第16話 母親の懺悔 後編

 安川肇やすかわはじめがコンビニエンスストアでアルバイトを始めて10年経っていた。


 定職に就いていれば、それなりに出世して昇給して家庭を持っている年頃。今どき三十代のフリーターなど珍しくなくても、迷いがないといえば嘘になる。それでも多分来年も再来年も、店が潰れていなければ働き続けている。


 今頃は何かしら当てて、それなりの暮らしを送っているはずが、結局何を当てることもなく今日まで惰性で続けていた。


 アパートもずっと変わっていない。ユニットバス付きのワンルームで家賃は管理費込みで5万8千円。ポテトチップスは箸で食べるし、ペットボトルはキャップとラベルを外して水ですすいでから捨てる。毎日欠かさずシャワーを浴びるし、2週に1度は掃除して三月に1度はシーツを洗って布団を干すから、男の一人暮らしといえどもさほど散らかっていない。転職同様引っ越しの予定もない。


 週に5、6日の勤務で、自堕落な生活は送っていない。貯金はないが借金もない。趣味もないから交友関係は広がらず、いつのまにか友だちもいなくなっていた。退屈しても明日になれば出勤する。

 人生の貴重な1日をふいにしているようで、未来の後悔に心の隅では気づいていても、抜け出そうにも当てはなく、貯金もないから辞められない。自転車操業みたいな生活。


 成長の実感はないのに年だけとって、これから先は白髪が生えて、しわが増えて、老眼になって、耳が遠くなる。加齢は収入に比例しない。体力も失くなって、髪の毛も減っていくのだろう。その時になって後悔するのか。その感性すら失われていくかもしれない。


 全てが狂ったのは5歳の時だった。ある日突然母親が家を出て行った。前触れがなかったのは父親の狼狽ぶりでわかった。頼もしい存在だった父親が食事ものどを通らなくなり、みるみる内に衰弱していった。仕事に行く気力も体力も失くし、生活保護に頼らざるを得なくなった。

 子供心に、詳しい事情を訊いてはいけないと察していたから、母親が知らない男と駆け落ちしたと知ったのは小学校の高学年になってから。父親の心の傷が身に染みた。その父親も、母親と再会することなくすでにこの世を去っていた。


 どうにか高校は出たけれど進学は望めず、清掃会社に就職したものの2年で退職。やりがいを感じなかったし、まだ若く、未来は明るいはずだった。アルバイトをいくつか経てコンビニに行き着いた。


 積み立てた運がいつの日か満期になって引き出される、そう思い込んでいた。

「運は平等」とか「人生は何度でもやり直しがきく」とか「落ちるところまで落ちればあとは上がるだけ」など成功者の戯言に過ぎず、ほとんどの人は日の目を見ずに死んでいく。現実を知ったのは割と最近のことで、その時すでに人生が消化試合になっていた。負け犬根性が沁みついて、いまさら悔しさもわかない。自分が生まれて来たことに意味などなかった。


 一度踏み外すと元に戻れない。人生に敗者復活戦はない。



 世間はすっかりクリスマスムードになっていた。町を歩けば泡のような白いサンタやクリスマスツリーがショーウィンドーに浮んでいる。定番のクリスマスソングが代わりばんこにスピーカーから流れてきて、ついテンションが上がってしまう。去年も一昨年も同じダッフルコートを着ていた。


 おぼろげに残るクリスマスパーティーの記憶は母親がいた頃のもので、いなくなってからは無縁。小学生の頃は、裕福でない友だちもお菓子が入った銀の靴ぐらいはもらっていたのに、父親はケーキすら買ってくれなかった。枕元は寝た時のまま。淡い期待は裏切られ、いつしかサンタを待たなくった。


 将来子供ができたら、枕元に収まりきらないぐらいでっかいおもちゃをプレゼントしてやる、と20代の頃は思い描いていたものの実現していない。金もなければ子供もいない。どちらも今後も手にできそうにない。


 はじめは冬場になると家の中でも靴下をはいた。足元を温かくすればエアコンの設定温度を2度下げられる。エアコンをつけっぱなしで寝ることもある夏場と違い、冬は寒くて起きることはそうそうない。

