第18話 使命と意思と
ケイトは観念したように息を一つつくと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「以前、獣使いの里に潜入した連中は、軍時代の顔見知りだ。俺と同じく、やはり魔毒を飲むなりして魔獣と契約したらしい。あいつらが今誰の命で動いているのかは知らない」
「そういうケイトは誰に言われて動いてるんだ?」
「誰の命でもないさ。強いていうなら、何年も眠りっぱなしの兄を必要とする親族とでも言えばいいか。兄は王位を継ぐ可能性がある」
その言葉に、ハークとロゼは思わず身を固くした。
「おまえ、王族なのかよ」
「俺は妾の子だ。だが、兄のことは本気で尊敬していた。呪いだろうと病だろうと、何としても助けなければならない」
「病じゃなくって確実に呪いよ。あいつらが利用した魔獣のね。もちろん私じゃないわよ」
ケイトはもういつものようにラピスラズリの喋りを止めなかった。
「私たちが王都にいる間に知っている限りでは、ケイトが唯一魔獣使いの資格を持つ人間だった。でも魔獣のほうは、どんどん育てられていたわけ。そんなことして、何かないほうがおかしいってものよ」
ラピスラズリの訂正にハークはあることを思い出し、ためらいがちに口を挟んだ。
「前に聞く機会を逃してから、少し気になってたんだけど。ケイトの魔獣使いの力は、王都がレオセルダの魔女—マーティアさんの一族から奪ったってのは、やっぱ本当なのか?」
「事実だ。俺たちが生まれるよりも昔の話だがな」
ケイトは平然と言ってのけた。必要悪と割り切っているのか、その点に関して罪の意識は感じていないようだ。
フィルは、その様子にため息をついた。
「わしからしても、それが元凶な気がしてならんが」
ハークはケイトが激昂するのではと肝を冷やしたが、思いのほか静かにしていた。
「王族から原因不明の変死者が次々と出ているのは、わしのような隠遁者の耳にも入っとるでな」
ロゼは隣でむっつりと座っていたアルフレッドに何やら耳打ちした。アルフレッドは一瞬顔をこわばらせたが、なんとか心得たようですっと席を立った。
「話の途中で申し訳ないのですが、僕はもうこの話に興味がありません」
アルフレッドはラピスラズリをバルコニーの外へうながした。
「こちらはこちらで、別の話をしましょう」
ラピスラズリも嫌な顔を隠さなかったが、主人であるケイトの指示を仰ぐと、行ってこいという顔をするので大人しく席を立った。
両者は互いに距離をあけながらその場をあとにすると、屋内へ消えた。
「大丈夫かよ、あいつら一緒にして」
「ばかね、ハーク。ラピスに魔獣云々の話聞かせちゃ可哀そうでしょ。当事者なんだから。さぁ、話の続きよ」
「これは職業柄わしが聞いた話だが、王都の地下では魔獣を造り出す実験がずっと行われているそうだ。魔獣と言うのはな、能力の高い獣に魔毒とやらを与え続け、耐性をつけさせる。それで、魔力をもつ人間がその契約者となる。だが魔力持ちの人間なんぞそういるもんじゃない。だからレオセルダの魔女一族は、秘伝の魔毒や術具とともに徹底的に取り締まられ、多数が連行された」
フィルは、どうだ、合っとるかとケイトに確認を求めた。
「王都から長く離れていた身分で、よくそこまで知っているな」
「知っとるからこそ距離を置いていた。あそこはもう狂っとるよ」
「狂ってる、ね」
ケイトは自嘲気味に吐き捨てた。
「王都では、俺だけのはずだった。魔毒を飲むなんてことをやってのけた人間は」
ハークは話を聞けば聞くほど、徐々に息苦しさを感じていった。
―こいつはこんなに苦しんでたんだな。
ハークはこれまでこの男に、お前は甘いだの修羅場をくぐってないだのと叱責され、やりきれない思いに駆られたこともあったのだが、それが今になってじわじわと効いてくるのを感じた。
しかし、そんななかであってもロゼだけは特別感情を乱すことはなかった。
「ねぇフィル。魔力ってのは、生まれつき持ってる人もいるわけ?」
「魔毒は血に混じると聞いた。一族でその血が濃くなってゆけば、生まれながらにして持つことになるのかもしれん。レオセルダの魔女がいい例じゃな」
フィルはここまで言うと、ケイトに向き直った。
「おぬしは何も知らされぬまま、契約をしたのだろう」
ケイトは何も答えない。顔を上げないので、表情は読めなかった。
「何もおぬしを責めるわけではない。おそらくセインベルクのやつらもわかっていなかったのだから。だが、これで思い知っただろう。魔獣使いは未知の力を制御しきれずに、振り回されているのだ」
フィルの言葉が終わると、ハークはケイトの前に立った。
「おまえは王都に行って、その先どうするんだ?」
ハークの言葉に、ケイトは言葉を詰まらせた。
「俺はおまえにもラピスラズリにも生きてほしいと思う。そうじゃなきゃ、おまえの兄貴を助けられないだろう」
ハークは、レオセルダにおける先の魔獣戦で、この男が自分にはまだやることがあると言ったことを忘れてはいなかった。ようやく真の意味でこの人物に近づけたというのが、ハークにとっては密かに嬉しいのだった。
フィルは、ハークの言う通りだと力強く頷いた。他方、ロゼはこんな状況だというのに頬杖をついて様子を見ていた。ハークは構わず続ける。
「俺には、お前にこれまで助けてもらってきた恩がある。何か力になれるなら喜んで協力したい」
「おまえらに何の利点もないだろうが…」
ケイトは動揺を隠せなかった。せっかく自由になる機会を与えてやったのにという顔である。そこでようやく、黙っていたロゼがにこりとした。
「利点なら十分よ。タダ同然で王都まで行けるもの。それにあなたたちと居ると、不思議と私たちに必要な情報が舞い込んでくるの」
「だが、第一危険もあるだろう。特におまえは身柄を狙われているんだぞ」
「どうせ、どこにいても追ってくるんでしょう。ならばあなたたちといたほうが多少マシってものよ。探し人に会えたら、聖獣使いとして国に協力してあげないこともないわ」
ロゼの流暢な言葉に、フィルは腹を抱えて笑った。
「確かに聖獣使いとしての正式な登録が済んだら、軍もそう簡単に手出しはできまい。一応は管轄が違うからな。今もその仕組みが機能しとるかは知らんが」
ハークは、唖然とするケイトの肩を、ぽんと叩いた。
「ってなワケで、これからもよろしくな。逃げるんじゃないぞ、元官僚」
「まさか、こんなので立場逆転ってつもりか。おまえら、本当に厄介な連中だな」
ケイトは心底呆れた面持ちで、しかし心なしか顔をほころばせているようにも思われた。
フィルはというと、幼いころから神経質で何かと独りよがりだったこの青年の気質を知っていたため、満足そうにその様子を見守るのだった。
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