そうしてアストルは出会う
「な、なんだこれはいったい」
気が付くとアストルは薄暗い場所から、真っ白な空間に立っていた。
そこは上も下も分からなくなってしまいそうな白一色の世界。
そしてアストル自らの姿は、鱗に覆われ翼をもった4足の姿ではなく、なぜか人型をかたどっていた。
アストルの目の前には、先ほどまで契約をしていたクラムという青年は消え、代わりに小さな少女が立っているのが見えた。
クラムより少し背丈が小さく、銀色の髪は光を反射するかのように照り返し、神々しささえ感じさせる少女だった。人間にしては小柄な方で、年の方もまだ幼いように見える。
最初は何かしらの魔法でも使われたのかと思ったアストルだったが、そんな力をクラムが使ったりしたところなど見ていない、そのような魔法の片鱗も彼から感じた覚えもなかった。
「あなたが」
少女が口を開き喋り始めた、その一言一言に強力な圧力を感じ、アストルの肌にびりびりとくる覇気さえなければ、見た目には少女はただの少女にしか見えない。
「私の兄さんを奪おうとしてる泥棒猫さんかな」
竜族であるアストルは圧倒されていた。
ただの人間族にしか見えない少女は、表情こそ怒っているわけでもないが、その一言一言に圧力を感じていた。
『何者だこいつは』
頭の中でアストルはそう考えていたが、それ以上に気になることがあった。
「ここはどこだ、それに奪うって、いったい何を言っているんだ」
繋がりのない言葉がアストルの頭の中に引っかかった。
そもそもこの少女は一体何者か、どうして契約に割り込んできているのか。
ただ一つだけすぐに分かったことがあった。
「兄さん……つまりお前がクラムのいう妹という事か」
アストルはクラムから話を聞きながら、いくつか疑問に思っていたことがあった。
一つはクラムの身体能力が人間離れている事だった。
全く持って超人染みているというわけではないが、ただの一人の男にしては、やけに身体能力が高いと思っていた。
試練の山は本来、常人では決して踏破出来ないようになっている。
力を授ける人間もその辺りにいるような人間でよいわけではない。
特殊な能力を持った人間か、人間の限界を超えようとした存在にしか踏破は出来ないのは、それだけ力を与えるだけの資格が必要ということでもある。
しかしグレイスは傍目にはただの青年で、どこにでもいそうな男だった。
肉体を極限に鍛えたといった風でもない、そんな男がどうしてこの山を登りきることができたのかということ。
そしてもう一つは、どうしてクラムの妹は攫われてしまったのかという事。
クラム本人は多少身体能力が人離れしているように見えるが、狙われたのはクラムではなく妹だということ。
クラムに無理を聞かせようと人質に取ったのであれば、その連絡が来てもおかしくはない、だがそういった話もなかった。
そしてクラムから話を聞いていても、クラムの妹に何かすごい力があるといった話は出てこなかった、ただの一般的な人間の妹のような、そんな話しか出てこなかった。
それが逆にアストルには不気味でもあった。
そしてアストルの中で二つの疑問が結び付き、答えを出していた。
「貴様、さては竜族か」
「うん、そうだよ、お兄ちゃんは知らないけどね」
少女の返事をもってアストルは確信得た、クラムの身体能力は契約の証に上がったもの。そして攫われたのはおそらく彼女が竜であるということを知った何者かによるものだと。
「なるほどな、だからクラムはこの山を踏破できたのか」
「あたしの力が完全じゃないからあんまり力が出せてないみたいだけど、そこらのならず者くらいだったら拳だけで戦えるはずだよ」
「だが貴様が竜族ならば、何故人なぞに攫われてしまったというのだ」
「それはお兄ちゃんを守るためだよ、あの時はあたし一人じゃどうにもできなかった、悔しいけどね」
唇を噛んでいるのが本当に悔しそうだった、純真無垢な様子がその悔しさを強調しているかのようでもあった。
「そんなことより、ここは一体どこなのだ」
「ここはあたしの領域、あなた二重契約したのよあたしのお兄ちゃんに」
二重契約という言葉を聞いたとき竜は戦慄を覚えた。
竜にとっては禁忌中の禁忌と呼ばれる行為。
「馬鹿な、私は確かに他の竜と契約をしていないのかと、誓いの魔法を使ってまで確認したのだぞ」
