第20話 アイドルの憂鬱 後編

 アイドルグループ『星のエスペランサ』のメンバー・大原七花おおはら ななかが死去した。ライブのリハーサルを終えて帰宅した後に体調不良を訴え、同居する姉が救急車を呼んだものの救急隊が到着した時は心肺停止状態で、搬送先の病院で死亡が確認された。


 22歳のアイドルの急死に、ネット上には様々な憶測や流言が飛び交った。交際相手にフラれたのを苦に自ら命を絶った。と事実無根の悪質なデマまで流され、ショックに打ちひしがれる関係者に追い打ちをかける形となった。持病のない22歳の急死は極めて稀なケースで死因の特定は困難だったが、心臓の不調が原因と所属事務所が発表するに至って一応の落ち着きを取り戻した。


 死のニュースに接して初めて大原七花を知る人も多かった。アイドルファンには知られる『星のエスペランサ』も、大原七花は長い間グループを離れていたうえ、生来の照れ屋からグループ内ではおちゃらけキャラで通り、端正なルックスは正当な評価を受けないままだった。


 新曲で大原がセンターポジションを務めることは『星のエスペランサ』のファンには周知されていた。ただし、あくまでも1曲限定のことで、次の曲はまた他のメンバーに代わる。これまで同様当該メンバーのファン以外はさして気に留めなかった。


 大原七花のファンは新曲の初披露を心待ちにしていた。推しメンの初のセンター曲はファンにとってわが子の成人式のような晴れ舞台で、大原のメンバーカラーである黄色いTシャツを着て、黄色のペンライトを振って目一杯コールする日を待ちわびていた。

 その日は永遠に訪れることがなくなった。



 新曲が初披露される予定だった『星のエスペランサ』結成10周年記念ライブ。会場のホールはキャパ約3000と、やや高めのハードルに思われたが、10周年記念とあってチケットは完売し、『星のエスペランサ』は大歓声に包まれてその日を迎えるはずだった。


 アイドルグループは結成日やデビュー日をファンと祝う『周年ライブ』を毎年開催する。中でも10周年は特別で、この日を迎えることなく解散していくグループが多い中、10周年ライブは長く愛された証であり、メンバーとファンへのご褒美でもあった。


 運営によって協議がなされたものの、ライブの実施は早々に却下された。メンバーの死去直後に実施することは不適切で、残されたメンバーもショックが大きく、ライブを行える精神状態になかった。

 お別れの会を開催するのが妥当であるとの判断がなされた。希望者にはチケットの払い戻しに応じると決めたが、希望者はいても僅かと予想された。


 お別れの会の概要は、ステージに遺影を飾り、ステージ下に献花台を設置してファンの献花を受け付ける。すでに完売しているためチケットがなくても献花を受け付ける。献花の列が途切れ、チケット所有者が着席したところで、メンバーが登壇し弔辞を送る。在りし日の大原七花の活躍をステージ上のスクリーンに流す、との案には反対もあったが、大原をなきものにするのでなく、『星のエスペランサ』にいた証をファンの目に焼き付けてもらう。場にふさわしい映像を編集すれば問題ないとの判断により決定に至った。


『星のエスペランサ』の公式サイトに『ファンの皆様へ』と題したメッセージがアップされた。

「お別れの会の実施に向けて協議を重ねて参りました。大原七花をアイドルとして送り出してあげたい。それが私たちの願いです。本会に参加されるファンの皆様には星のエスペランサのライブに来られる際と同様の服装でご来場いただきたく存じます。不適切に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、大原はきっといつもステージから見ていたファンの皆様に見送られたいと望んでいるはずです。どうか大原七花をアイドルとして送り出してあげてください」



 お別れの会当日、会場へ続く列に並ぶファンの多くが星のエスペランサのTシャツを着ていた。皆一様ではなく各々お気に入りのツアーTシャツであったり生誕Tシャツであったり。他には公式グッズのパーカーやスウェット。首にマフラータオルをかけた者も目立った。喪服姿は一人も見当たらなかった。