 寒さのピークを迎える前、12月のこの時期に布団に潜る時が一番幸せで、今日みたいに6連勤の最終日は疲れがたまり、いつもより早く床に就いてもすぐに眠りに落ちた。



 真夜中に、まるでタイマーが作動したようにすっと瞼が開いた。枕元に人が立っていた。暗闇にぼやけているけれど、すらっと背が高い女性。不思議と恐怖は感じなかった。

 若くないのが雰囲気で分かる。どこかで会った気がして、顔を覗こうにも身体が硬直して動かない。寝たまま冷暗な空間に佇むその人を見上げていた。

 言いたいことがあるのに言うべきか迷っている。そんなもどかしさが沈黙越しに伝わって来た。幽霊なのか。しかしそこにある温もりが頬を通して伝わった。

 やがて意を決したように何ごとか発したが、か細い声は闇に吸い込まれ、肇の耳まで届かない。言い終えた女性の身体がふっと浮き上がり、天井に吸い込まれるように消えていった。


 そこで目が覚めた。


 クリーム色のカーテンが暖色に染まり、スズメの鳴き声が聞こえるいつもの朝だった。電源を入れたままのスマートフォンは充電が残り2%。トイレに起きることも多い季節に10時間も眠り続けたせいで身体が重かった。


 休みの日は布団に入ったまましばらくごろごろする。だらけているようで罪悪感を抱くけれど、毎日忙しくしている勤め人ならば、たまの休日は昼まで寝ても平気なのだろう。若い頃は憧れだった忙しない生活が、いまでは煩わしさしか抱かない。


 見上げた天井にシミができている、なんてことはなかった。白一色の天井に昨日との差異は見当たらない。カーテンの隙間から朝陽が差し込み、頬を照らしていた。温もりの正体を見付けた。あれはただの夢だったのか。


 しかし寝起きの霞む目を凝らすと、女性が立っていた場所に見慣れない物体を見付けた。本に見えたそれは日記帳だった。

 白い表紙はいくらか変色しているものの目立つ傷みはなく端然としている。手に取ると真ん中のあたりで開いた。しおりみたいに、そこに古い写真が挟まっていた。真っ黒な髪の父親が幼い俺を抱っこした写真だった。古めかしさが味になって親子の絆を強く見せた。場所は当時住んでいたマンションで撮影したのは母親。その時の記憶が鮮明に蘇った。


 まだフィルムカメラが主流で、行事ごとにしか出番がなかった時代に、母親が唐突にカメラを構えた。夕食を食べ終えた直後で写真を撮る理由など見当たらない。

 母親に促され、父親は俺を抱き上げた。言われるまま笑顔を作ったものの子供ながらに違和感を覚えた。父親も同じだったようで、すぐに現像に出し、出来上がった写真は母親に見せずに通勤カバンにしまった。こっそり抜き出し、母親の日記帳に挟んだのは俺だった。得体の知れない不安は現実になった。


 書置きを読んだ父親は涙を流した。大人は泣かないものだと思っていたから、見てはいけないもののようで、目が合わないよう顔を背けたら、すすり泣きが鼓膜を揺さぶった。

「お母さんは家出をした」と説明されても5歳の俺にはピンと来ず、いつ帰ってくるのか訊ねても分からないと言うばかり。

 母親がしたのは家出ではなく駆け落ち、俺は捨てられたと知ったのは小学校の終わり頃だった。


 父親は見る間に憔悴し、仕事が手につかなくなった。最初は同情していた職場の同僚も手に負えなくなって見放され仕事を辞めた。マンションからアパートに引っ越し、生活保護を受けてどうにかやっていけたものの、父親は部屋に籠ってばかり。最低限の家事はしてくれたが、ほかはずっとごろごろしていた。廃人のようになって死んだのは俺が二十歳の時だった。


 死を知っているのかいないのか、母親は葬儀に姿を見せなかった。元夫の死に興味はなく、どこかでのうのうと暮らしている。家族を捨て、人生を狂わせ、何から何まで、それこそ運まで奪ったのにいい身分だこと。幼い息子を捨てるなどまともな神経ではない。幼き日の自分が不憫でならなかった。

 このまま死ぬまで会いたくない。悲劇のヒロイン気取りの涙を流しての詫びなど、死んでもご免だ。そうずっと胸に刻んで生きてきた。


 夢に出てきたのは母親だったのか。もしかして、死んだのか。それで最後に俺に会いに来たのか。


 わずかに抵抗を抱きつつも肇は日記をめくった。


 ×月×日『はじめが朝から熱を出し病院に連れていく。風邪薬をもらう。3日もすれば良くなるとのこと』


 ×月×日『はじめがお風呂場で転んで頭を打った。いまのところ変わった様子はないが、何かあればすぐに病院に連れて行くべき』


 ×月×日『夜に水分の多い果物を食べるとおねしょしやすい。要注意』


 ×月×日『嫌いな食べ物は無理強いしない。余計嫌いになってしまう』


 ×月×日『クリスマスプレゼントの希望は恐竜図鑑』


 ×月×日『毎日飽きずに恐竜図鑑を眺めている』


 母親が書いたもので間違いない。1、2行程度の、日記より備忘録といった様相で、毎日ではなく書き残す用件があるとつけたようだ。初めて見る母親の字は癖がなく滑らかで、文章は淡々としている。飾らない淡泊な性格がそこに記されていた。

