こんなところに魔獣で乗り込む馬鹿がいたとはな。お前のとこの組織も落ちたもんだ。国際問題だぞ、これは」

「組織について言うなら、おにーさんの籍だってまだこっちにあるんだよ。悪いこと言わないから早く戻ってきなよ!ほんっとうにあとが怖いよ!」

「俺が組織に戻ることはない。それと、お前ライセントの部下だろ。一人だけ女っていうんで軍時代から知ってる。異民族のお前だって真に忠誠を誓ってるようには見えないが」

「うっさいわね、あたしはローヴェラス騎士団のダリア!ああ、とにかくもう時間がないの!」

 ダリアは、じたばたと足踏みをした。

「おにーさんも協力しなさいよ!宮廷詩人を探してるんだから!」

「知るか。俺に用がないなら、早くそっちを探しに行け」

 ケイトははっきりと言い放った。

「あああ!悔しい!急ぎの用事がなかったら先輩に代わって半殺しにしてやったのに!このままじゃ、先輩の方が生首になって城壁に飾られちゃう」

「うへぇ」

 ハークは顔をしかめた。どうしたものかと戸惑う。剣を抜こうにも人目が多すぎた。ケイトは、武器を手にするなと合図を送った。周囲にいた園内の人々は波が引くように離れていったが、何かの演目とでも思っているのか、こわごわと遠巻きに眺めている。

「ちょっと待って!おにーさんがいるってことは、聖獣使いの女も近くにいるってことじゃない」

 ダリアは一人芝居のように、思考と喋りを繰り返していた。これほど考えが洩れ出る人間というのも珍しいなとハークは思った。

 一刻も早くこの場から逃げ出したいところだが、身体の大きな魔獣が立ちふさがり目を光らせているために、それを倒さなければ不可能だった。その隣で、ケイトは呆れたように、指を立てる。

「確実に手柄がほしいなら、まずは優先順位をつけろ。お前にとって、まずはライセントの命が最優先だろう。ならば、とっとと宮廷詩人とやらを探せ」

 ダリアは、うぐぐと悔しそうにうめいた。しかし、何も言い返せず、恨めし気な表情だ。

「わかったわよ。見逃してあげる!でも、すぐにおにーさんも捕まるわ。私が報告しちゃうんだから!」

 すると、遠巻きに見ていた人ごみのなかから衛兵がなだれ込んで来、今度は夥しい数の兵士たちに剣を向けられ、取り囲まれる。

 王国が所有する施設なだけあり、警備体制が通常の街と比べて、桁違いのものであった。

 そのうえ、なんと多数の獣使いまでもが投入されている。その凄まじい勢いに圧倒され、ダリアは動揺から魔獣の召喚を保てなくなった。その途端に抵抗する間もなく、ダリア、ケイト、ハークの三名はサルビヤ国の兵によって捕縛されてしまった。



 すぐに衛兵が騒ぎの後始末をし、園内の人々は何事もなかったかのように動物の鑑賞を再開した。

 先ほどの間に、檻の中にいる動物たちも魔獣の存在を感じとったらしく、本能で姿を隠してしまった。そのため、あちこちから不満の声が上がっていた。


 一方、ラピスラズリは魔獣の気配を察知してすぐにその場所へと向かったが、間に合わなかった。呆然と膝をつく。

「瑠璃の君、そんな恰好をしていてはおみ足が汚れてしまうよ」

 レイチェルはようやく追いつき、シルクで織り上げたハンカチを差し出した。ラピスラズリはぴくりとも動かない。

「ケイトが、ここの兵士に連れていかれた」

 レイチェルはあたりを見回し、ようやく事態を把握した。

「僕のせいだね。すまないことをした。いっそ罵ってくれ。そのほうがいくらか救われる」

 レイチェルは本当に悲痛な面持ちであった。

「もういっそ殺されてもかまわないさ、君の手にかかって美しいまま死ねるのならば。どちらにせよ、あの日が沈んでしまえば同じこと。詩の神は、ついに僕のもとに降りてきてはくれなかった」

 ラピスラズリは、ただ肩を震わせるばかりだった。

「どうして呼んでくれなかったの…私、そんなに頼りない?」

その様を見たレイチェルは驚愕し、目を奪われる。人の姿をしているとはいえ、魔獣が大粒の涙を次から次へと流していたのだから。

 この魔獣はそれを拭うこともせず、そのすべも知らない。しばし詩人は恍惚として、そのさまを見つめていた。

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