第68話 また一歩近づけた
四十万さんの家の事情は僕の想像を遥かに超える内容だった。
一度は逃げ出したくなる気持ちになってしまったけど、最後まで聞かないと後悔していた事はわかる。
僕と彼女はもう一度だけ病室を訪れて眠る横顔に挨拶をして帰路に着いた。
「んっ! ふぅ」
茜色に染まる空に向かって腕を伸ばして大きく息を吐いた彼女は僕を向く。
「ありがとね、十蔵くん」
「僕の方こそありがとう。言いずらい事を教えてくれて」
家庭の事情を話すのはやはり勇気が必要だと思う。それも身内がこんな状態になっているのなら尚更だ。
「胸のしこりがとれた感じだよ」
「それは良かったよ」
「触って確かめてみる?」
「な、なんでぇ!?」
「うぇへへ。いつも通りだね」
少しえっちな話題を投げかけてくる彼女は僕の知ってる四十万さんたった。
いつも通り。
もうすぐ日が沈む。
そろそろ帰る時間だ。
「ねぇ十蔵くん」
「ん?」
「あのね……お父さんが元気になったらね」
「うん」
少し躊躇うような仕草の彼女は夕陽のせいか顔が赤く見える。
「ちゃんと言うから」
ちゃんと言うから。
彼女が隠した言葉の意味を僕はなんとなく理解した。「だから十蔵くんも少し待ってて」そんな風に僕は考える。
「うん。僕もちゃんと言うから」
いつになるのかは分からないけど、きっと遠くない未来だと確信できる。
彼女と出会ってまだ一月とちょっとだ。
入学試験を含めるともう少し長いのかもしれないけど、僕の中の彼女は教室の横に座る姿から始まっている。
「ねぇ十蔵くん。手、つなご?」
「喜んで」
行きは僕から繋いだ手を今度は彼女が差し出した。
柔らかく繊細で、そして力強く握ってくる彼女の手は、もう震えていなかった。
――――――
ゴールデンウィークを振り返るととても濃い休みたった。
四十万さんとお出かけして、クラスメイトと遊んで、そして彼女の心の内側を少し覗かせてもらった。
彼女の為に僕ができる事はなんだろうと考えるけど、イマイチピンとこない。彼女が何を望んでいるのかは彼女自身にしかわからない。
それでも僕は彼女が笑えるように何かをしてあげたいと思う。
「よし、やるぞ〜!」
「ふふふっ。張り切ってるわね」
ゴールデンウィーク明けの登校日。
僕は早起きして母さんと並んでキッチンに立った。
欲求不満な四十万さん トン之助 @Tonnosuke
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