 恐竜図鑑をもらったのは4歳のクリスマスで、この翌年に母親は駆け落ちしたのだが、相手のことや計画など、件のことには一切触れていない。匂わせるような記述も見当たらなかった。


 写真が挟まれていた左右両面空白のページに行き当たった。写真を汚さないための配慮だろう。次のページは2年ぶりに更新された日記だった。


『今日から一人で生きていかなければいけない。仕事は選んでいられない』


 翌日は『1年後、私は生きているだろうか』


 それから3日後に『住み込みの仕事が見つかった。どうにか生きていけそう』とあった。


 駆け落ちした男と袂を分かつことになった、その間更新していなかった日記を再開した、ということのようだ。死別ではなく破局したのは理由に触れていないことから推察された。

 このあとは飛び飛びの更新で数ヵ月空くこともざら。日記の体をなさなくなっていた。


 ×月×日『私は間違った道を選んでしまった』


 ×月×日『人生にやり直しはきかない。すべてを背負って生きていくしかない』


 ×月×日『私は幸せになる資格はない。その芽を摘んだのは自分』


 ×月×日『許してほしいとは思わない。望んではいけない』


 ×月×日『いまさら合わせる顔などない。言い訳できることではない』


 ×月×日『私が犯したのは若さで片付けられない過ち』


 仕事に関するものは散見されるが、趣味や旅行といった楽しい出来事は一つとして見当たらない。一人になり、誰を気にせず本心を吐露したのだろうが、幸せは欠片も見られなかった。後悔を記すことは、たとえそれが人目につかないものであったとしてもストレスは大きい。過ちから目を背けたくない意志が感じられた。


 また見開き2ページの空白が現れた。胸に浮かぶ予感をたしかめるように指先の摩擦を強くして次へめくる。


『ステージ4の大腸ガンで余命1年と宣告された』


 薄く小さい消え入りそうな文字の、今から10カ月前に書かれた日記はたった一行に全てが凝縮されていた。

 身体の不調を感じつつも無理を押して働き続け、発見が遅れた。ただの想像が肇の中で事実として輪郭を備えていった。


 隣のページは空白で、めくった次に書かれた3週間前のものが最後の日記だった。


『私の人生はもうすぐ終わる。重しが下りたとして後悔が消えることはない。愚かな母親でした。ごめんなさい』


 肇は本棚から恐竜図鑑を取り出した。今も大切に取ってある4歳の時にもらった最後のクリスマスプレゼント。表紙をめくると写真が挟んであった。満面とはいかないまでも口元に笑みをたたえた若き日の母親。


 母親は家を出る時自分がうつった写真を全て処分していった。たった1枚だけ、父親のカバンの中で処分を免れていた。母親が肇と父親を写した日に、父親が撮ったものだった。


 ついでにと父親がカメラを取りレンズを向けた。私はいい、と手のひらで顔を隠した母親の足に肇が抱きつくと、しかたないといった様子でようやく顔をほころばせた。変な勘ぐりをされたくないとの考えもあっただろう。その笑顔を父親がカメラに収めた。


 肇を抱っこした父親と、一人笑みを浮かべる母親。その後を暗示したようなこの写真を互いに手元に置いていた。肇は母親を恨み続け、母親は家族を捨てたことを後悔した。3人が1枚に戻ることのないまま両親はこの世を去った。


 肇は写真を戻して図鑑を閉じた。表紙のイラストは青とグレーが混ざった色の、爬虫類に似たいかにも恐竜然としたティラノサウルス。しかし実際の皮膚の色は分かっていないし、最新の研究では羽毛が生えていた恐竜の存在が確実視されている。発掘調査によって歴史が塗り替えられるように恐竜も変化している。


 母親はぬくぬくと生きていたのではなかった。過去を悔い、過去を背負って生きていた。そして最後に俺に会いに来た。俺のことを忘れたわけではなかった。夢の中で言いたかったことを肇は理解した。


 子供の頃からずっと、自分のことを気にかけてくれる人など誰一人いないような、張り巡らされた人間の網から一人あぶれているような孤独を抱えて生きて来た。それが、すべてではないけれどいくらか癒えた。ただ重ねた歳が恨めしかった。

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