第7話 自由への憧憬
ハークは困惑するケイトの肩をどんと叩いた。
「行っちゃったな。今のはお前が悪い」
「はぁ。最近、ラピスの考えてることがわからなくなるときがある。あんなに感情を優先するやつじゃなかったのに。一概に悪いこととは思わないが」
「変わったと言えば、確かに可愛くなったよな」
「お前、そんな目で見てたのか?」
ケイトの鋭い目つきに、ハークは「そういう意味じゃないよ」とぶんぶんと手を振る。
ハークは、孤児院にいたときから何かと妹のような存在に縁があった。自分はそうでない人間とは、男女の距離感に対する感覚が違うのだろうと思った。そのように弁解したが、嫌味のように捉えられ、変な感じになってしまった。
「でもラピスラズリはアルフレッドと違って、ほとんど人間の姿でいるからときどき本当に魔獣ってことを忘れそうになるんだよね。ケイトにとっては、そんなことないんだろうけど」
「あいつは、自身の姿を醜いと嫌っているから人型を好むんだ。美醜を気にする獣なんてのも、珍しいよな」
ハークは、やれやれと額の汗をぬぐった。これまで、ケイトとラピスラズリは考えも行動も二人一組だと思っていたのに、どうやら問題はあるらしい。その人間臭さに思わず苦笑した。
「どうして笑う」
「いや、お前も人間なんだなって思ってさ」
ハークは、ロゼとアルフレッドを見ているようで、微笑ましいと思った。彼らはしばしの別離を経て、問題を克服したところであった。こちらの魔獣使いの件も、何かのきっかけで変化するだろうと思った。他人が立ち入る余地がないだけに、厄介だ。
派手な色彩を誇る南国の大型鳥が、鳥籠を模して造られた檻のなかを飛び回る。観客からは、歓声が上がった。人ごみの前列を占める子供たちは夢中の様子である。
乾燥地に慣れていない動物たちは日陰でぐったりしていた。おそらく気候の異なる遠方の地から連れてこられたのであろう。彼らからすれば、はた迷惑な話だとハークは感じた。高位につく人間の自尊心を満たすためだけに、もしくは政治の道具として扱われる動物の気持ちはどうか。
ならば、とハークは思った。召喚獣はどうなのだろう。獣は、召喚主のもとに死ぬまで繋がれている。アルフレッドは、ラピスラズリはそれを望んでいる。それが習性だと知ったのは、いつかの師匠の言葉だったか。召喚獣になりうる獣は、主人を持つことで安心するのだと。
しかし、彼らに自分たちの意思がないわけではない。意思疎通のため、人語を話す能力を身に着けた獣たちと旅をして、身をもって知ったことだ。
「どうだ。楽しんでいるか、ハーク」
「うーん、もういいかなって感じ。ロゼが来てたら、怒ってただろうな」
「そもそも来なかっただろ、あの獣愛護主義者は」
そういうケイトも、ずっと興味なさげだ。いい気分はしないらしい。ハークが黙っていると、それに俺はと付け加えた。
「こういうのは、王都の地下で見慣れてるんでね。あそこの研究とやらは、ここの比ではないほど傲慢で、残酷で、吐き気がする」
「いつもお前の話は重い」
「今も平気で行われていることだ。俺たちにとってはそれが日常だった。向こうではあのフィルの方が変わり者扱いなんだよ。能力はかわれているがな」
ハークはもういいよ、と話を遮った。羽ばたく鳥を目で追いながら、思いきり背伸びをした。空は砂埃に霞みながらも、どこまでも青く広がっている。
「ケイトは、俺たちと出会えて良かったな。お前ももう変わり者の一員だ。だから、きっと自由になれる」
ハークの言葉は、雑踏の中でも不思議とよく響いた。それを受け、ケイトはぽかんとしたあとに、初めて声をあげて笑った。何かがよほどおかしいらしい。しかしそのあとに、そうかもなと言ったのをハークは聞きこぼさなかった。
大空には、巨大な黒い鳥が旋回していた。檻の外であったため、野生の鳥だろうかとはじめは誰も気に留めなかった。
皆、夢見心地な色彩をまとう南国の鳥に夢中である。ときおり舞い落ちる不思議な色合いの羽根を手にしようと、子供たちは躍起になっている。
しかし、みるみるうちに檻の外を羽ばたく鳥の影が大きくなり、人々はついに悲鳴を発し、逃げ惑った。
地上に向かって急降下し、旋風が巻き起こる。砂嵐のように埃が巻き上がり、しばらく目が利かなくなった。
しかし、ハークとケイトは、その黒い鳥のような生き物の形状に見覚えがあった。
ぎらぎらと赤く光る鋭い瞳。薄笑いを浮かべたような裂けた口から覗く赤い舌。羽毛のない部分からは、固い鱗が覗いていた。
「魔獣だ、ハーク」
「うん、知ってる」
猛禽の鉤爪をもつ魔獣は低空飛行し、なぜかハークらの前に止まる。すると、その背から勢いよく女が飛び降りた。身軽だが、明らかに武装しているのがわかった。
「やぁやぁ。魔獣使いのおにーさん、久しぶりだね。そっちの少年は、初めまして?」
自然界のものではない歪んだ生を持つ魔獣。その存在を従えて、彼女は人懐こい笑みを浮かべていた。二つに束ねた緑青色の長い髪が、砂塵に舞っていた。
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