第10話 月と王都と
魔女は、騒ぎの大広場から街の高台へと移動していた。
だだっ広い空間に、ただひとつの常緑樹と噴水を囲む庭園には、さえぎるものがないため、強い風が吹きすさぶ。
ひとつに結わえられた魔女の錆色の髪は、激しく宙に舞うのだった。
眼下に広がるは騒乱の光景。
渦中で揺れ動き崩壊するテント群は、ここから見るとさながら奇妙な生き物の蠢きのようだと感じていた。
魔女は、冷え切った石造りの欄干を握る手に力を込めた。
太陽の街の呼び名を象徴する、金の太陽のシンボルが、倒されることなく各所に高々と掲げられているのが、彼女にとって未だ不服なのだった。
そして、石畳の坂を駆け上がり、背後に走り寄る気配にはとうに気がついていた。
「気が済みましたか、マーティアさん」
息を切らした少年ハークは、魔女の後ろ姿に向かって諭すように。
振り返った魔女は先刻、明明としたライトの下で見たときよりも、憔悴していた。
「不思議なものね。あんなに準備したのに。本番が始まってしまえば、なんて呆気ないのかしら」
「魔獣の召喚を止めて下さい。貴女も消耗して辛いはずだ!」
ハークの目は、苦痛に醜く歪む魔女の口元を、なおもまっすぐ見つめていた。
「この街はね、今夜のお祭りで沈むのよ。あんなに求めていた魔術の力によってね」
魔女―マーティアは、腰位置までの欄干に背を預けた。
「召喚主の私がいなくなれば、魔獣は誰のもとに帰るのかしら」
ハークはケイトに助け舟を乞うたが、下手に刺激するなと目で告げるのみ。
依然マーティアは話を続ける。
「昔うちの一族はね、魔術師の家系としてこのレオセルダを治めてたのよ。その力のおかげで周辺はうかつに手を出せなかったの」
「なのに、奪われたのよ。王都に!徹底的に取り締まられて、何人も連行されたわ」
「なにが太陽と恵みの都市よ。ばかばかしい金儲け主義の戯言。この街には今夜のような満月の方が相応しいと思わなくって」
血を吐くように言葉を続ける魔女は、今にもふらりと背後の絶壁へと身を任せそうだった。
「貴女も生まれてない100年も前のことだろう!」
「過去に囚われているのは、街の人間!いっそ忘れ去られたほうが、まだ良かった。みんなまだ心のどこかで求めてるのよ、私が普通に生きることを許さない。もういやいやいや」
マーティアは、一気に金切り声を吐き出した後、咳き込み首を抑えた。
ケイトは、ここでようやくハークより前へと歩み出た。
「これが何かわかるか」
ケイトが懐から取り出したのは、セインベルク王都の紋章の入った通行証だった。
「はっ。気に食わない連中だと思ったらそういうこと」
「俺が王都で唯一の魔獣使いだと言ったら」
時間が止まったような静寂は一瞬のこと。
マーティアのなかで何かが切れたように、彼女は絶叫した。
空気はびりびりと震え、街の中心を恐怖に陥れていた魔獣は、主人のいるこの場所へと魔女の強力な魔力で以て引き寄せられたのだった。
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