そうしてクラムとアストルは歩き出す

アストルは目を塗りつぶすかのような光に目を閉じた。

そして再び開くと目の前には心配そうに、同じ目線に立っていたクラムの姿が目に入る。

契約からそれほど時間は経っていなかった、先ほどまでアストルがいた場所は、アストルの精神だけが飛んだ世界だったようで、現実的には大した時間もかかっていないとアストルは分かった。


顔の前に手を振りかざしアストルの反応を見ていたのか、突然電源が入ったかのように動き出したアストルにクラムは驚きながらも、こう言った。


「君は、アストルでいいんだよね」

「何を言ってる、そんなの見れば」


そこまで言ってアストルは自分の体に起こった変化に気づいた。

契約前は長い首の先から見下ろしていたはずだった。

どうして同じ目線に立っているのか。

アストルが自らの体を見てみた。

鱗に覆われた硬い皮膚は、肌色になり。

頭には赤い髪が生えていて、青い瞳に、そして背中から生えていたはずの翼はどこかへと消えている。

そして何より自分の体の中の、竜としての力が弱まっているのに気づくのに数秒とかからなかった。

いまのアストルは、クラムと少しだけ低い目線に立っているただの一人の少女になっていた。


「なんだこれは」


クラムは目線を合わせるためにしゃがんでいた腰を上げた。


「いや、君がアストルだというのは、なんとなくわかるんだ。何かつながりのようなものができて、それが君に繋がっているのも感じている、ちょっと驚いただけだ、急に人間になったからさ」


アストルはクラムに事の真相を話そうとした、クラムの妹は竜であること、もともとクラムはすでに契約をしていて、その罰として竜の力を一部奪われていること、だからでこそ人型を象っているということ。


だが口が動かなかった。

先ほどまでの出来事が嘘ではないと証明するかのように、口に出そうとすると出てこず、文字に書き写そうとすればその腕は動きを止める。


「あ、ああ、たまには人間の目線に立ってみるのもいいかもなんて思ってな」

「竜って生き物がよくわからないけど、みんなそんなものなのか」

「そういうものさ」


アストルは歯がゆかった、全てを伝えればどれだけ楽な事か。

真実を求める人間に現れる竜が、嘘をつかなければいけない。

それはおのれの存在を否定されるかのような屈辱でもある。

あの少女の言っていた言葉の意味を、その時やっと理解した。

なんて残酷な竜なのだとも。


『クラムも実は嘘をついているのではないのか』


嫌な考えが浮かんだとアストル自身が思っていた。

本当は自分を嵌めるために、この青年は山に入ってきたのではないのかと。

他人を信じることなんてやっぱりろくでもないことだったのではないのかと。


「それで」


クラムの声がその思考の間に挟まってきた。


「これからどうすればいいのかな」


クラムを見てみると不安そうな様子だった。

力を手にした、動くだけの思いも身体もある。

だがクラムはどうすればいいのかわからないようだった。

路頭に迷った小さな子供のようにさえ見え、アストルは不憫な気持ちを抱く。

そして同時に、それまでの自分を包もうとした嫌な感情が晴れていくのも感じていた。


『そもそもクラムも、あの少女に騙されているということにならないか』


クラムは何も知らなかった。

契約をしていないのか確認もした、クラムにはそもそも落ち度などなかった。

それらが自分の思い込みだとアストルが気づくと、途端に申し訳なく思えてくる。

そんなクラムを悪者扱いしてもしょうがないと思うようになっていた。

それに、そんな妹竜の思惑を打ち砕いてやるのも、少し面白そうだと思った。


「私に任せろ、私は真実を求める竜だからな」

「もしかして、付いてきてくれるのか」

「もちろんだ、それは、えーっと」


アストルは考えた、力の一部がなくなっていること、力を取り戻さなければいけないこと、それらすべてが本当の目的だけに、口に出せないもどかしさを感じながら。


「クラムを見てると不安でしょうがないんだ、それに力になりたいと思った」


そして本心からそう思ったからでこそ、アストルは口にした瞬間に少しだけうれしくなった。嘘を言わなくて済んだのだと。

力の大半を封じられたいま、アストルはクラムについていかざるを得なかった。

そんな中、嘘で塗り固められた関係もまた長く続かないだろうということも考えていた。


「わかったよ、これから長い旅になるかもしれないけど、よろしくな、えーっと」

「アストルでいいよ、さんもつけなくていい、呼び捨てで構わないよ」

「わかったよアストル、これからよろしく」

「ああ、こちらこそ頼むよクラム」


そこにあったのは信頼という関係だった。



それからすぐさまクラムは山を下り、自分の村へと戻ろうとした。

降り始める前に、クラムはアストルに聞いた。


「そういえばさ」

「ん、なんだ」

「アストルって自分の領域のことだったら何でもわかるって話だったよね」

「そうだが、何か知りたいことでもあるのか」

「うん、自分を追いかけてきていた連中のことなんだけど」

「彼らのことか、彼らなら入口で何か話をしていたあと、すぐに引いていったよ」

「そっか、よかった」


何よりアストルは、こんな青年が誰かを罠にはめるような人間には見えなかったし、思いたくもなかった。

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