そうして青年は遭遇する

クラムの妹をさらった連中がどこに行ったかはわからなかったが、村をすぐに飛び出した。

日の傾きからそれほど長い時間気絶していたわけではないと分かったからだった。

村から一番近い街へと向かうほうには貴族の館があり、そこは厳重な警備がついていると知っているので、反対の方向に逃げると考えたクラムは、村からもよく見える火山の方向へと走った。


道の途中になにか痕跡は残っていないものかと注意深く観察していると、道の途中の開けた場所に、人だかりを見つけた。

屈強な男たちが、その中心にいる一人の鎧の人間を囲うように立っている。

顔まですっぽりと覆ったその人物は、一見すると襲われているかのように見えたが、よく観察をすると指示を出しているかのようでもあった。


関係のない奴らだと一目見て離れようとしたが、クラムは思い出した、襲撃者たちは顔も隠し、黒いマントを羽織っていたので体格も分からなかったのだと。

もし奴らがその服装を脱ぎ捨てていたなら、果たして自分に見分けがつくだろうかと。


そう思い立つとそんな彼らが怪しく見えてきた、彼らを観察してみるとクラムは不自然な事に気づいた。

一つは森の深くにいるというのに男たちは軽装で、小手や脛当てといった本当に最低限度の装備だけはしているものの、森の中に入るにはあまりにも不用心な装備だということ。

そしてもう一つは、各々の武器がすぐ手に取れる位置に置いてあるか、もしくは腰から下げている。何があってもすぐに動けるようにと徹底されている様は、只者ではないことを思わせた。


「ひょっとしてあいつらが」


追いかけていた連中は彼らかもしれない、そう思ったクラムは慎重に慎重にその近くによって言った。

アイリスの姿は見えなかったが、どこかに縛られでもしているかもしれない。そうおもうとはやる気持ちも出てきた。

クラムは鎧の人物の後方にいた。

男たちの注意も鎧の人物に向いているらしく、慎重に近寄っていけばそう簡単には気づかれないと。

獣を狩るときのように、慎重に、気配を殺し、物音を立てないように徐々に近づく。周りの虫や風の音さえその時は大きな物音のようにも感じる。

慣れたものだった、背後から近づいているのだからばれるはずもないのだと。



鎧の人物がその場で勢いよく振り返るまでは、クラムもそう考えていた。



沈黙が流れる、クラムはその人物と目があった。鎧の奥に見えたコバルトブルーの綺麗な目に魅入られ、時間が止まったかのようにも思った。


「やべえ」


クラムがそうごちるのと同時に


「あの者を全力で捕らえよ」


鎧のなかからそんな声が聞こえると、時間はまた動き出した。

次の瞬間には男たちは手に武器を握り、その場から勢いよく飛び出してきた。

クラムは声が聞こえた瞬間からすぐに逃げ始めていた。


「違うような気は、したんだけどな」


クラムは何となく察していた、あの男たちは自分が追っている連中ではないのだと。

マントをはがす意味もない、鎧で全身を顔まで覆っている人物もあの時はいなかった、それにもしそんな鎧を付けているのであれば、わざわざマントで隠す必要だってないのだと。


だが彼らがまっとうな人間ではないことも同時に察していた。

肌の見えるところには痛々しい切り傷が残っており、それが剣で切り付けられたような傷だということはすぐに分かったからだった。

だが捕まればどうなるかはわからない、こんな場所でたむろしている連中だ、ひょっとするとどこかを攻め入ろうとしていたのかもしれない。


「おい止まれきさまぁ」


背後から聞こえてくる声は荒々しく、それがより一層足を速める。

森はクラムにとって得意な場所であった、仕事で中に入ることもあって、その地理などは頭に入っている。

だからでこそ、クラムは村のほうには逃げられなかった。

一瞬確認できただけでも、連中は二けたに届きそうなくらいはいた。

村に逃げ込めたとしても、少人数で構成されているクラムの村では、村の人間もろとも殺されてしまうようなそんな予感がした。

クラムは村とは反対の方向へと、火山のあるほうへと逃げざるを得なかった。



その火山は村の人間の間でも有名で、一度人が入れば二度とは戻ってこられないといわれている山だった。

人の生きていけない環境に加え、魔物が出現するという話も多々ある。

村で何度もそんな話を聞いていたクラムもその危険性はよくわかっていた。できる限り近づきたくないとさえ思っていた。


だがそんな山の方向へ逃げざるを得なかったのは、追ってくる男たちの連携がただ事ではなかったからだった。

クラムは最初盗賊団とでも遭遇してしまったのかと思っていたが、左右から挟撃して来ようとする動き、そして村でも人並外れた身体能力を持つクラムに食らいついてくるという動き、統率の取れた動きはすぐに分かった。

その包囲を振り切れないと悟ったクラムは、まっすぐ、危険だと言われた火山へと逃げ込まざるを得なかった。

村の人間を巻き込みたくはなく、自分も命を大事にするために、危険だといわれている火山へと向かうしかなかった。

立ち入り禁止や、警告の看板こそ立っていたが、それを横目に走り抜けた。

そこからはがむしゃらでクラムに記憶はなく、気づけば頂上、そしてアストルと出会ったのだった。

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