 星のエスペランサは15人所帯ゆえ黄色のTシャツばかりではなく他の色も多く、それも運営が望んだいつものライブの光景だった。ただしいつもよりも黄色が多かった。

『OHARA NANAKA 20☓☓ 02/21』とプリントされているのは大原の生誕祭で販売されたTシャツで、胸元の大きな目の女の子のイラストは大原自身がデザインしたもの。大切に保管していたのをこの日のために開封したのだろう。折り目の跡が真新しい。

 今回の10周年記念ライブのグッズも発売予定で、すでに公式サイトやSNSで公開されていたが、お別れの会では販売しないと告知されていた。


 服装はいつも通りでも、ライブ前の高揚感はそこにはなかった。例えば旅行であれば出発が近づくうち面倒臭さが先に立ったりするのにライブはただただ待ち遠い。遠方からなら休暇を取って高速バスや新幹線を予約し、メンバーがSNSにアップするリハーサルの状況を見ては期待を膨らませ、指折り数えて当日を待つ。ライブは推しメンに会える日でもあるからだ。

 当日は開演に先駆けて物販列に並んでグッズを購入する。アイドルにとっての衣装のように、ライブTシャツはファンにとってユニホームで、その場で着用すればより一体感を味わえる。ライブが始まればすべてを忘れてペンライトを振ってコールを送る。恥ずかしさなど邪魔なだけ。いまここにしかない瞬間を夢中で飛び跳ねる。終演後は冷めやらない熱を肴に語り合い、帰りの電車で思い出してはニヤケ顔が窓に反射する。家に帰って寝るまでがライブだ。


 それがこの日は、涙にくれるファンは一人や二人ではなかった。いつもは汗を拭くマフラータオルで涙をぬぐい、瞼が赤く擦れていた。スマートフォンで以前のライブの動画を見ようとしても直視できずに停止した。メンバーのSNSは止まったまま。

 お別れの会に慣れたファンなどいるはずもなく、開始までどうやり過ごせばいいか、見つけられないままゆっくりと時間が流れていた。



 開始時刻となり、会場に足を踏み入れたファンの目に飛び込んできたのはステージに飾られた遺影だった。印象的な奥二重の大きな目と白い肌の、ファンには見慣れた笑顔も、花に囲まれた静止画は死の実感を強くした。

 大原七花が最後に出演した2週間前のイベント『アイドルジャム』ではいつもとなんら変わりなく、全力で歌って、踊っていた。むしろいつもより元気で「センターに選ばれて張り切っている」と茶化すファンもいるほどだった。


 それなのに、いつも元気な大原七花を、どこを探してもあの笑顔を見つけることができない。大原への想いが強いファンほどショックも大きく、同行者に支えられてどうにか席にたどり着く様子も見られた。名前を叫びたい衝動が嗚咽となって口からこぼれた。


 アイドルに本気で恋をする『ガチ恋』は時に嘲笑されるが、それぞれ輪郭は異なっても好きの気持ちに変わりはない。

 今度の握手会なに話そうかな。なに着ていこうかな。誕生日プレゼントなにあげようかな。

 推しメンを想うのが幸せ。そうでなければアイドルを応援しない。世界でたったひとりの特別な存在がいなくなった。その喪失感は何を持っても埋められるはずがなかった。


 全てのファンが献花を終えて着席すると『星のエスペランサ』が一列になって登壇した。揃いの黄色のTシャツに黒いスカート姿。いつもは歓声を浴びながら登場するアイドルが、この日は拍手もなく、足音が客席の端まで聞こえそうだった。


 壇上に整列すると深々と一礼した。中央に立つ『星のエスペランサ』のリーダー、里中鈴さとなか りんの小柄が遺影を振り返る。他のメンバーも遺影に向かった。静寂を待つ必要はなく、里中は封筒から取り出した白い便箋を開き弔辞を始めた。ライブでは小さな体を目一杯広げ、汗だくになってパフォーマンスする里中も、話し口は聞く耳を揉み解すように温かく、家庭で受けた愛情の密度を感じさせた。


