第2話 砂の街
ハークらが乗船した王都行きの大型帆船は、隣の大国サルビヤの港に立ち寄った。
北国であるオーラヘヴンから最短で王都へ向かうには、サルビヤを経由して、大海をわたるのが都合がよいのだ。
セインベルクとサルビヤの友好関係は悪くない。以前より盛んな交易、文化交流が行われていた。しかし、近年のセインベルクの異様な動きは、嵐の前の静けさと表現され、周辺国の警戒を招いている。サルビヤも決して例外ではなかった。
上流階級の貴族や裕福な商人たちは、そんなことお構いなしである。港に着くなり、皆歓声を上げながら、家族単位で散り散りになってゆく。旅行客として船に乗っている者がほとんどなのだ。この砂漠の街でしばしの滞在となる。
船側の都合としても、整備、点検や食料の備蓄に時間を要する。なにしろ規模が大きいうえ、贅の限りを尽くす客ばかり乗せている。万全を期して、残りの航行の準備に努める必要があった。
ハークは港に着くなり、見たこともない異国の風土と文化に目を奪われた。
海からは、幅の広い河が街へと続いている。そこから、さらに人の手で整備された運河が何本も走る。交易品は、主に小型の手漕ぎ船で運びこまれていた。
王国の城下町に足を踏み入れても、砂がすべてを支配していた。建物はすべて赤茶けた煉瓦を積み上げて形作られている。
道の端では、半裸の職人集団が座り込んで、煉瓦をひとつひとつ手掛けていた。砂や土を粘土のように扱い、木枠へ流し込む者。均等に並べて、天日干しにする者。その数は夥しい。
すっかり観光気分のハークとロゼの会話は止まらない。
「すごいな、ここは!こんな砂だらけのところに、どうやって国を作ったんだろう」
「ほんと。森がないなんて、不思議な感覚だわ。食料や飲み水はなくならないのかしら」
「こんな大国になるんだから、森や山に頼らない、ここの生活があるんだろうなぁ」
「なにを食べているのかしら」
ふたりの疑問にケイトは呆れながらも、いちいち口を挟まずにはいられない。
「砂漠なんてのは案外気楽なもんだ。遮るものがないから、敵襲は一目でわかる。害獣なんかも少ない。水は井戸を掘るなり、引けばいい。建物の材料なんかはそこらじゅうにあるわけだ」
そう言いながら、ケイトは地面を指さした。なるほど、乾ききった無限の砂粒はこの王国を立体にまで仕上げているようだった。
「ならセインベルクも砂漠に移動させれば?」
ロゼの投げやりな言葉に、ケイトは「暑いのはいやだ」と即答した。
フィルは引率の先生のような顔つきで、その様子をにこにこと見守った。若者の会話は微笑ましい。一方で、気候の変化に敏感な召喚獣たちを気遣う。
「お前たちは大丈夫か。アルフレッド、ラピスラズリ」
「正直きついです」
「ああら、だらしないわね。アルフレッド。聖獣様ってのは体温調節ひとつできないってわけ」
「あなたのような変温動物といっしょにしないでください」
「単なる場数よ。ヘビやカエル扱いはいい気分しないわ」
名を呼ばれた両者は、人間の姿であった。それでもアルフレッドの息は上がっている。本来アルフレッドの住む神秘の森が、北の大地に広がっているからであろう。いつもの冷ややかな表情は、微熱を帯びてどこか朦朧としていた。蒼い瞳も充血して、しょぼついていた。
対して、ラピスラズリはけろりとしていた。足元まで伸びる豊かな瑠璃色の髪は、すっきりと高い位置でロゼに束ねてもらっている。
時間がたつほど気温は上がり、体力は消耗する。一行が宿を探しながら街を流していると、王宮へと伸びる目抜き通りに出た。その両側には、公共の建物や高級商店が立ち並ぶ。人通りもただごとではなかった。ケイトは、フィルに金銭をすられるなよと何度も念を押していた。
すると、海を割るように人の波が両脇に引くのがわかった。駱駝に乗り隊列を組んだ一団が王宮へと向かって通りを闊歩しているのだった。一団の通行は果てがないのではと思うほど長い行列。
しばらく見世物を楽しむように眺めていたが、ケイトの呼びかけで路地を抜けることにした。
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