第6話 王立動物園
ハークらは、レイチェルとともに街に出た。あいかわらず強い陽光は砂粒によって反照するので、慣れない者にとっては眩しいことこのうえない。
ハークは不安げに周囲の様子をうかがう。
「騎士団のやつらは、あなたのことを探してるんじゃないの?」
「君たちに危害が及ぶことはないさ。罪を背負うは、僕の清浄なる魂だけで十分なのだ。しかし、どうか僕たちに神の御加護があらんことをと祈らずにはいられないね。あの方々はどうにも野蛮すぎる。かねてから僕の性には合わないと感じていた」
ハークもまた、この詩人のことを苦手な人種だと感じていた。しかし、自分が師と仰いでいた人物とどこか似ていなくもない。ならば、慣れたものだろうと思うことにした。
ケイトに視線を送るが、この男はどこまでも冷静だった。若くして外交官として諸国を巡ってきただけあると思った。
「ハーク、あまり挙動不審になるな。国絡みのでかい問題がある以上、小さい問題は今は何とでもなる。人ごみにいるほうがやつらも手は出し辛いだろう。相手は、騎士団員だ。進んで不利な立場に陥いるような馬鹿には務まらない」
「国外では『何をしでかしてくるかわからない連中』じゃなかったのかよ。よほど重要な情報なんだな。詩人殿のお話が」
「まぁな。それはあの女にとっても、だろ。確かにお前にとって利はない。本当にお人よしなやつだな」
「うるさいな、俺のことは余計なお世話だよ。あとあの女じゃなくて、ロゼな」
ハークはため息をついた。いい加減互いに歩みよってくれよと。
レイチェルは人目を引く女性的な髪型を、長い布を巻きつけることで隠す。さきほど露店で購入した。むろん華美な上着も、羽根飾りの付いた帽子も取り払った。
ケイトもフードを深く被った。王都の人間には顔が知れている。
レイチェルに付き添うは、ハーク、ケイト、ラピスラズリ。
ロゼ、アルフレッド、そしてフィルは別行動である。大人数では何かと目立つためだ。レイチェルの話によると、現状ロゼとフィルは騎士団側の人間から必要とされているという。聖獣使いとして、そして聖獣博士としてだ。なおさら目立った行動をとるわけにはいかなかった。
「で、何を見たいって?」
ケイトは律儀に街の地図を開いた。ハークは彼にもそれなりの思惑があることを感じ取るのだった。それに反して、レイチェルの瞳は輝きを増す。
「この地の生態系に触れたいな。この地に生を受けたものはどのように暮らし、何を思い、死んでゆくのだろうか。街を出て野生の獣たちがいるところまで出る、さらには遊牧民たちを訊ねるなんてどうだろうか」
「却下だ」
「王立動物園。こことかいいんじゃないか?なぁ、ケイト」
「ああ、それがいいと思う」
「まったく君たちはお堅いね。それじゃあ、まるで視察じゃないか」
レイチェルは少々不満げだったが了承した。何せ夜には王女との謁見がある。
黒い鉄格子がそびえたつ恐ろしく背の高い門が、大衆に向けて開かれている。世界各地の生き物を収容した園の存在は、いうまでもなく王権力の誇示のため。
ハークらがオーラヘヴンから利用している豪華客船の乗客の姿もちらほらと見受けられた。富裕層の家族連れが、旅行として国一の娯楽施設を楽しんでいる。
一行は、一般客として受付を済ませて入場した。一歩踏み入れれば、驚くばかりの人、人、人である。
ハークは高揚感を抑えられない。こんなに立派な文化施設を訪れたのは初めてだった。入場してすぐの広場には、乾燥地帯に住まう動物が広い空間で悠々と生活する様子が公開されていた。
ぐるりと見渡すだけでも、まだら模様の身体を持ち異様に首が伸びた生き物や、鎧をまとったようにどっしりとした皮膚をもつ一角獣が見えた。ハークにとって、初めて遭遇する奇妙な動物たちであった。
ハークは、聖獣や海獣はさすがにいないかと苦笑した。どうやって管理したものかわかったものではない。その手のことは、仲間内の聖獣使いや、聖獣博士の分野だ。
かたやケイトは、園内の賑わいに暑苦しいとうんざりした。レイチェルは、ふと何か思い立ったように足を止める。
「おい、急に立ち止まるなよ。それとも、さっそく詩の神とやらが降りてきたのか?」
「いや、きみたちふたりはもういいよ。ここからは、ラピスラズリ嬢と一緒に回りたい」
レイチェルの提案に即座に拒否反応を示したのは、名指しされた当人だった。ずっと黙っていたぶん、叫び声があたりにきんきんと響いた。
「あなたは、獣を連れて獣を見ようっていうの?悪趣味が過ぎるわ、気持ち悪い」
「ばか、自分から正体を明かすやつがあるか」
「いやなものは、いや!」
「レイチェル。ラピスがこういってるんだから、諦めろよ。確かに可愛いけど、このこはケイトの召喚獣だぞ」
ハークは残念そうに肩を落とすレイチェルをなだめた。
ケイトは、こめかみを抑える。
「ラピス、いつからそんなに聞き分けが悪くなったんだ」
これまでなら、おおかたのことは使命と割り切っていただろうが。ここまで言い終わらぬのうちに、ハークがなにやら大声で割り込み、ケイトの頭を押さえこんだ。
「痛!ハーク、何をする」
「お前さ、友達いないだろ!」
「突然何の話だ。暑さで気でも狂ったか」
レイチェルはそれを楽しそうに見ていた。ラピスラズリは、つんと顔をそむけた。
「私、詩人さんと行くわ」
「では、決まりだね。よろしく、宝石の名をもつ乙女よ。嗚呼、待ちたまえ」
レイチェルは先へとずんずんと進んでいくラピスラズリの後を軽い足取りで追いかけてゆく。
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