第62話 「それでも」と僕は言う

 四十万しじまさんに婚約者がいる。


 その言葉に、集まったクラスメイトは呆気に取られていた。


「そんな事って」

「いやいやいや高校生だぜ?」

「だよなぁ、いくらなんでも」

「漫画やラノベでしか聞いた事ないって」


 信じる者、半信半疑な者、嘘だろうと言う者。三々五々の思いが飛び交う中、僕の心は妙に落ち着いていた。


 驚かなかったかと言えば嘘になるし、ショックだったかと言えばショックだ。けれど自然と今までの彼女の事を思い返せば納得する部分の方が大きかったと思う。


当道とうどう、詳しく聞いていいか?」


 少しだけ強い口調で声を出したのは僕の隣に座る矛先ほこさきくん。なんとなく怒っているように見えるのはきっと薄暗い室内のせい。


「わかった。ただし”もしかして”っていう程度で聞いてくれると助かる」


 不確定要素を話すから真実はわからないという事だ。



「僕には姉が居るんだけど――」



 当道くんの話は分かりやすく的を射ているような内容だった。


 お姉さんの学生時代の同級生に四十万しじま一羽いちわさんという人がいた。隣町の女学校に通っていた彼女は、はたから見ても完璧な人物だったという。


 眉目秀麗、品行方正……彼女を表す言葉は山のようにあり他校の生徒もわざわざ見に来る程だった。


 そんな彼女が大学生になると親から婚約者だという人を紹介されたらしい。その時の彼女は今まで見た事が無い程、感情をあらわにし烈火の如く親に反発したのだそうだ。


 当道くんのお姉さん曰く、「あんな一羽を見たのは後にも先にも最後だった」という。それから一羽さんは家庭事情をポツリポツリと話し始めたという。


 四十万家は女系家族だから母は跡取りが欲しいだけだ。

 妹達にまで婚約者をあてがおうとしている。

 親は恋愛結婚だったくせになぜ私達に押し付けるのか。


 彼女なりに思う所があったのか大学を卒業すると一羽さんは家を飛び出したのだそうだ。




「――そういう事情があってさ。白百合しらゆり町の四十万家って知ってる人には有名なんだよね」


 当道くんの話を僕達は黙って聞いていた。


「四十万さんってお姉さん居たんだ」

「俺はてっきり一人っ子かと思ってたぜ」

「俺も俺も」


 今の話を聞いていると四十万家というのが厳格な雰囲気なのが伝わってくる。


 親が決めた相手。

 親が決めた学校。

 親が決めた関係。


 憶測だけで決めたらいけないけど、四十万さんの振る舞いに思う所が多々ある。


 アレはいつだったか……学校探検をしていた時に見かけた先輩達の告白現場の場面。

 一方的な好意を告げる男子の先輩を見ている時の彼女の顔は無感情だったと思う。

 それはやはり誰かに強制されるというのが許せない彼女の心理だったのかもしれない。


「そんな訳で、今も四十万家の人が婚約者を娘に紹介してるって事なら昨日の告白に待ったを掛けるのもわかる気がするんだ」


「……そう、かもな」

「いい所のお嬢様だったんだな」

「それは、なんつーか」


 まるでこのカラオケルームのように薄暗い雰囲気になりかけている。それを肌で感じ取った僕は思った事を口にしていた。



「四十万さんに婚約者がいるのかもしれないけど……」


 だけど。


「僕が彼女を嫌いになる理由にはならないよ」


 それでも。


「僕が彼女を好きな事に変わりは無いから」


 だからこそ。


「僕は彼女にちゃんと好きって言わなくちゃいけないんだ」


 今までで一番ハッキリ言葉に出来たと思う。

 周りに後押ししてくれる人が居るから。

 真実を語ってくれた人が居るから。

 悩みを聞いてくれる人が居るから。

 きっとそのどれもだと思う。


 バシンッ


「あいてっ」


 突然背中を叩かれた。

 僕は叩いた本人を見て苦笑いをした。


「へっ。そういうのは本人の前で言ってやれや」


 いつもより矛先くんの顔が穏やかに見えた。


「へへっ。男だなにっきゅんは」

「俺も負けてられねぇぜ!」

「ちなみに俺は一組の――」


 何が良かったのかわからないけど、さっきまでの雰囲気は霧散して僕達はいつしか笑っていた。


「じゃあ変な事を言った僕が責任を取って、童話を歌います!」


 いつしか当道くんがお立ち台の上でマイクを握っていた。


「いいぞ〜当道!」

「俺も混ぜろ!」

「次は俺だぁ!」


 こうして僕達の男子会は賑やかに幕を閉じたのだった。


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