第五章 砂漠の薔薇、昔噺は砂に眠る

第1話 王女、詩人、騎士

 四方を砂に囲まれた、とある王国。宮殿内において、もっとも見晴らしよく、風通しのよい一室での出来事である。

 気だるげな様子の女は、水煙管の煙をくゆらす。長いあいだ吸っては、口をすぼめて細く吹き出すことを、繰り返していた。

 もうもうと甘い香りが立ち込め視界の悪い空間に、女官は足を踏み入れるなり眉をひそめた。

「おそれながら申し上げまする、王女様。少しはお控えなさいませ。そのような蛮族の文化はお身体に毒でございます」

 王女と呼ばれたその者は気にする風でもなく、繊細な細工を凝らした背の高さほどもあるガラス瓶を愛でながら、そこから湧き出る煙を管から取り込み、吐き出し続けた。

 絹織物を金糸で縁どった衣服に身を包み、寝台にゆったりと腰かけている。息をのむような黒髪は、この地の習わしどおりに鬘だった。

「べったりとまとわりついては、ここのところ片時も離れないこの退屈。この化け物を連れ去ってくれる者はおらぬか」

「ご辛抱なさいまし。じきに隣国より呼び寄せた詩人が到着しますゆえ」

「やれ、どれほどの退屈しのぎになるのやら。先日の老いぼれ楽師のようであれば、即刻投獄してやるわ」

「王女様、穏やかではありませんことよ。相手はかの国の宮廷お墨付きの者。すぐに戦争になりますわ」

「ふん、今やあのような空っぽの王室に一体何ができるというのか」

 王女はからからと笑った。女官は失礼、と彼女から水煙管の管を取り上げ、持ち去ってしまった。しかし、それに別段怒る様子もなく、また新たな暇つぶしを探し始めるのだった。

 その高貴な女は、その類まれなる美しさから、「砂漠の薔薇」と呼ばれている。この地域で古より愛される、砂に生まれる宝石の名である。

 つんと尖った鼻先と、きりりと切れ長なアーモンドアイはたちまち、見るものを虜にした。

 奔放で派手好きな女であった。同時にいかなる時も毅然とした、気前の良い為政者でもあった。

 そのくるくると入れ替わる王女の顔の変化に、砂漠の民は振り回されながらも結局のところ取りつかれてしまうのだった。


 一歩外に出てみれば、ほこりっぽく均質的な街の風景が広がるばかり。しかし、宮殿内には緑がふんだんに取り入れられ、色とりどりの絨毯が縦横無尽に部屋を渡っていた。

 王女の部屋には、大理石で造られた水浴場も備えられている。

 一様に頭を丸めた召使の女たちは、手に手に絹織物や装飾品を抱え、本日幾度目かの王女の着替えを淡々と手伝うのだった。



 時を同じくして、砂漠地帯に至る関所。

 隣国セインベルクより遣わされた一行が到着している。通行証の確認や監査など諸々の手続きのため、馬車を止めた。ここからの足は、馬から駱駝に代わる。

 荷の積み替えや、迎えの隊商との合流があり、かなりの時間を食った。


 男は高く昇ったここの太陽に容赦はないと感じた。羽根飾りのついたつばの広い帽子を深くかぶり直す。

 件の吟遊詩人であった。肩まで伸ばした赤い髪は、丁寧に切りそろえさせている。どこか女性的な容姿が、否応なく人目を引いた。

 隊商の者たちの視線を感じたが、何も気にはならない。むしろ、自分のような職業は、注目を集めてなんぼだと思っている。好んで派手な格好をした。

 しかし、この気候のなかベストまで着込み、細身のコートを組み合わせてきたことには失敗したと感じた。

 身体のラインに張り付いて、ほとんど風を通さない。

 照り付ける陽光はその熱を以てして、すべてを干上がらせ、頭のてっぺんから燃やし尽くすようである。


 日干しレンガを積み上げた関所の影を見つけ、ひとり避難する。

 すると、護衛として遣わされた騎士の男が隣にやってきた。この男には王都を出たときから世話になっていたが、すっかり自分のことを棚に上げて、優男だと見ていた。同属嫌悪というやつだ。

 騎士はあっけらかんとしていて、軽く手を上げた。

「や、レイチェル殿。この地に来るのは初めてかい?この暑さにずいぶんこたえていると見える」

「これはこれは、騎士殿。なんてことはありません。むしろ僕の情熱の高まりはとどまることを知りません。かねてからサルビヤの文化はこの目で見てみたいと思っていたのだから」

 詩人レイチェルは、その後サルビヤの文化への賛美を高らかに歌いあげた。ふと我に返ると、騎士の男はもうその場にいなかった。隊商の長と何やら話し込んでいる。

 ―はて、あの男。此度は自分の護衛ということだが、ローヴェラス騎士団の高位に就く者がまたどうしてこのような外遊に?

 レイチェルは、御者のひとりにレースのあしらわれた厚手のコートを脱ぐことを勧められたが、ほおっておいてくれと振り払った。

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