第9話 主と獣
聖獣アルフレッドは、とっさの判断でロゼを背に乗せ、驚異的な跳躍を以て、建物の屋上へと飛びのった。
屋根を移りながら、遠く走り去ろうと。
しかし、魔獣の瞳がそれを逃すことはなかった。
幸いにも、その体の重さから建物に登ることはかなわず、恨めしそうに唸っている。
アルフレッドは背にしがみつく少女を落とすまいと、気遣いながらも、地を見下ろすと街中にさらなる獣と、駆け付けた駐屯の衛兵らの姿が。
「…」
ロゼは、アルフレッドの背から降りた。
「私はここで待つわ。行きなさい」
アルフレッドは離れまいとその意思を示したが、命を拒めるはずもない。
今宵のひときわ大きな満月を背に立つ彼女は、有無を言わせない凛とした佇まいでそこに居るのだった。
「ご無事で」
アルフレッドは、少しでも魔獣の気を引くように派手に威嚇しながら、屋上から下の大通りへ降り立ったのだった。
呼んでるのよ、あのこが。獣をね。
ラピスラズリがひときわ高い建物の一角を、示した。
そのすぐ下でアルフレッドが、間合いを探りながら魔獣と対峙している。
「ロゼは今一人なのか!あいつの他にも獣はうようよいるってのに!」
とっさにハークは走ろうとしたが、街を徘徊する獣を警戒するうち、身動きがとれなくなった。
「足を止めるな、ハーク。囲まれるぞ」
ケイトは、退路を作るように、矢を放ち続けていた。
矢はうなりを上げ、的確に対象の首筋を射抜いていた。
ハークが驚いたことには、ケイトの弓で射抜かれた獣たちは、順々に灰へと変わり、通りへ降り積もるのだった。
「なんだ、お前のその剣は飾りか。こっちは子守をするために連れてきたわけじゃない」
ケイトの吐く言葉はどれもハークにとって耳が痛いもので、しかしこの境地において、真実味があるように思われた。
なぜ、自分の剣と似た効能を持つ武具を手にしているのか。
しかし、今そんなことはたいした問題ではないように思われた。
かたわら、そうとうおしゃべりなたちであるらしいラピスラズリは、ロゼのことを案じるハークの話をつないでいた。
「今宵は満月でしょう。だから、獣たちは本能で主人をね、探してるのよ」
「それがどうしたんだよ」
「私たち獣から、特別好かれやすいのね。あなたの大事なロゼってこ」
ラピスラズリは、艶やかなグレージュの短毛に覆われた魔獣へと姿を変えた。
暗闇に光る青い瞳に、しなやかな四肢を伸ばし、背には悪魔のような羽根が伸びていた。
やはり、どこか魔女に召喚された獣と似通った気をまとっているように見えた。
「ああ、でもなにより私の愛しのケイト、途中で倒れないでよぅ」
ラピスラズリは、身を震わせ、周囲に大きく蠢く影を出現させた。
むくむくと立ち上がる影絵たちは、当然のように地面や壁面を離れ、自在に獣たちへと襲い掛かるのだった。
「まァ、このあたりは食い止めるから、早く元凶のもとに行ったほうがいいんじゃないかしらね。私たちの動ける時間は限られていることだし」
「へぇ、たまにはまともなことを言うじゃないか」
ケイトは、くるりと方向を変えた。
「お前も行くぞ、あの化け物の召喚主のところに。これ以上、失望させるなよ」
ハークは、ロゼを気にかけながらも、促されて走るしかなかった。
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