第61話 片道切符じゃダメなんだ

 ゴールデンウィークを利用してクラスの親睦を深める為にと集まった男子会。


 僕達は体力がある内にボウリングをしていたのだけど、それが終わり今は薄暗い部屋の中にいる。


「いいかい? にっきゅん」

「う、うん」


 薄暗い部屋の中で僕の隣の席に座る語部かたりべ路草みちくさくんが語り出す。


「にっきゅんは四十万しじまさんの事が好きだよね?」

「え、あう……は、はい」


 今更隠しても隠せないし、ボウリング場で四十万さんに告白しようとして待ったを掛けられたと話してしまった。それを聞いたクラスメイトはボウリングもそこそこに、この薄暗い部屋へと雪崩込んだのだ。


「今のにっきゅんはいわば恋の片道切符なんだよ」

「片道切符?」


 頭にはてなマークが浮かぶのは僕だけじゃないようだ。十数人で入った薄暗い部屋……というかカラオケボックスに居るほとんどの人が続きを促すように語部くんに目を向ける。


「僕の尊敬する叔母がこんな事を言いました」


 皆に聞かせるようにマイクをONにして立ち上がる語部くん。そしてお立ち台の上にいきこう切り出した。



「恋は一方通行、愛は相互通行、結婚は合流地点」



「おぉ」

「なんか深そうな事言い出したぞ」

「詳しく!」


 語部くんの語りに場が盛り上がりさらに促す。


「要は、恋を自覚したら自分の好意を相手に伝えるのを優先に考えてしまう。これは悪いことではないし寧ろそれが当然だ」


 頷く僕達に満足して次に進む。


「自分の好きだけじゃ一方通行だよね? だから相手からの印象を受け取らなきゃいけない。その為には自分の事を知ってもらうと同時に相手の事を知る努力をするんだ」


 それが愛だと。

 会場から納得の声が上がる。


「それで結婚なんだけど。好きな人とはいえ赤の他人と生活していくんだ。良い面も悪い面も見えてくるし譲れない場面もあるだろう。そこでお互いの妥協点を探して歩幅を合わせていかなければいけないんだよ」


 それで合流地点という表し方なのか。

 語部くんの叔母さんは上手いことを言うんだなぁ。

 僕達はステージの上の語部くんに後光が差しているように見えた。


「――と、去年離婚した叔母が言ってたました」


 ありゃ。

 最後の最後でそんなオチがあるとは。


「『私とあの人はずっと平行線だったのかもね』と家に来てお酒を飲みながら愚痴を言うまでがワンセット」


 僕たちは顔も知らない語部くんの叔母さんに少し同情していた。



「とは言え今更、四十万さんの気持ちを確かめるっつてもなぁ?」

「だよなぁ?」

「一点しか見えてないもんな」

「その他は眼中に無いっていうかさ」


 語部くんの話を聞いた面々は話の方向性を四十万さんの気持ちへと切り替える。


「にっきゅんはどうよ? そこら辺気付いてる感じ?」

「……」


 僕は昔から他人の視線ばかり気にしてきた。

 親の機嫌、先生の機嫌、友達の機嫌。

 それは自分が臆病だからだと思ってしまう時がある。他人の顔色を伺って波風立てずに過ごすのが最善だと。


 けれど彼女はそうじゃなかった。

 嫌な事は嫌、好きな事は好き。

 苦手な事は苦手、得意な事は得意。

 自分に嘘をつく事なく、ハッキリものを言う姿に憧れに近い感情を抱いていたのは確か。


 そして彼女が僕に寄ってくれているのはもちろん気付いている。だからこそ昨日思い切って告白しようとしたのだから。


「うん」


 絞りますような声、けれどもハッキリとイエスと答えた僕に周りの皆は大きく頷く。


「でも不思議だよなぁ、ならなんで昨日の告白を止めたりすんだ?」

「だよなぁ」


 いつしか「なぜ彼女は保留にしたのか」に話題が変わっていった。


「まだ出逢って日が浅いから?」

「それは関係ないと思うけど」

「一目惚れって言葉もあるし」


 日数の問題は僕も違うような気がする。


「他に男がってそりゃ無いか」

「当たり前だろ。連絡先知ってんのにっきゅんだけだぞ?」

「てゆーか、女子も知らねぇらしいぞ?」

「マジ?」


 連絡先はそうなのかな?

 いやでも、浅日あさひさんとか鮫島さめじまさんとか知ってそうな気がするけど。

 これは皆の気のせいかな。


 そんな事をコップに入った氷が溶けるまで考えていた僕達に掠れるような声が上がる。


「……あのさ」


 声の主を見ると凄く居ずらそうな顔で手を挙げていた。


「どした当道とうどう


 当道正論とうどうせいろくん。

 あまり話した事は無いけれど彼がこの集まりに来てくれたのは嬉しかった。

 普段は無口な彼だけど、授業中に先生が間違った事を言ったら正論で返す姿は凛々しく見えた。そんな彼ともお近付きになれたらと思う。


「あのさ……えっと」


 彼のモジモジした表情を見るともしかしたら楽しく無かったのかな、と考えてしまう。皆が楽しくと集まったハズなのに気付けば僕自身の事ばかり語っていから。


 けれど彼から出てきた言葉は違う意味を持っていた。



「四十万さんに婚約者がいるって聞いた事あるんだけど……もしかしてソレが原因じゃないかな」



 その正論は僕の胸に真っ直ぐ突き刺さる。


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