そうして青年と竜の契約はなされる
「なるほどな、つまりクラム、君は妹さんがどうして攫われたのかを含めて、彼女を探したいと思ったのだな」
クラムがそれまでのことを話し終えると、アストルは頷きながらそう言いだした。
クラムには不思議でならないことがある、どうして攫われたのかについて気になっているのか、それについては一言もしゃべっていなかったからだった。
「不思議そうな顔をしているな」
その思惑が顔に現れていたのか、クラムが何かを言う前にアストルはしゃべり始めた。
「私の能力は真実を追い求める能力、その力を求める人間にのみ、その契約の条件が合致し初めて出会うことができる。まあ、つまるところ強く強く知りたいと願うことがなければ、私とお前は出会うこともなかったということになる。最も、生半可な気持ちでは不可能だがな」
「つまり俺と君が出会ったということ自体が既に」
「まあそういうところだな」
クラムがアストルと出会ったきっかけがわかったところで、クラムにはいくつか疑問に思っていたことがあった。
それまで縛られるように頭の片隅にいた、あのフードの人物の姿は、少しだけ薄らいでいて、ようやくほかのことを考える余裕ができていた。
「そういえばアストルは自分のことを真竜と言っていたが、ほかにも竜というのはいるものなのか」
「ふむ、まあクラムには話をしてもいいだろう、竜というのはこれで意外とたくさんいる。中には人間の世界に溶け込んでいるものもいると聞くが、私もそのすべてを把握しているというわけではないんだ」
「知りたいと思ったら知れるってことじゃないのかアストルは、それとも自分のことは分からないとかなのか」
「いや、そうではない、竜というのは絶対領域というものがあって、その領域内の出来事は、その竜にしか把握できないという力がある。だから私が遠くのことを知ろうとしても、その途中に他の竜がいれば、その領域を飛び越えることはできなくなるんだ」
その時見せたアストルの横顔が、クラムには悲しそうなものに見えた。
鱗に覆われた顔、表情もよくわからないもののはずなのに、クラムにはそう感じた。
「聞きたいことはもう十分か」
「まだいろいろと聞いてみたいことはあるけれど、今のところはこれでいいかな」
「わかった、では契約に入る前にもう一つだけ確かめたいことがあるのだが、いいだろうかクラム」
クラムにはアストルのその横顔がまた曇ったように見えた。
「いいけど、何をすればいいんだ」
「ちょっと今から魔法をかける、別に危険なものではない、そして質問に答えてくれるだけでいい」
「本当に危ないものじゃないのか」
「大丈夫だ、別に痛みを伴うものでもない、私はあまり好きじゃないんだがなこういうのは」
「わかった、やってくれ」
アストルが口元で何かを唱え始める。
クラムの耳にはその言葉が何を言っているのかはわからなかったが、何か呪文を唱えているのだとはわかった。
唱え終えると、アストルの体から白い光が浮かび上がり、その光がそのままクラムの体にまとわりついた。
光に感触はない、クラムも最初は驚いたが、温かい感じを覚えると心地よささえ覚えていた。
「では聞く、クラム、お前はほかの何かしらの存在と契約をしているか」
アストルから聞こえてきた質問は思いがけないものだった。
クラムはそもそもいままで竜という存在を空想上のものだと思っていたくらいであり、吟遊詩人が語る内容で位しか竜という存在を知らないくらいだった。
物語に出てくる悪魔も天使も所詮は空想の存在だと思っていた。
だが、この行動にもきっと何か意味があるに違いないと考えた。
そしてきっとこういう質問をするということは、ほかの存在もまた存在しうるものなのではないのかと。
真剣に振り返り、じっくりと時間をかけて振り返る、いままでに人間の領分を超えた
出来事はなかったのかを。
そしてないことに確信を持った。
「いや、ないよ。アストルが初めてのはずだ」
そうクラムが返すと、それまで体をまとっていた白い光がより強く輝きを増したかと思えば、その光は徐々に消えていった。
「わかった、嘘は言っていないようだな」
クラムにはアストルが満足そうにしているように見えた。
だからでこそ、いまかけられた魔法についても気になった。
「今のは何の意味があったんだ」
「そうだな、これも説明せねばなるまい。竜はとにかく契約に強く縛られる生き物なのだ。契約でなされたことは必ず順守されるし、その契約を破ったときの罰は生半可なものではない、時に命を落とすことさえあるとも聞く、ゆえに一番危惧されるのが二重契約というものなのだ」
「二重契約って」
「簡単に言えばいま契約を結ぼうとしている竜、つまり私だな、私以外と契約を結んでいる存在がないのかということだ」
クラムはさっきまで考えていたことをアストルに聞いてみた。
「それはつまり、悪魔や天使といった存在は実際にいるということでいいのか」
「ああ、その通りだ、察しがいいと話がしやすくて助かるよ」
自分の知らない世界が広がる感覚が、クラムには少し不思議だった。
物語だけの存在だった生き物たちは、実際にいたのだと。
もっとも、その最たる不思議な存在である竜が、今目の前にいるのだよなと思いながらも。
「それで、結局今のは何の魔法だったんだ」
「今のは魔法をかけた相手の心の動きを調べる魔法だ、多少でも動揺していればあの白い光が赤く染まる、ただそれだけの、そういう魔法だ」
危険な魔法じゃないということはクラムにも分かった、だがその魔法の効果を聞いて疑問も抱いた。
「もしおれが、平常心で嘘を言える人間だったらどうしたんだ」
「君がそういう質問をしている時点で、君がそういう人間じゃないということくらいはわかるさ。それに、私は君の口から聞きたかったんだ、私の使える魔法には、相手の心の中を覗き込むような魔法もある、だけどそういうものを私は使いたくなかった、それだけの話さ」
クラムはアストルのことを信じたいと思った、その行いの一つ一つに相手を信じようという気持ちがあったからでこそ、クラムもアストルのことを信じたいと思った。
「もう聞きたいことはないかい」
「ある程度は聞いたよ、最後に一つだけ聞いていいかな」
「何なりと」
「アストルの力があれば、俺は妹を取り戻すことができるだろうか」
「それは君次第だ、だが、不可能ではないだろう、ちょっとおまけ程度に身体能力も上がる、真実を突き止めるには力も多少は必要だからな」
「わかった、アストルを信じるよ」
「ではクラム、君はここに立っていてくれ」
そうアストルが言うと、クラムから少し離れた場所に立った。
天を仰ぐように首を持ち上げ、アストルはしゃべり始める。
「我が名はアストル、真竜の名において、ここにいる人間族の男クラムと契約を求む」
アストルがそういうと、クラムの足元に魔法陣のようなものが浮かび上がる。
魔法陣は白く光り輝き、クラムの肩幅まで大きくなると、クラムの全身から細い線となり入り込んでいく。
クラムは安心していた、あの白い光を浴びていた時のような温かさ、そして安心をかんじていた。
アストルという竜の本質のようなものに触れているかのようで、それは昔両親に抱かれていた時に感じたのではないだろうかという安心感に似ていた。
そしてクラムはまばゆい光に包まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます