第63話 電話の向こうの彼女は三日月のように笑っているだろうか

 男子会で色々と勇気を貰ったその日の夜。

 明日のお店の手伝いを済ませ、夕食を済ませ、お風呂を済ませ、全てを済ませた僕は深呼吸を大きくする。


「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」


 僕しかいない自分の部屋だけど、少しだけ周りをキョロキョロしながら震える手先に力を込める。


「よ、よし! 送るぞ」


 見つめる先は自分のスマホ。

 そこに映し出されているのは四十万八重さんのアイコン。当道くんの話を聞いた後だからだろうか、アイコンに映し出されている着物姿の四十万さんが妙に物悲しく見えるのは。


「でも、綺麗なんだよね」


 彼女と出会ってから独り言が多くなったと自覚している。母さん曰く寝言も多くなったらしいので女の子の力って凄いと思う。


「えっと――こんばん、二句森です。明日もし予定が決まって無かったら……」


 そこから十数分。

 う〜ん、と唸る僕は彼女に何も送れないでいた。

 いつもはなんて送ってたんだっけ?

 どういう感じで話してたんだっけ?


 意識すると益々文字が打てなくなる。

 まるで縁日の金魚すくいのように僕のポイから文字が逃げていく。


「長い文章より短い方がいいかな」


 なんとか文字を掬い上げて僕は送信ボタンに指を触れる。



『こんばんは二句森です。今、おひまですか?』



 短すぎた気もするし、僕からのメッセージなんて宛名を見れば分かるのにそんな事を書いてしまった。


 心臓の鼓動が妙に早く感じるのは緊張しているからだろうか。一秒が永遠とも瞬間とも思える感覚の中、不意に手の中のスマホが元気よく跳ねた。


 ピロリロリロンッ♪


「あ、あわわわっ!」


 ビックリした拍子に僕の指は緑のボタンに触れたらしく上部の穴から恋焦がれている女の子の声が聞こえてきた。


「――もしも〜し? あれ? 聞こえてる? じゅーぞーくーん?」


「は、はい! もひもひ二句森ですっ!」


 突然の声にいつかみたいな反応を返してしまう。


「うぇへへ。もひもひ四十万です。珍しいね十蔵くんから電話したいなんて」


 あれ?

 僕、電話したいって書いたっけ?

 そんな思考が頭をよぎるけど彼女はツラツラと語り出す。


「こんばんは。昨日の今日で私の声が聞きたくなったのかな? 十蔵くんはやっぱりえっちだね、うぇへへ」

「そ、それは……」


 四十万さんの声を聞きたくなったのは事実だけど、そんな気持ちじゃ……とは今の僕には言えなかった。

 彼女に想いを伝えるって事はつまりそういう事もゆくゆくは含まれているわけで。


「ねぇ十蔵くん。今日はどんな事したの?」

「きょ、今日?」


「うん、私が居ない間は十蔵くんどんな風に過ごしたかなぁって思ってさ」


 僕の勘違いじゃなければやはり四十万さんは少なからず僕の事を気にかけてくれてる。それがとても嬉しくて夜なのに声が弾むのがわかる。


「今日はねクラスの皆と、って言っても男の子達で集まってボウリングやカラオケ、ゲームセンターで遊んだんだ。僕、男子会っていうの初めてだったんだけど凄く楽しかったんだ」

「男子達で集まったの? むむむ。変な事されなかった?」


 え?

 う、う〜ん。

 変な事っていうかほとんど僕の恋愛相談だったけど、変な事じゃないよね。


「変な事はされてないよ? 寧ろ良い事をされたというか」

「誰にナニをされたのか詳しく聞かせて。場合によっては夜道に注意するように言っとくから」


 なんだか四十万さんから黒いオーラが発せられてる気がする。


「だ、大丈夫だよ。みんな楽しく仲良くしてたから」

「ホント〜?」

「ほ、ほんとほんと!」

「じゃあ信じるね」


 学校の時の彼女と違って電話口の彼女は饒舌だと思う。普段は少し小声で話す声も今は心なしか大きく聞こえる。


「四十万さんは今日どんな事したの?」

「私の事が気になるの?」


 彼女の言い回しはどんな事でも扇情的に感じてしまう。


「ま、まぁね。気になると言えば気になるかな」

「そんなに私のスリーサイズが気になるんだ」


 え?

 スリーサイズ?


「ちなみに上から八十――」

「あわわわわっ! ち、違うから! スリーサイズじゃなくて今日の出来事だからっ!」


「なるほどね。スリーサイズは実際に見て確かめたいっ、と。やっぱり十蔵くんえっちだね」

「もうっ!」


 こんなやり取りを窓から月が見えるまで繰り返していた。


 ちなみに四十万さんが居ない間にクラスの女の子達が家に来たらしい。「私抜きで盛り上がってたんだって。ずるいよねぇ」と彼女は言っていた。そしてポロッと確信に迫る事を口にした。


「姉さんがはしゃいじゃってさ。変な事言ってなければいいけど」

「……四十万さんってお姉さん居たんだ?」


 なんとか平静を装い聞き返せた僕に彼女はあっけらかんと言葉にする。


「あれ? そういえば言ってなかったっけ?」

「う、うん。初めて聞いたと思う」


「そっかぁ。十蔵くんの初めてかぁ」

「……それはまぁそうかもしれないけど」


 これからは彼女の事をもっと知るための努力をしなくちゃいけないんだ。


「今度紹介してあげるね」

「うぇ!?」


 突然の事に驚いてしまう。


「い、いいの?」

「うん。比較的まともの姉を紹介するよ」


 ん?

 比較的まともってどういう意味だろう。


「後、妹も十蔵くんに会いたがってるから遊んであげてね」

「え!? 妹さんも居るの?」


「これも初めて言ったかな?」

「う、うん」


 衝撃がいっぱいだ。

 四十万さんって姉妹が多いんだ。


「まぁ先の事は置いといて。私に何か用があって声が聞きたかったんでしょ?」

「……うん」


 今日の電話の目的はきちんと言わなくちゃ。


「あのね四十万さん」

「ん」



 すぅー、はぁー、すぅー、はぁー



「あ、明日。僕と一緒にお出かけしませんかっ!」



 言えた!

 言えたぞ!


 昨日も公園にお出かけしたけど、もう一度彼女とゆっくりお話がしたかった。


「うぇへへっ。愛の告白されるかと思っちゃった」

「えっ?」


「いいよ、十蔵くんとなら」


 それはどっちのいいなんですか四十万さん。



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