第3話 聖獣博士


 街道を塞ぐように騒いでいたロゼ、ハーク、アルフレッドの三名は随分と目立っていたようだ。

 道行く人々が足を止め、ばらばらと人垣ができていた。

「おい、ガキども。ここは格闘場じゃねぇ。街の外でやれ」

 自分たちに向けられたしわがれた大声に、ハークは道を飛びのいた。

 反射的に謝罪し、振り向くとさらにぎょっとさせられた。

 顔を白い毛に覆われた、というような風貌の小さい人物が、腰に手を当てて立っていた。

 よく見ると、老人だということがわかった。

 ぼさぼさの白い髪と髭、そして丸眼鏡をかけた研究者風の―。

 しかし、丸々と肥えており、白衣を身に着けているにもかかわらず、その身なりはあまり清潔とはいえなかった。

 アルフレッドはそのような奇怪な老人に驚いた様子もなく、長い背を折りたたんで詫びた。

「失礼いたしました。うちの従者が言うことを聞かなくて」

 ハークは反論したそうにぐぬぬ、とアルフレッドを睨んだ。

 遠巻きに見ていた野次馬たちは、一連の流れを見届けると関心を失い、散っていった。

 ロゼは興味も示さない。すべてを他人事のように、片側に編んだ長い髪を弄んでいる。



「まったく、最近の若いもんは」

 その場に一人だけ残った老人は、ぶつぶつと愚痴をこぼしていたが、突如アルフレッドの顔を凝視した。その瞬間、顔をしかめる。

「おぬし、ずいぶんと臭うじゃねぇか。何だって、獣がこんなところに紛れ込んとるんだ」

 アルフレッドは困った顔をした。

「どうかしましたか」

「とぼけるんじゃない。聖獣博士であるこのわしの目を誤魔化せると思うなよ」

 その丸眼鏡の奥にある瞳は意地悪そうに笑っていた。

 これはまずいとハークは、老博士を制した。

「まあまあ。ひとまず話を聞いてくれないか。これには深い事情があるんだ。なぁ、ロゼ」

 ロゼは、面倒なことになったと不機嫌を隠さず舌打ちした。

 世間の獣に対する拒絶的な反応は、これまでの旅で何度も見てきた。

 だが、彼の立場はどうだろう。

「聖獣博士、ねぇ」



「ひとまず、獣の身柄はうちの研究所で保護させてもらおうか。一応この近辺の獣絡みは、わしに託されているんでね」

「そんなこと言われて、はいどうぞ、って差し出すわけないでしょう」

 ロゼは、アルフレッドを背後に押しのけた。彼女は聖獣のこととなると、人が変わったように温度が上がるのだった。

 老博士は、困ったように腕を組む。

「引き渡さなければ、おぬしらも通報されるやもしれん。逆に、大人しく従ってくれれば、協力金ははずむぞ」

「街の衛兵隊を呼ぶのならば、こちらにも覚悟があるわ」

「や、やめろよ、ロゼ。今夜の宿が無くなっちまう。ここは穏便にだな…」

「ハークは黙ってなさい」

 アルフレッドはやれやれ、と言いつつ戦闘も辞さない構えだ。

 特殊な能力で大人しい人間の姿を装っていても、野生溢れるその力は人を悠に超えている。


 しかし、しばしの沈黙を割ったのは、老博士の震える声だった。

「おお…これまで見たことのない…いや、そうでもないが、数少ない…」

 緊張が走るロゼたちをよそに、老博士はどうやら胸を打たれ、感心しているようだった。

「おぬしらは、その聖獣の力を縛り付けて、いたずらに利用しているわけではなさそうじゃな。対等な契約関係と見える」

「主である私が、契約獣を守るのは当然のことよ」

「それに、僕がロゼに仕えているのは自分の意志ですから」

 アルフレッドは、穏やかに頷いた。

 獣のくせに口の回るやつ、とハークは内心で毒づく。

 フィルは、日が暮れ始めた空を見上げ、続けた。

「何しろ最近、管理できないほどの獣を放し飼いにするような無責任な輩が多くて警戒しておったのだ。やつらは、自分の不利になるや、すぐに契約獣を切り捨てる」

「主人を失った我々獣は野良犬同然。これまで虐げられた分、人間に恨みを持ち、誰彼構わず襲ってしまう獣もいるでしょうね」

 アルフレッドは、知性の低い獣たちのことを別の生き物のように語った。


「ま、とにかく、じーさんが見逃してくれんならもう行こうぜ。もうじき夜になる」

 ハークは街並みを指し示した。手持ちの少ない彼らは、安価な宿を探さなければならなかった。

 呼び方が気に障ったようだが、老博士は咳ばらいをひとつしたあと、決まっていたことのように、こう切り出した。

「それなら、わしの研究所の客室を使うといい。学者として、獣使いの話が聞きたい」

「それじゃ、本末転倒じゃない。アルフレッドの素性を知られて、ついていくわけないでしょ」

「大丈夫だろ。何か知ってるかもしれない。聖獣博士、だぜ」

 ハークの耳打ちにロゼは、小さくうなった。

 確かに、この辺境の港町で欲していた情報は何一つ得られなかった。

 港町は、交易の場だ。様々な情報が行きかうはずだと期待して、わざわざ足を延ばした。無駄足を踏んだとは思いたくない。


 老博士は大層偉ぶった態度で、自らを「宮廷付き聖獣博士のフィル」と名乗った。








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