第6話 獣害
「さて、それで私に何が聞きたいの?宿代くらいのことなら、なんでも話すわ」
ロゼは、椅子に深く腰掛け、おもむろに足を組んだ。
ハーク、ロゼはフィルの用意した簡素な夕食をたいらげ、ようやく本題へと切り込んだ。
フィルはパイプを咥え、食後の一服をしているところだった。
「まぁまぁ、そんな怖い顔するんじゃない。久々の客人なんだから、浮かれさせてくれよ」
「じーさん、いつもは一人で寂しいんだな」
ハークは、偏屈な老人をからかうように、肩をすくめた。
その瞬間、フィルの瞳に寂しい光がよぎったのをロゼは見逃さなかった。
「では、こちらから質問していいかしら。そもそも、なぜフィルは聖獣について研究しているの?獣使いでもなく、獣撲滅を掲げる集団でもないのならば、なぜ」
そして、一呼吸おくと吐き出すように言い放った。
「普通ならば、金にならない仕事だと思うはずよ。もっと時代に合った体のいい研究がある」
人と獣の関係は、有史以前の古来から続くものであった。
その両者の関係の捉え方は、時代によっても地域によっても普遍性がなかった。
すすんで獣との交流をはかる地域。獣を忌み嫌い、狩りあう地域。不要な干渉を避ける地域。風土、伝統により様々だった。(そのなかでも聖獣、となるとまた別の扱いなのだが。)
しかし、力を持たない人々の心の底に巣くうのは、絶え間ない獣への恐れである。
力で自然に敵わない人間は共同体を作り、火、青銅、鉄を発見し、利用することで身を守るすべを会得した。
今では、一部の人間が、錬金術や魔術を覚え、新たな時代が幕を開けようとしている。
つまり、その新たな時代において、獣たちは周縁へと追いやられつつあった。
獣使いの存在というのは、この近代的な世のなか、もはや時代遅れなのだった。
しかし、獣とてそのまま淘汰されるわけにはいかなかった。知性は人に劣るとはいえその種を絶やさぬため、陰ながら超自然的能力を発達させていたのだった。
「時代遅れか。嬢ちゃんがそういうのも、もっともじゃな。さすが、獣使いというだけあってよく知っとるじゃないか」
フィルは感心したように、パイプの灰を捨てた。
ハークは、二人の間を行きかう会話に愕然としていた。
「ちょっと、僕そんな話、聞いたことないんだけど?」
「田舎で剣ばかり振ってたからでしょう。私は、全部ナイト様に教わっていたわ。聖獣と一緒に旅してるんだから、少しはお勉強しなくちゃだめよ」
勝ち誇ったように自分を見下すロゼに、ハークはぐぬぬ、と反論の余地もなく。
そのときようやく、フィルが自分から口を開いた。
「わしが長年、獣のこと研究しているのは一種の呪いだよ」
ロゼとハークは諍いをやめ、フィルを見やった。
「聖獣の研究をしているというのは、あくまで雇い主である王国への建前にすぎない。本当は、私情のために獣全般の生態を研究しとるんだ」
フィルは、作業台の引出しから古びた写真を取り出した。
「わしが用事で出かけている間に、滞在していた村が獣に荒らされた。多数の住民が犠牲になった厄災だった。そして、そのなかの一人に妻も入っていたのだ」
ハークが息をのむのがわかった。
―獣害事件。
「この時代にそんなのがあるのかって顔だな。確かに、人と獣の住み分けは進んでいる。対獣専門のハンターも増えてきたから抑止力にもなっている。それに魔術の研究に伴い、結界というものが発明されてから、被害は格段に少なくなった。だが、やつらは―結界を破って侵入してきたようだ」
「そんなの聞いたことがないわ。人間に姿を変えられるほどのアルフレッドだって、結界には入れなかった。アルフレッドは、そこらへんにいるような低能なただの獣じゃない。聖獣なのよ」
「だが、事実だ。わしが調べたところによると、セインベルクの領内だけでも、複数の例が存在する」
「そんな…結界は完全じゃないってこと?」
「残念ながら。その原因解明のために獣を研究し始めた。聖獣博士などといっておるが実際は、諦めの悪い老いぼれの足掻きじゃよ」
寂しそうに笑うフィルは、会ったときよりずいぶん小さく見えた。
「その、なんだ、悪かったよ…何の事情も知らないで」
「いや、湿っぽい話につき合わせて悪かったな。続きはまた明日にしよう」
壁に掛けられた置き時計の針は、ちょうど日付を超えようとしていた。
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