第8話 灰塵

「加勢しますよ、ハーク殿」

 ハークの隣には、いつの間にかアルフレッドが立っていた。

 彼の存在に安堵したのは、ハークにとって悔しい事実だった。

 彼は人間の姿をしているが、鋭い鉤爪を持つ。力を入れると、更に鋭く光った。

 アルフレッドの眼光に、獣たちは束の間ひるんだようだったが、再びうなり声をあげ始める。

 そのなかの一頭が、咆哮を上げて地を蹴るや否や、獣の群れがいっせいにとびかかってきた。



 その後は、あっという間のことだった。

 ハークが斬ったのは、一体だけだった。意識を向けるのは、それで精一杯だった。

 その間に、アルフレッドは何頭も倒していた。

 無駄のない動きで立ち回り、一瞬の隙も与えない。傍目に見ても、洗練されているのがわかった。

 両者が手にかけた獣は、たちまち灰となり、風に巻かれて消えていく。

 それが、聖獣の特別な力だった。人の姿をしていても、その能力が消えることはない。

「終わったな。アルフレッド、助かったよ」

「いえ、ハーク殿もなかなかの健闘ぶりでしたよ」

 そりゃどうも、とハークは剣をしまった。

 この剣も、聖獣のものと同じ力を有している。なぜだかはわからない。

 聖獣の加護とやらが与えられているのでは、とアルフレッドはいつも皮肉まじりに言った。



「二人とも、怪我はないか!」

 フィルは、老体を揺らし、ばたばたと駆け寄ってきた。

「いやはや、見事だった。小僧も、こんな剣の使い手だったとは」

 フィルが嬉しそうにハークの背中をバンバン叩いた。

「いや、俺は全然…何もしてないよ」

「そんなことはない。屈強の衛兵でも数人がかりで一頭を仕留めるというのに、立派なもんじゃよ」

 ハークはアルフレッドの手前、気まずそうに目を逸らしたが、謙遜するなと豪快に笑い飛ばされた。

「ハークにしては、機転が利いていたじゃない。おかげで私とフィルが足手まといにならずに済んだ」

 ロゼのフォローもまるで空しい。アルフレッドは涼しい顔で佇んでいた。



 ようやく駆け付けた兵士たちによって、街の混乱はひとまず終息した。

 遠巻きに見ていた港の人々も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 現場の調査のため、とハーク達は審問を受けそうになったが、国家公務員であるフィルの証言の甲斐あって無事に解放されることとなった。

 ハークらの圧倒的すぎる功績に、少々疑念を持たれつつも、一応感謝される形で街を送り出された。

「とんだ厄介に巻き込まれたもんじゃな」

「じーさん、やっぱすごいやつだったんだな。うるさい兵士どもを一声で黙らせるんだから」

 フィルは、やれやれと額の汗をぬぐった。いつのまにか、太陽は真上にきていた。

「……」

 このとき、ロゼの顔にいっそう暗い影が差していたことに、気づいていたのはアルフレッド唯一人だった。

「ロゼのせいじゃありませんよ。たまたま、時と場所が悪かったのです」

 アルフレッドは周囲に気づかれないよう、小さな声でロゼに囁いた。



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