第17話 告白
オルゴールの音色が街中に響いていた。街のほぼ中心に位置する塔が夕刻を告げているようだ。
ハークたちは、「聖獣の庭」を脱し、オーラヘヴン裏手へ続く森への入り口まで帰ってきた。青みを帯びた煉瓦造りの街並みが広がり、革製品を身に着けた人々があいかわらずひっそりと往来していた。
「おお!帰ったか!夜が迫ってきたから心配しとったよ」
フィルは大部屋にて彼らの無事を喜んだ。ロゼとハークは全身泥だらけで、髪もいくらか乱れていたため、さぞ大変だったろうと労をねぎらわれた。
「フィルのほうこそ腰痛の調子は?」
ロゼがコルセットのまかれたフィルの身体を気遣うと、すっくと背を伸ばして見せた。
「この通りだ。あいたた、何この程度」
「やめておけと言ったのに、無理して街に出るから」
そばにいたケイトは呆れ顔だった。続いてラピスラズリがそんなフィルの行動を戒める。
フィルはお説教から逃れるように、明るい声を出した。
「ともかくようやく皆そろったことだから、ささやかな宴と行こうじゃないか」
身体の汚れを落としたハークとロゼは身なりを整え、衣類の調達に出かけた。むろんアルフレッドも青年の姿で同行している。持ち合わせだけでは、間に合わなくなったのだ。加えて、この地域は夜になるとずいぶんと冷え込む。
ケイトとラピスラズリは晩餐の準備にかかった。宿の一室でできることなど限られていたのだが、フィルの提案を先に聞いていたため、食料は既に揃えてあった。また、部屋を出ると、共用の調理場があったので借りることにした。
フィルはというと、彼らに言い含められて部屋で休んでいる。
ハークたちが帰ると、バルコニーに食事が並べられていた。ランプの明かりがテーブルに配置されていた。眼下の景色を望むと均等に設置された松明が通りを照らしていた。
オーラヘヴンの街は船着き場をそなえる商業都市としての性格を持つためか、夜も比較的明るいのだ。
一同はテーブルを囲み、火の通った温かい食事を楽しんだ。ハークとロゼにとって、ようやく心が休まるひと時だった。ケイトの料理の腕前はなかなかのものだった。
しばしの歓談の後、会話が途切れるのを見計らってケイトが口を開いた。
「さっそくで悪いが、今後のことだ。ここで決める必要がある」
ハークは現実に引き戻され、腹をくくった。ロゼは平然としていた。
ケイトはフィルに目くばせして、話し出した。
「俺とフィルは王都に戻る。近頃、セインベルクの情勢がおかしいという噂が絶えない。だから一刻も早く向かう必要がある」
フィルも残念そうに頷いた。すでに話がまとまっていたようだ。
「あんたたちはどうする」
ケイトはロゼたちに目を向けた。ロゼは意外そうに目を丸くした。
「私を聖獣使いとして登録させるんじゃないの?王都まで強制連行じゃないわけ?」
「ロゼったら人聞き悪いこと言わないでよね。それじゃ私たち悪人みたいじゃないの」
ラピスラズリが割って入った。アルフレッドはそれを横目に見る。
「初めからそのつもりで接触して、引き渡すつもりだったのでしょう」
「ま、実はそうだったんだけどね。あんた本当に嫌なやつ」
ラピスラズリは意地悪そうに舌を出した。アルフレッドの眼光が鋭くなる。
ケイトは彼らの注意をそらすために、指で机をこつこつと叩いた。
「どちらにせよ王都は騒ぎのどさくさで、それどころではなくなってるはずだ」
すると、ハークは跳ね上がるように椅子から立ち上がった。
「待てよ。ロゼは里で遭遇した魔獣使いに狙われてるんじゃないのかよ。王都の遣いとかで手段を選ばないようなやつらだった。何か良からぬ企みがあるんじゃないのか?」
「あいつらは俺とはまた違う動きをしている。別の勢力だと考えていい」
「そろそろ話してくれないか?お前らにも身の危険が迫ってるんじゃないのかよ」
珍しくハークは有無を言わさぬ様子だった。ケイトは舌打ちし、視線を逸らした。ラピスラズリはその様子をじっと見つめる。
「ケイト。言ってあげたら?」
彼女の言葉に一同は面食らった。この魔獣は、ロゼの監視者として、以前は誰よりも王都行を強いていた。にもかかわらず、今は主人に情報開示を促している。
「今あなたから言わなきゃ」
ラピスラズリは妖艶に笑った。彼女が以前苦しんでいたことを思い出したロゼは、彼らに向き直った。
「気の毒ね。あなたたちもまた王都の被害者なんでしょ。その歪な召喚の形見てればわかる。そんなの続けてたら、いつか本当に死ぬわよ?」
ロゼの容赦ない言葉から重い現実を痛感し、ハークは気持ちが沈んだ。フィルも悲痛な面持ちであったが、意見はロゼとほぼ一致していた。
ラピスラズリが反論しようとすると、ケイトがそれを遮った。
「俺が自分で望んだことだ。力が得られるなら、魔獣との契約は都合がいいと思った。あくまで自分の保身のためだった」
ケイトはゆっくりと吐き出すようにそこまで言った。続いて、「ただ」と机に視線を落とした。
「ただ、ラピスには悪いことをしたと思ってる」
一同が驚いたことには、この男はあっという間に覇気を失っていった。ただでさえも色白の顔は、もはや蒼白だった。
当人は一体何を言わされているのだと調子が狂い、このときばかりはもう使命や職務のことなどどうでもよくなっていった。これまで、自分の心中を人に悟られまいと、ひた隠しにしてきたというのに。
それを聞いたラピスラズリはたまらなくなり、倒れるようにテーブルに両手をついた。出されたままの食器ががちゃんと音を立てる。
「ねぇ、あなた達にこんなこと言うのもおかしい話だけど。私、どうすればいいのかわからないのよ。ケイトはどうすれば助かる?何をすれば報われるのかしら」
必死に声を抑えているのはわかったが、その分だけ悲壮感がただよっていた。
ハークは動揺を隠しきれなかった。想定はしていたが、現実の重みを目の当たりにした。しかしこの後、すべてを話してくれるだろうということは察した。
そんななかロゼの頭には、獣は泣かないのだろうかと、何故かそんなことがよぎっていた。
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