「その魔法には弱点があるの」
嫌な予感が背を走る、確かに何か理由がなければ契約違反を起こす事など起こる筈がないのだと、心の何処かでは思っていた事を指摘された。
「弱点だと、そんなものどこにあるというのだ」
だけどそれを認めたくはなかった、また騙されたのだと思いたくなかった。
「本人がね、意識してなかったら嘘をついていることにはならないってことなの」
「なんだと、つまりお前と契約していることをクラムは知らないというのか」
「そうだよ」
「二重契約の罰は、こっちが決められる。それは知ってるよね」
アストルは心がずっしりと重くなるのを感じた。
たとえ隷属を誓わせる首輪を付けられたとしても文句は言えない、それほど二重契約の罰は重い。
そしてそのことを知らない竜もまたいない。
「どうせ、拒否はできないのだろ」
「あ、でも安心して、悪いようにはしないから」
「どうだろうな、お前はすでに私を罠にはめているのだから、その言葉も嘘かもしれない」
「まあ、あなたにとっては残酷な罰になるかもしれないけどね」
「どういうことだ」
少女からの不穏な言葉はアストルの心をかき乱す。
今のアストルは心臓を握られているような状態であり、その命令に逆らうことさえ出来ないのと同じだからだった。
「私からの罰は二つ、一つはお兄ちゃんに、あたしに関することの一切をしゃべることを禁じる」
「それは、どういうことだ」
だからでこそ、思っていたような罰ではないことに拍子抜けするのと同時に、その罰の意図がわからなかったアストルは聞き返していた。
「例えば、あたしが竜であるということをあなたはお兄ちゃんに伝えられない。それどころか竜に繋がると判断できるものを伝えることさえ出来なくなるから、例えば今だと契約に関する事はすべて話せなくなる。二重契約のことも、そしてあなたが受ける罰のことも話せなくなる」
少女が言い終えると、アストルの返事を待つより先に、アストルの体の周りを鎖の様なものが出現し、一瞬縛ったかと思ったら次の瞬間には消えていた。
「真実を司る竜が真実を伝えられない、それがどれほどのものかあたしにはわからない、」
「わからない、どうしてそんなことをする必要があるんだ、もっと他に命令できたはずだ」
「別にあなたを害そうというつもりはない、でもそれを信じることがないだろうことも分かっている。そしてそれをあなたが知る必要はないわ」
「そして第二の罰は、あなたの力を封じさせてもらうね、ほかの力に関しては普通の竜より劣っているようだけど、あなたの力は私にとって不都合なことが多すぎるから」
「あなたの竜としての力を封じさせてもらった。既に契約を結んだことは無効にならないけど、今後あなたは人間に近しい存在としてこの世界を過ごしてもらう」
「お前がどんな理由でこんなことをしているのかはわからないが、このことをクラムが知ったらきっと悲しむぞ」
「大丈夫、だってあなたは永劫私に関して何も言えなくなるんだから」
真実を象徴する竜に、嘘しか言えなくさせる呪いのような罰、それは肉体的制限や魔力的制限以上に、アストルの心に来るものがあった。
それでもアストルは一つだけ確信していることがあった。
「確かにそうかもしれない、だが私の力の一部は契約とともにクラムの中に譲渡されている」
「それが何だっていうの」
初めて少女が顔をしかめた、何を言おうとしているのかがわからずに、不愉快であるかのように。
「つまりクラムが望めば、きっとお前の正体も彼は知ることになるだろう」
「そう、でもその時はその時だよ、お兄ちゃんが本当に望むかどうかとは別のことだからね」
「それはどういうことだ」
「さあね、自分で考えればいいんじゃない、もうあたしが教える義理も何もないんだから」
そういうとアストルの意識は白い空間で徐々に薄れ始めた。
元居た場所に戻る前兆だと、アストルは知っている。
「いいさ、クラムはきっと全てを解き明かす、その時をお前は楽しみにするんだな」
そうアストルが言い放ったのを最後に、視界を白く塗りつぶすような光が放たれた。
「できるなら、やってよおにいちゃん」
アストルにはそんな声が最後に聞こえたような気がした。
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