第24話 監督の夢 後編

 準決勝で終盤に3点差をひっくり返しての逆転勝利を飾り、歓喜に沸いた鶴見西高校だったが、その夜監督を務めていた久保田琉唯くぼたるいが死去した。試合後一人学校に戻り、遅くまで決勝戦に向けて対戦相手の分析やシミュレーションをした帰り道で軽トラックにはねられての事故死だった。鶴見西高校野球部は監督不在で決勝戦に臨むこととなった。


 甲子園初出場を目指す鶴見西の躍進は監督の急逝によってさらなる注目を集め、試合当日球場入りする選手たちに取材のカメラが向けられた。ただでさえ緊張感の満ちる甲子園のかかった決勝。普段と異なる球場入りのルーティンは選手たちを浮足立たせた。

 高校球児なら誰もが夢見る舞台まであと1勝。2度とないチャンスを是が非でもつかみ取りたい。できることなら普段通り試合に挑みたかった。その感想は監督の死を冒涜するようで、選手たちは頭に浮かんでは打ち消したが、恩師の死去という悲痛、指揮官不在による戦術面の不安。複雑な感情が交差していた。


 選手たちはまだ監督の亡骸と対面していなかった。試合のあと朗報を監督に報告しようと提案したのは監督代行を務める野球部長の末永隆すえながたかしで、決勝を前にした選手たちを動揺させないための配慮だった。そのせいで選手たちは不在を受け入れつつも死の実感をとらえ切れずにいた。


 決勝戦の相手はこれまで何人ものプロを輩出し、春夏ともに優勝経験のある甲子園の常連・金川かねかわ学院。強豪校の選手は一様に高校生離れした体格をしているが、甲子園常連校は輪をかけて威圧感を抱かせた。ユニホームはまるで筋肉を覆う包装で、その盛り上がりは自信も含んでいるようだった。

 鶴見西高校も筋力トレーニングに取り組んでいたが、見た目にもその差は明白で、野球部に注力する学校は、トレーニング機器もまた充実している。


 試合開始前、鶴見西高校はベンチ入りした全員で円陣を組んだ。中心にいるのは一塁を守る主砲でキャプテンの青山慎吾あおやましんご。180センチの筋肉質は相手に引けを取らず、精神的支柱でもあった。

 円の中心で中腰になった青山は、ベンチに掲げられた長谷川監督の写真に視線を向けた。他の選手も続いたその瞬間を狙っていたように一斉にシャッターが切られた。試合前の集中をかき乱されてもぐっと歯を食いしばって堪える。彼らの期待する「監督のために」を飲み込み、「絶対勝って甲子園行こうぜ」の一言に思いを注ぐと、部員たちも気合の号砲で応えた。


 ダークホース相手でも抜かりはなく、金川学院の先発は背番号1を背負うドラフト注目のエース、皆川大樹みながわだいき。もっとも警戒しているのは対戦相手より決勝の舞台で、プレッシャーのかかる大一番には皆川を置いて他にいない。2番手投手も他校ならエースを張れる実力で、先発を引きずり降せれば勝機が生まれるほど容易い相手ではない。

 スタンドには金川学院への応援に、快進撃を続ける鶴見西への期待も交じっていたが、バックネット裏に陣取るプロ野球スカウトの関心は金川学院にだけ向けられていた。


 1回裏、最初の攻撃で鶴見西高校は現実を見せつけられた。皆川の投げるスライダーに手も足も出ない。(ぶつかる)と体を引いたボールが急曲線を描いてど真ん中に収まった。これに150キロの直球といくつかの変化球が織り交ぜられる。皆川は荒ぶることもなく淡々と投げ込んでいた。こういう選手がプロに行くのか。それまでも好投手との対戦はあったがレベルが違う。頼みの青山のバットも空を切った。



 鶴見西高校は5回まで散発3安打1四球と振り逃げによる出塁が1。15のアウトの内三振10で無得点、と抑え込まれた。エース皆川は6回ワンアウトから連続四球と際どい判定にも泣かされやや乱したが、その後は実力を見せつけるように2者連続三振に切って取った。手を抜いているのではないだろうが、ランナーを背負うと人が変わったようにボールは威力を増し、鶴見西高校は攻略の糸口さえつかめずにいた。


 鶴見西のエース、西条健介さいじょうけんすけも踏ん張り、重量打線を7回まで3失点に抑えた。「守り勝つ」が鶴見西の信条で、これまでも堅守で勝ち上がってきた。守備なら負けない。その思いが鶴見西のナインを支えていたが、点を取らなければ勝てない。


 監督代行の野球部長・末永は監督の久保田とともに決勝までチームを導いた功労者も打開策を見いだせずにいた。ベンチから見ていても金川学院、とりわけエース皆川は別格。甲子園を見据えて勝ち進んできた金川学院とは違い、目の前の1勝に尽力してきた鶴見西は皆川対策は用意していなかった。

 監督の頭にはあったのだろうか。しかし一朝一夕でどうにかできる相手ではなかった。序盤こそ出塁するたび、一つアウトを取るたびに沸き上がっていたベンチも回を追うにごとに声量が絞られていった。


 7回裏の攻撃を前にキャプテンの青山が長い手を両翼のように広げ、掌をあおって円陣を呼びかけた。囲む顔はどれも蒼白としていて試合前のそれとは別物。青山は外に漏れないよう声を絞った。

「このままだと負けるぜ」


「それいま言う?」

 キャッチャーの北野太志きたのたいしが思わず噴き出した。その言葉で円陣内に笑みが漏れた。またシャッター音が聞こえたが今度は気にならなかった。


「甲子園をかけた決勝だぜ?このまま金学に呑まれたまま終わったらもったいないだろ?絶対このまま終われねぇよ。残り3イニング。3年は最後の3イニングになるかもしれない。てか最後にこんなとこにいると思ってた?」


 みな首を横に振った。


「だろ?俺だって思ってなかったよ。この決勝は監督からのプレゼントみたいなもんだよ。だから最後に久保田野球をやろうぜ。監督がいないから大事なことを忘れてたけど、最後は、最後まで、楽しくやろうぜ!いくぞ!」「おう!」朝顔が開くように円陣が解けた。


 息を吹き返した鶴見西の選手たちを目の当たりにして監督代行の末永は己を恥じた。すべきことは策を講じるより、まず選手を鼓舞することだった。劣勢の場面で久保田が「気持ちで負けるな」と発破をかける場面を何度も見て来た。時代遅れの精神論を嫌うはずの久保田の言葉に当初は違和感を抱いたが、こんな話を聞かせてくれた。


「以前近所の大きな公園で開かれていたフリーマーケットに行ったんです。目的があったわけではなく、新緑の時期だったんで、なんとなく散歩ついでに行って、一通り巡回して、出店でコーヒーとアメリカンドックを買って、休憩がてら併設されている体育館に入ると、ちびっこ相撲をやっていました。地元のこどもが参加する小規模の大会の小学校低学年の部で、なんとなく眺めていました。

 幼いこどもですから、名前を呼ばれたら元気よく返事をして土俵に向かう子と、もじもじして俯きがちな子にはっきり分かれるんですが、必ずと言っていいほど元気な方が勝つんです。胸を張り手足をピンと伸ばしてランウェイみたいに歩く子、両腕で力こぶを作る子、友だちをみつけてアピールする子。そういう子は体が一回り大きい相手もものともしない。勝敗予想は面白いように当たりました。

 気持ち云々を持ち出すのは古びた精神論だと思っていましたが、それ以来改心しました。『精神』を『メンタル』と言い換えるとがらりと印象が変わります。気後れして実力を出し切れずに終わってはもったいない。メンタルはプレーを左右します。気持ちは大切です」久保田は力を込めた。


 7回裏の攻撃。田上一馬たのうえかずまが粘って四球を選び、この試合初めて鶴見西の先頭バッターが出塁した。残り3イニング。皆川から大量得点は難しく、追い上げムードの今まず1点取って流れを変えたい。末永は迷わず送りバントのサインを出した。

 確実に塁を進めるためのバントは何度となく練習し実践してきた。小兵が勝つには基本の徹底が不可欠。戦力に劣る鶴見西がここまで勝ち上がってきたのは勝負所で確実に小技を成功させたからで、皆川相手なら久保田監督も迷いなくバントを選んだだろう。

 プレッシャーのかかる場面で投手が皆川では簡単ではないはずも坂井悟志さかいさとしがしっかり一塁線に転がした。送りバント成功。ワンアウトランナー2塁で打席に入った小池修平こいけ しゅうへいが狙いすました初球のストレートをセンター前にはじき返した。金川学院はそつのない中継プレーを見せるも、判断良くスタートを切った田上のスライディングにキャッチャーのタッチは追いつかない。初得点をあげ、鶴見西ベンチが俄然勢いづく。さっきまでの諦めムードはどこかに消え去った。


 続く8回表、末永は粘りの投球を続けていた西条に代えてサウスポーの泉雅也いずみまさやをマウンドに送った。難しい局面ではあるが、金川学院の重量打線と対峙し続けた西条は体力だけでなくメンタルも疲弊していた。

 コントロールと強心臓が持ち味の泉はプレッシャーのかかる場面でも飄々と投げ、二者連続内野ゴロに抑えた。しかし3人目のバッターの打球は快音を残してレフトスタンドに飛び込んだ。ソロホームランで4-1とリードを広げ、今度は金川学院ベンチが盛り上がる。甲子園のかかった決勝戦、名門校もやはりプレッシャーにさらされていた。


 次の打者の打球は再び快音とともに高々と舞い上がり、ヒヤリとさせられたがほぼ定位置でライトが捕球。追い上げムードの中痛い失点を喫したもののベンチからは労いと激励の声が飛び、戻ってきた選手たちをハイタッチで向かい入れた。降板した西条も「ドンマイ」と泉の背中を叩いた。首を振った泉に西条が「まだいける」と声をかけると泉も力強く頷いた。


 末永は帽子のツバを深くした。頼もしい選手たちだ。これまでのチーム作りが着実に実を結んでいる。もっとこのチームを見ていたい。


 8回裏、マウンドに向かう皆川がつま先を土にひっかけてよろけた。何事もなかったように投球練習に移ったが、格下相手とはいえ甲子園のかかった決勝戦、さすがの皆川にも疲労が見えた。

 青山が振り抜いた打球は風に乗り、レフトの頭上を越えてオーバーフェンス。ソロホームランが飛び出すと、鶴見西ベンチから今日一番の歓声が上がり、ベンチに戻ってきた青山と張り手のようなタッチが繰り返された。続く浅田健一あさだけんいちは粘って四球を選ぶ。


 末永は金川学院のベンチを観察していた。皆川を代えるか。2点リードで残り2イニング、甲子園のかかった勝負どころ。選手層が厚いとはいえ、皆川と他の投手には力の差があるのも事実。采配の難しい局面で、高校球界切っての名将・田崎喜一たさき きいちが選んだのは続投だった。試合を託された皆川は期待に応えるようにギアを入れ直して後続をきっちり3人で抑えた。大した選手だ。末永は改めてその器を認めた。


 2-4と鶴見西2点ビハインドで最終回を迎えた。


 9回表金川学院の攻撃。泉は先頭打者をセカンドゴロに打ち取るも、続く打者にレフト前ヒットを打たれてワンアウトランナー1塁。

 金川学院の次の1点は勝利を大きく引き寄せる。バントもあり得るケースだが、打者はヒッティングの構え。ピッチャーの泉はサウスポーで一塁ランナーは大きなリードは取れず、様子見のけん制球を挟むも動きは見られなかった。泉が投球モーションに入った瞬間バッターがバントの構えに切り替えた。セオリー通り一塁側に転がす。猛ダッシュした一塁手の青山が素早く打球を掴むもランナーのスタートが良く、二塁には投げられず、打者走者を一塁でアウトにしてツーアウトランナー2塁となった。


 打席に迎えるのは先発の西条から先制のタイムリーヒットを放った4番打者。ただし左バッターで、右投げの西条より泉の方が有利ともいえた。

 ツーアウトでランナーは打った瞬間スタートを切るが、盗塁はない場面。泉は打者に集中し、北野の出すサイン通り初球のストレートを相手のひざ元目掛けて投げ込んだ。バッターは見送るもストライクがコールされる。

 強心臓で鳴らす泉にも当然プレッシャーがのしかかっていたが、ポーカーフェイスを貫く。一塁手の青山にはその表情が頼もしく映った。

 2球目はインハイのストレート。スイングしたバットの根っこに当たってバックネットに刺さるファール。ノーボールツーストライク。


 キャッチャーの北野は横目でバッターを観察しつつアウトローのスライダーのサインを出した。皆川ほどの切れはなくても、外に流れるスライダーは左打者には特に有効で、いざ3球勝負。


 サインに頷く泉。外れてもワンボール、腕を振り切るのみ。しかし渾身のスライダーは曲がり切らずに真ん中に甘く入った。すかさずバッターが強振すると、ボールは甲高い音を残して右中間へ飛んだ。打球を追って首をひねった泉の表情が歪む。抜ければ長打コース。そこへライトの白瀬晃しらせあきらがボールめがけて突進し、体いっぱい伸ばしてダイビングした。球場の視線を独り占めした白瀬がボールの収まったグローブを掲げると割れんばかりの拍手が降り注いだ。

 ベンチに戻ってきた白瀬と泉がグラブタッチを交わした。2点ビハインドながら鶴見西は最高のムードで最後の攻撃を迎えた。


 最終回のマウンドに上がったのもエースの皆川だった。リードを守り切れば甲子園出場が決定、逆転を許せばここまでの好投が水泡に帰す。プレッシャーがかかっているはずも清々しく見えるのは最終ラウンドを迎えたボクサーのように、余力を尽くす覚悟からだろうか。


 先頭の坂井はバッターボックスの一番手前、ホームベースの真横に立った。デッドボールを望んでのこと。皆川の球が当たれば痛いのはわかっていても、どうにか出塁したく、骨さえ折れなければOK。それがダメならフォアボール。ヒットの望みは薄いからとにかく粘り、振るならフルスイングで。強振すればエラーを誘えるかもしれない。

 しかし最後はストライクからボールになるスライダーを振らされた。バットとボールの間に30センチは隔たりがあろうかという豪快な空振りだった。


 続く小池はツーストライクから2球ファールで粘るも、最後はやはり伝家の宝刀スライダー。かすりもしない空振りに終わり、最終回にして切れを増す皆川の投球にスタンドから驚嘆の声があがった。


 9回裏ツーアウトランナーなしでバッターボックスに入るのは白瀬。ここで試合終了では先ほどのファインプレーも徒労に終わる。ここで終われるか。皆川を揺さぶろうと投球モーションに入った瞬間バントの構えをした。そこを目掛けて直球が襲い掛かる。とっさに避けるも左の二の腕に直撃した。腕を押さえてうずくまる白瀬に、マウンドから降りて皆川が帽子を取った。

 痛い。痛いけど、チャンスは残った。白瀬はすぐに立ち上がるとコールドスプレーを拒否して一塁へ疾走した。一塁ベースから白瀬は背番号1を眺めた。あの皆川が俺に向かって帽子を取った。ファインプレーより価値あるかも。


 次のバッターは準決勝で起死回生の逆転タイムリーを放った宮下勉みやしたつとむ。ツーストライクに追い込まれたらスライダーが来る。分かっていても打てない、甲子園を決めるにふさわしい球だ。最後のバッターになるわけにはいかないから、直球狙いで積極的に振るしかない。

 初球にバットが出かかるもホームベース手前でワンバウンド。ボールがキャッチャーミットに収まっているのを確認して宮下はてのひらで一塁ランナーを制止した。ドラフト指名も噂される強肩キャッチャー、無理に二塁を狙う場面ではない。


 キャッチャーが主審にボールの交換を願ったのを見て、宮下は右手でバットのヘッドをこねるように撫でまわした。宮下オリジナルの直球が来るおまじないで、撫でるうち本当に直球が来る予感がしてきた。いや、来る。絶対に来る。空振りしてもワンストライク。ストライクゾーンにきたら思い切り振ってやる。

 来た。狙い通りスイングした宮下だったが、ボールにブレーキがかかる。チャンジアップだった。タイミングを崩されぼてぼてのゴロが三塁に転がる。宮下はボールの行方を追わずに全力で一塁に走った。怪我のリスクのあるヘッドスライディングは鶴見西では厳禁。そのまま全力で駆け抜けた。とっさに振り返ると一塁塁審はセーフのジェスチャー。打球処理を焦った三塁手はボールが手につかず、エラーが記録された。


 ツーアウトランナーなしからツーアウト一塁二塁。ホームランが出ればサヨナラの場面に変わり、マウンド上に金川学院の内野陣が集まった。戦術の確認ではなく間を置くのが狙いで、エラーした三塁手に声をかけている。


 打席に向かう青山は空を見上げた。7月の終わりの晴天なのに気温が上がらない絶好の野球日和だった。監督、打たせてください。どこまでも青く広がる空にそう願ったもののすぐに頭を振って打ち消した。ヘルメットを押さえて打席に入り、気合の声を出す。


 青山頼む。鶴見西ベンチは祈る思いでバッターボックスを見つめた。


 初球は胸元をえぐる直球、青山は体を引いて避けた。判定はボール。コントロールミスではなく狙ったものだ。死球を与えたばかりなのにインコースをついてくる度胸の良さ、コントロールへの自信。さすがドラ1候補と感心しつつ、前の打席でホームランを打った自分への威嚇でもあると青山は睨むように皆川を見据えた。

 2球目もインコースを攻めてきた。今度はボール二つ分中に入りストライク。振っていたらファウルフライでゲームセット。


 青山は腹を決めた。ツーストライクになればスライダーで決めに来る。あれは打てない。となれば勝負はその前、次に来るストライクをとらえるしかない。バットを握り締めると、全身の筋肉が引き締まる音が聞こえた。


 その時、皆川が首を振った。ずっとキャッチャーのサイン通りに投げ続けていた皆川がこの日初めて。なんだ?不意の事に青山の体が硬直する。次のサインに頷いて投球モーションに入る。皆川の投じたカーブは、バットの芯を外れて高々と舞い上がった。マウンド上で真っすぐに空を指さす。落ちてきたボールは皆川のグローブにしっかり収まった。甲子園出場が決定し、マウンドに金川学院の選手が駆け寄り、歓喜の輪ができた。さっきまでの締まった顔を崩し皆川もチームメイトと喜びを分かち合い、マウンドをぐるぐる回って飛び跳ねている。


 ベンチに引き上げる途中で青山は足を止めて空を見上げた。監督、野球って面白いですね。



 試合を終えた鶴見西高校を代表してキャプテンの青山がメディアの質問に答えた。

「試合を前にして監督の死去という訃報に接しました。つらい思いを抱えての試合になりましたが、どんなことを考えて試合に臨みましたか」


「どういう形でも監督を甲子園に連れて行きたい。そういう思いでしたが、僕らの力が及びませんでした」


「監督不在の影響はありましたか?」


「相手が強かったです。点差以上に実力の違いを感じました。力負けです」


「監督にはどのように報告しますか」


「ここまで連れてきてくださりありがとうございましたとお礼を言いたいです」


「ドラフト候補に挙げられる皆川投手の印象はどうでしたか?」


「本当に素晴らしいピッチャーで、対戦出来て光栄でした。甲子園での活躍も応援しています」


「鶴見西高校は、高校野球の歴史に新たな記録を刻むかもしれないということで注目を集めてきたわけですが、プレッシャーは感じていました?」


「そういうことは意識しないようにしていましたし、監督も口にされませんでした」


「史上初の女性監督の甲子園出場まであと1勝と迫っていたわけですが、何か思うことはありますか」


「あとに続く人が、近い将来実現することを願っています」



 球場を引き上げる鶴見西の選手たちに末永が言った。

「みんなお疲れ様。甲子園は逃したけど、決して残念な結果じゃない。みんな本当に頑張った。最高のチームだ。胸を張って監督に報告しよう」

 頭上には一筋の飛行機雲が伸びていた。

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忘れものおくりびと―盆之胡瓜の道草― すでおに @sudeoni

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