「七花へ。わたしはあなたが教えてくれたことを、ずっと胸に刻んで生きています。

 あの日『星のエスペランサ』は豊洲で開かれたイベントに出演し、終演後私と七花は一緒に駅まで歩きました。二人だけ他のメンバーと違う電車で、七花が星エスに復帰したばかりの頃だったので、ちょっぴりよそよそしかったのを覚えています。

 ちょうど冬が始まった時期で少し寒かったけど、その分夜景がきれいでした。道の左に東京湾が広がり、その向こうに高いビルが並んでいて、窓に灯る明かりが光る影となって水面に反射していました。まるで絵画みたいだなぁと眺めていたら同じことを思ったのかな。七花は『きっとアイドルグループって、一枚の大きな絵をみんなで描くことなんだよね』と言いました。

『メンバーだけじゃなくて、マネージャーさんとか作詞家、作曲家、振付の先生、衣装さんとか、みんなで一枚の絵を描くの。それぞれが与えられたパートで、何色の絵具を使って何を描けば素敵な絵になるか、試行錯誤を繰り返してみんなで『星のエスペランサ』を描くんだよ。もしそこで誰かが、私は赤が好きだから赤で書くとか我がままを言ったら、せっかくみんなが作り上げてきたものが台無しになるでしょ。だからみんなで力を合わせて星のエスペランサを描くんだ』って。

『私は星のエスペランサの歌、詞も曲も大好きだし、衣装だって本当にカワイイのばっかりだし、振付だってなんかもう全部最高でしょ。だからファンのみんなも星のエスペランサを好きになって応援してくれるんだよ』七花はそういうと突然東京湾に向かって『ありがとー』と叫びました。ちょっと恥ずかしかったけど私も腹をくくって『ありがとー』と叫びました。それから二人で笑いながら駅までダッシュしました。

 私はその日からずっと、最高の『星のエスペランサ』を描くんだって胸に誓って生きてきました。

 まだまだ一緒に描きたかった。歌って踊っておしゃべりしたかった。星のエスペランサはいつでも帰ってこれる私たちのホームで、『お婆ちゃんになっても星エス』それが私たちの合言葉でした。天国へ行っても七花は星のエスペランサの一員です。ずっとずっと私たちの中に生き続けます。星のエスペランサの星として、これからもずっとそばにいてください。

 星のエスペランサリーダー・里中鈴」


 ところどころ声を詰まらせながら、でも涙をこらえたのは、それがリーダーの務めとの想いから。いつでも前向きで一生懸命グループを引っ張る里中はファンの信頼も厚かった。


 弔辞が終わると照明が落ち、暗くなった場内に大原の声が響いた。壇上のスクリーンがその姿を映し出す。

『初めまして。大原七花です。ナナカって呼んでください』

 星のエスペランサのライブで新メンバーとして紹介された、まだ中学生の大原七花がそこにいた。長い髪を左右で結び、あどけない顔には緊張がありありとしている。当時から目は大きいが今より瞼が腫れぼったく、顔がむくんで見えるのはまだ成長期のせいか、よく眠れなかったせいか。前髪も重たく野暮ったい印象を受ける。発声も素人のそれで声が震えていた。


 ライブの映像に切り替わった。まだ結成から日が浅い星のエスペランサはこの頃、月に一度定期公演を行っていた。グループでの歌唱中、ソロパートで歌詞が飛び、大原がその場に立ち尽くした。ざわめく客席。笑いも漏れる中「がんばれ」の声が飛んだが大原は呆然としたまま。どうにかダンスの輪に戻ったが、顔は色を失くしていた。

 ステージを降りた途端泣き崩れた大原の背中を里中鈴がさすった。「心配しなくて大丈夫。星エスのファンはみんな優しいから。次頑張ればいいの。もし次失敗したら、その次頑張ればいいし、その次失敗しても次の次頑張ればいいんだからね」大原は両手で顔を覆い、嗚咽しながらその言葉を聞いた。


 次の映像も定期公演のものだった。セットリストをこなし、次の公演の告知をしていたところで突然金色のくす玉を掲げたスタッフが登場した。金の折り紙を貼り付けたお手製のチープなくす玉だったが、イレギュラーな事態にメンバーは胸を高鳴らせた。ファンも予感を抱いてざわついている。

「せーの!」でメンバー全員でロープを引っ張ると、割れたくす玉から『CDデビュー決定!』の垂れ幕が出現した。結成半年にしての決定に、メンバーは涙を流し、抱き合って喜んだ。加入して3か月の大原も過不足なく喜びを分かち合う。デビュー曲のMVで、大原がウインクした場面がスローで流れた。


 今度の映像は大原がステージの中央に立ち、両手でマイクを握り締めていた。

「3年間星のエスペランサのメンバーとして活動したことに悔いはありません。いままで応援ありがとうございました」

 神妙な顔で深々と頭を下げた。拍手に交じった「いままでありがとう」「お疲れ様」は聴き慣れた声。顔もニックネームもとっくに覚えたファンを直視できなかった。ラストステージは、秋葉原の家電量販店でのインストアライブだった。大原の目に涙はなかった。


 続いて『星のエスペランサ』のワンマンライブの映像。メンバーの顔つきや背格好から数年後とわかる。パフォーマンスが一段落してMCに移り、『今年の夏に挑戦したいこと』をテーマに話している最中、突然ジングルが流れた。驚くメンバーたちが振り返った後方の大型ビジョンに『新メンバー発表!』と映し出され、客席から歓声が上がる。

 スポットライトに照らされ、ステージ袖から歩み出てきたのは4年前に卒業した大原七花だった。すぐに大原と気づき歓声を上げる古参のファン。新規のファンは古参のリアクションを見て事態を理解したようだ。

「私は卒業した時に悔いはないといいました。でも卒業してから私の中でどんどん星のエスペランサが膨らんで、破裂しそうなくらいに大きくなって、もう一度アイドルをしたい思いが抑えきれなくなってこの場所に戻ってきました。星のエスペランサに全てを捧げる覚悟で頑張りますので、よろしくお願いします」

 晴れの舞台なのに顔が強張っているのはファンの反応が気がかりだったせいだが、大原の耳に届いたのは温かい声援と大きな拍手だった。 


 次の場面はレッスン場。ステージ衣装とは違い、各々私物のTシャツやジャージを着て体育座りでスタッフに向かっている。大原は胸元に自分のイラストがプリントされた生誕Tシャツを着ていた。

 カメラが回っていることで、メンバーにはこれから始まることの予想がついていた。

「新曲のセンターを発表します」とスタッフが声を張った。予想通りの展開も、カメラを意識して大袈裟なリアクションをとるメンバーたち。「新曲のセンターは大原七花」と発表され、はっと息をのんだ大原にメンバーから拍手が送られた。

 意気込みを聞かれ「えーっと、初めてのセンターで緊張しますが、ファンの皆さんに喜んでもらえるよう精一杯がんばります。たくさん応援して背中を押してください。頑張ります」アイドルらしい笑顔と敬礼ポーズで締めくくった。


 そして最後のステージとなった2週間前の『アイドルジャム』。大原は普段と変わらぬ明るい笑顔でパフォーマンスしている。『アイドルジャム』はネット配信がなく、映像は星のエスペランサのスタッフがスマートフォンで撮影したもので、映りがいいとは言い難いが、スクリーンを見つめるファンはこれが大原七花の最後の姿だと知っていた。現場にいたファンもそうじゃないファンも目に焼き付けようと凝視している。

 誰かがたまらず「ナナカ!」と叫んだ。その声に、堰を切ったようにあちこちで「ナナカ!」「ナナカ!」と呼んだ。「ナナカちゃーん!」女性の声は悲鳴が混じっていた。壇上のメンバーも崩れそうな体を寄せ合い、支え合っていた。


