第65話 サクラのリセット【四十万八重】

 私という人物は自分でもわかるくらにひねくれていると思う。


 何か原因があったのか、どうしてこうなったのかを紐解いてみるけど結局答えはわからない。


 ――強いて言うなら自分だから。

 ――強いて言うなら抗ってみたいから。

 ――強いて言うなら自分の道を歩きたいから。


 敷かれたレールの上を歩くのは安全だろうけど、何の面白みもないのは知っている。


 だから私は桜が咲く頃に一歩道を踏み外してみたの。



 サクラ色の出会いを求めて。



 ――――――


【喫茶店 オーシャンレイン】


 アンティークやテーブルクロスに可愛らしい意匠が散りばめられた席に私は座っている。


 室内はとても静かでまるで開店前のお店にこっそり入ったみたい。

 実際お店は閉ざされていたのだけど、目の前の人のご好意で案内されて来た。


「ねぇ、もしかして二句森さんの所の息子さんでしょ?」

「は、はい! お、お世話になっておりますです!」


「うふふふっ。それはお互い様だよ。こちらこそ主人共々お世話になっております」


 隣の十蔵くんはカッチコチに緊張しながら手を膝の上に置いている。背もたれに背も預けずに座る姿はさながらいつかの面接の時のよう。


 うぇへへへ。

 きっと隠れた場所もカッチコチだね。


 といつも通りの想像を終えた私は目の前の人物に対していつも通りを貫く。


「初めまして。旦那様がいつもお世話になっております。妻の八重と申します」



「「えぇぇっ!!」」



 その驚きは隣からも聞こえてきた。


 なのでいつも通りに対応する事に。


「という未来予想が得意の彼のクラスメイトで、四十万八重と申します」


「「…………」」


 何故かシンクロして目をパチクリするふたりに少しだけ心の中がモヤッとした。


「な、なるほど。私はてっきり――いえ。そうね未来は誰にもわからないものね」


 とハンカチで額を拭う女性の仕草に少しだけ罪悪感が生まれた。


「改めまして、私はここのお店『オーシャンレイン』の主人の妻で小波って言います」


「あ、やっぱり小波さんだったんですね! お久しぶりです」

「大きくなったわね。じゅうちゃん」


「い、いえ。小波さんもお腹が大きくなってます」

「うふふ。もうすぐ産まれるからね」


 しれっと。

 しれっと十蔵くんが女の人の事を名前呼びしてるのに私の眉がピクリと動く。


「それで今日は八重さんとの愛瀬でここを訪れた、と?」

「あいせ? あいせって何ですか?」


 キョトンとした顔で相変わらず可愛い反応をする十蔵くんに私の溜飲は少し下がる。なのでそっと耳元で真実を教える。


「ベロチューする事だよ十蔵くん」

「べ、ベロ!?」


 ガタンと横に動く椅子が彼の心の声なんだと思うとホントに楽しい。


 あぁ、早く食べたいなぁといつも思わせてくれる。


「あらあら、二人は仲が良いのね」


 ニコニコと優しい笑みで見つめられたら私もなんで怒っていたから分からなくなった。


「そうなんです。私と十蔵くんは仲良しなんです。この間だって公園デートをして」

「うふふふふっ。もっと聞かせてくれる?」


 ティーカップから漂う甘い紅茶の香りにつられていつもより口が回る。


 いつもはあまり自分の事を話さないけれど、昔から十蔵くんを知っている目の前の小波さんには私の口も軽くなる。


 映画館デート、公園デート、学校での十蔵くんの事、今日の香りは彼から貰ったヘアオイルを使っている事。


 話している内に隣の十蔵くんの顔は茹で上がったタコさんのように真っ赤になり「そ、そんな事言わないでぇ」と半分泣きながらストップをかける。


 しかしそこは大人の小波さん。

 商店街での十蔵くんの事や店番をしている時はキリッとしている事、ご婦人方からは肉屋のじゅうちゃんと親しまれている事など、私が知らない十蔵くんの事を色々教えてくれた。


「ぼ、僕お花摘みに行ってきますぅぅぅ!」


 と、居ても立ってもいられなくなった十蔵くんが席を外した。


 そんなタイミングで。


「八重ちゃんは十蔵くんの事大好きでしよ?」


 と、ストレートに言われた。


「はい、大好きです。食べちゃいたいくらい大好きです」


 と、私は迷わず即答する。


「でも、何かストッパーがあるように見えるんだけどね」

「小波さん、鋭いですね」


 十蔵くんも薄々感じているであろう事を小波さんは指摘する。彼が居ない今なら少しだけ愚痴を言ってもいいのかもしれない。


「私、すごくすごーく心が狭いんです」


 無言で頷きながら続きを促してくれる。


「十蔵くんと初めて会ったのは入学試験の時で、私がお弁当を忘れて落ち込んでた時に二つ持ってきたからってお弁当をくれたんですよ」


 今思えばなんで二つも持っているのか分からなかったけれど、肉屋の両親に心配されていたのかもしれない。


「元々、女子校でエスカレーター式に行けば良かったんですけど、色々あって反抗して……共学なんて初めてだし入学試験には遅刻するしで頭の中が真っ白になって」


「うん」


「雪の降る日で凄く寒くて、まるで私の心の中みたいだなって思ってたんですけど。十蔵くんに貰ったお弁当が暖かくて美味しくて、見ず知らずの私に施してくれた彼の優しが、すごくすごく……私の心に響いたんです」


「十蔵くんは優しいからね」


 きっと彼はずっとあんな感じだよと小波さんは優しく笑う。


「でも実はそれだけではなくて……」


 まだ彼も知らないであろう事を私は小波さんに告げた。





「――そう、そうだったのね。それでじゅうちゃんは?」

「知らない、と思います。きっと知ったら落ち込んでしまうから」


 いつしか私の目線はテーブルを見ていた。


 真実を告げるのが怖い。

 十蔵くんにはいつも笑っていて欲しい。

 十蔵くんの気持ちに応えたい……でもそうしたから話さなければいけない。


「――八重ちゃん」


 震える私の手にそっと温もりが伝播する。



「恋って難しいよね」

「はい」


「恋って悲しいよね」

「はい」


「恋って苦しいよね」

「……はい」


「恋って痛いよね」

「…………はい」


「恋の先に何があるか知ってる?」

「恋の……先?」


 俯く私はその言葉で目の前の人の顔をようやく見る事ができた気がした。



「恋の先にはね、ほら触って?」

「…………」


 私の手が小波さんのお腹に触れる。



「わかる?」

「……はい。うごいて、ます」




 私は今日、かけがえのないものを教えて貰えた。



「私、十蔵くんに話してみますっ!」



 力強く言葉にした私に小波さんの慈愛に満ちた瞳が重なる。




【喫茶店オーシャンレイン】

 涙はやがて海になる


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