青年が力を追い求める理由

クラムは妹のアイリスと小さな村で二人で暮らしている兄妹。

妹のアイリスが家事を担当し、クラムは生活費を稼ぐために仕事を請け負ってくるという生活を送っていた。

クラムは獣の討伐や、捜索依頼といった危険な仕事もこなす。

仕事を選ぶことは無く、それに見合った実力も兼ね備えていた。

決して裕福とは言えないが、二人で支えあうそんな生活を、クラムは決して不幸だとも思っていなかった。


妹のアイリスはクラムにとって目に入れても痛くないほどかわいい妹でもある。

クラムの黒い髪と対照的な銀色の髪に、小柄な体躯をしていた。

その身の丈からは想像できないくらい性格は勝気なものだったが、理不尽といったことは無い。

何よりクラムを気遣う言葉が多く、その心根が優しいものだという事はクラムが一番よくわかっていたからだった。


そんな二人の生活が、ある日突然崩れようとは、クラムには予想もできないことだった。


ギルドからの依頼を終え、家に帰ったクラムを待っていたのは全身を真っ黒な装いで顔まで隠した謎の集団だった。

そのうちの一人はアイリスを取り囲み、今にも攫おうとしているところだった。


「な、なんだおまえら、あたしをどうするつもりだ」


アイリスの必死の抵抗に、男か女かもわからない集団は手間取っていた。

クラムが帰宅するのに間に合ったのは、アイリスが必死に抵抗していたからのようにも見えた。


「妹に、何やってんだ」


戸惑ったその顔を見た瞬間にクラムの頭に血が上る。

堅く拳を握り、不審者に立ち向かうべくクラムは走り出した。

その姿を見ても謎の集団は慌てる様子はなく、その中の一人がクラムの前に出てきた。


「邪魔だどけ」


フードの下にある顔を狙ったクラムの拳は空を切り、その勢いのまま足払いを受けたクラムは地面を転げた。

痛みに顔をしかめたがクラムはすぐさま立ち上がろうとし、その動きをクラムの頭上で鈍く光る剣が止めた。


「これはどうする」

「目的はこの少女だけとのこと、他は排除しろ」


声を変えているのか性別は分からない、ただ怪しげな連中の会話は端的で一切の無駄を省いている。

そして会話の後すぐに、一切の躊躇なくその人物は剣を振り下ろそうとしていた。


「やめて」


絞り出すようなアイリスの声が聞こえた瞬間、クラムの首に振り下ろされようとした剣はあとすこしというところで、ぴたりと止まった。


「おとなしく、ついていくから、お兄ちゃんにだけは手を出さないで」


そしてアイリスは今までの抵抗が嘘だったかのようにおとなしくなった。


「最初からそうしていれば、こいつも痛い目を見ずに済んだものを」


抱えられているアイリスはさっきまでの抵抗が嘘かのようにおとなしくなっていた。


「まあ、殺す価値もない男だ、大事なもの一つ守れやしない、無力な男だ」


その声と共に、フードの人物は剣を腰の鞘に収めた。


「なんだと」


未だに立てないクラムだったが、最後の一言がその胸に突き刺さった。


「事実だろう、大事な妹一人守れず、ましてやその妹にお前はいま助けられた。これが無力と言わず何というのか」


クラムの歯に力がこもる、悔しいが事実だとクラムは自分で認めていた。

もし自分が強ければ助ける事だってできるかもしれない、そう思えば思うほど、自分の無力さを痛感する。


撤退を始めたのか、怪しげな連中は一人また一人とその場を離れ始めた。

クラムはそれでも逃がすまいと、剣を携えた人物のフードの端を強く握りしめた。

これを離したらもう二度とアイリスに会えなくなるような、そんな予感を感じながら。

絶対に逃がしはしないという、執念にも近い思いを胸に。

クラムを打ち倒した人物もその場を離れようとしたが、フードの端を握られていることに気づいた。


「何のつもりだ」

「絶対、逃がすものか」

「いい加減離してくれないか、命は助かるんだからいいじゃないか」


謎の襲撃者たちが引き返そうとしている時、クラムに服を掴まれている人物はそう言った。


「いや、離さない、お前らは絶対に逃がさない、そして絶対に捕まえてやる」

「そうか、身の程をわきまえろよ、お前に何ができる、お前は私たちの事さえ知らないだろう」

「それでもだ」

「そうか」


クラムは一発蹴られた。顔に感じたことのない痛みを感じる。

それでも手を離さなかった。

何度か蹴られたが、それでも手から力が抜けることは無かった。

しびれを切らしたのか、フードの人物が腰の剣に再び手をかけた。

そのころになって、村人が異変に気付いたのか辺りが騒がしくなってきた。

クラムの家の周囲の人が異変に気づいたらしく、家からぞろぞろと出てくるのが見えた。


「お前の抵抗だけは認めてやる」


腰から提げていた剣が振り下ろされた。

クラムの手から引っ張る力が無くなり、切れ端とともにクラムは地べたに倒れた。

クラムはすでに気を失っていたのだった。




目が覚めたクラムは自分の身が無事な事、そして手に服の切れ端が握られていた事に気づいた。

気を失っても固く握りしめ、とうとう切り離すしかなかったのか鋭利な切り口が見える。

すぐ横には看護してくれていたのか、近所で仲良くしている村の人がいた。


「アイリスは、妹はどこだ」

「すまない、私たちが駆け寄った時にはもう奴らはいなくなっていた、山の方へと向かって行ったみたいだったが、あいつらは一体」


クラムはすぐに家を飛び出そうと起き上がった、身体は痛むが、動けないほどではない。


「お、おいクラム、待て」


そんな声が後ろで聞こえたが、聞こえないふりをしながらクラムは村を飛び出していた。

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