 一瞬暗転したスクリーンに、大原の顔が大映しにされた。奥二重の大きな目にショートヘアがドアップで画面に向かって「よし」っと言って後方へ下がると、15人揃った星のエスペランサがそこにいた。ただし衣装ではなくTシャツやジャージのレッスン着、大原は黄色のTシャツだった。


 雰囲気からごく最近収録したものとわかる。そこに映るのはいつも通りの大原七花で、スクリーンを見つめるファンはまるでドッキリを仕掛けられ、種明かしを見せられているようだった。これは何の映像だろう?訝しげに続きを待った。


 星のエスペランサがフォーメーションをとり、大原七花が中央に立つと、スクリーンの中から「盛り上がってますかー!」と呼びかけた。突然の事に、客席は呆気にとられて口を噤んだまま。


「盛り上がってますかぁー!」

 大原は同じ言葉を繰り返し、ファンに向かって聞き耳をたてた。ようやく客席からパラパラと返答があがる。


「全然足りなーい!もっともっと!お腹の底から声出してー!盛り上がってますかー!!」

 スクリーンの中で声を張り上げる大原につられ、ファンが立ち上がった。


「星のエスペランサが好きですかー?!!」

 泣いていたファンも涙を忘れて声を上げた。


「星のエスペランサが大好きですかー?!!」

 みんな無我夢中で拳を突き上げた。

 

「新曲いっくよー!!!」

 大原が全身で叫ぶと地鳴りのような歓声が沸き起こった。


 会場にイントロが流れ、スクリーンの中の星のエスペランサが踊り出す。大原七花初のセンター曲、大原の歌声がスピーカーから流れた。初めての曲でもファンは迷いなく、おなじみのコールを力いっぱい、ありったけの声で叫んだ。ただ一つ、いつもと違うのは、この日はみんな声をそろえて『ナナカ』と呼んだ。


 スクリーンを見上げる星のエスペランサのメンバーは、これが何の映像か知っていた。

 結成10周年ライブのリハーサル中、大原が新曲を自分のスマートフォンで撮影したいと願い出た。最高の出来でファンに届けたい、勉強のために見直したいからと。初めてのセンター曲への想いは理解できるし、10周年記念ライブでの新曲初披露を成功させたいのはメンバー共通で、言うに及ばず賛成した。大原はさっそくスマートフォンをセットする三脚の準備を始めた。


 そこへ「ならさぁ、ついでだからからやれば?」志村未来しむら みきが悪戯っぽい笑みを浮かべてメンバーを見回した。


「たしかに。ナナカあんまりあおりやったことないもんね。いい機会だからあおりの練習しとくのもアリじゃない?」白鳥亜希しらとりあきがニヤケ顔で乗っかると「私もちょうど大原さんのあおりが見たいなぁって思ってました」と杉野有美すぎのゆみも同意した。


 観客をあおって盛り上げる『あおり』はライブに不可欠でもその場のノリが肝心で、リハーサルでするものではなかった。星のエスペランサでは時々こういう悪ノリが発生し、即興芝居を始めて面白がることがあった。息の合ったグループだからこそできる遊びで、リハーサルに疲れて気分転換の意味もあった。

「えー」と大げさに顔をしかめる大原。NOを言わないのがこの遊びのルールだ。

「リハだからって手抜きしたら意味ないから」

「そうそう。カメラの向こうにファンがいると思って目一杯全力でやんなきゃね」

「ナナカのあおり見たい人ー?」

 志村の問いかけに大原以外全員が手を挙げた。

「ハイ。決定」

「マジでー?!」と苦笑を浮かべた大原だったが、実際あおりの経験はほとんどなく、練習しておくのも悪くないかも、との想いも込み上げていた。

「しょうがないから私の全力見せてあげるか」

 大原は開き直ってスマートフォンの録画ボタンを押した。 


 大原七花の歌声とファンのコールがひとつになって黄色に染まった会場を揺らした。「アイドルのまま送り出してあげたい」大原推し一同が自費で購入した黄色いサイリウムを来場者に配布していた。大原七花は黄色い光に包まれていた。

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