第60話 四十万家乱舞③【浅日詩書】

 ペンネーム ここなちゃんからのお便り


『やえおねえちゃんがよくはなす、じゅーぞーくんはいないの?』



 少し開けた襖からししおどしの小気味いい音。夏の前の過ごしやすい風に乗って畳から漂うい草の香りがほんのりと清々しい。


 そんな空間の中、座敷わらしのような可愛らしい姿の女の子が純粋な瞳を向けてくる。十代半ばの私達は一蓮托生の思いで彼の名前を出さないようにしていた。

 だってそれは親御さんからしたらあまりいい気持ちになれないと思ったから。愛娘に男の影があると知ったらどう思うのだろう。


『娘に男だと! まだ早い!』

『どんな奴なんだ! 俺が引導を渡す!』


 などと物語の中ではそんな話をよく聞く。


 しかし待てよ。

 八重やえちゃんと遊園地に行った時、お父さんにお小遣いをねだって泣かれ、お母さんは応援してくれたと言ってなかったっけ?

 なら、話しても大丈夫かな?

 そもそもママさんから振った恋バナなんだからいいよね?


 私達は覚悟を決めたアイコンタクトで口を開こうとすると。


十蔵じゅうぞうくんは――」

「十蔵さんとはどういう殿方なのですか?」


 私の言葉に被せるように扇子をパチンッと鳴らして先手を取られた。その仕草は大人の対話術のような雰囲気があり百戦錬磨の凄みさえ感じる。


 場を支配する沈黙。

 さっきまでの和やかな雰囲気とは裏腹にママさんはその名前の人物を品定めするように聞いてきた。

 圧倒されながら何も言えない私達は冷や汗とともにただ時間が解決してくれる事を祈るばかり。


 しかしこの場所には重たい空気を壊す存在がいる事を私達は忘れていた。




「じゅーぞーくんはねっ、やえおねいちゃんのすきなひとだよっ!」




 あぁ幼女神よ!

 なんと有難く、なんと後に引けない回答をするのだろう。


 ママさんの袖をクイッと引きながら「ねぇ聞いてる?」というような瞳をする幼女にママさんが優しく頭を撫でる。



「……あの子の好きな人ですか」



 何か含んだ言い方をするママさんに私達は何も言えない。そんな時に八重ちゃんのお姉さんである五織いおりさんが口を開く。


「あの子が自分で見つけたんならいいんじゃない?」

「……そうね」


「だいたいお母さんがお見合い相手ばかり紹介するから八重がグレたんじゃない」

「反省してるわ」


 あっれぇぇぇ!?

 これなんなの?

 なんの話が始まったの?

 八重ちゃんにお見合い相手?

 八重ちゃんがグレた?


 知らない話が多すぎて頭が混乱してきた。


「良かれと思ってやった事だったけど、あの子の負担になってたのよね」

「そうだよ! 一羽いちわねぇも双葉ふたばねぇもそれが嫌で家を出てったんじゃん」

「そうね……そうだったわね」


 五織さんはママさんにここぞとばかりに言いたいことを言っている。私達はいたたまれなくなり無言でそれを見つめるしか無かった。



「ママをいじめちゃ、だめーっ!」



 二人の間に割って入ったのはまたしても幼女神。これには五織さんも何も出来なくなり「ごめんなさい、言い過ぎた」と反省の色を出す。


「おほほっ。お見苦しい所をごめんなさいね」


 九菜ちゃんを膝に抱えながらママさんは私達に頭を下げる。


「い、いえ」と言ったものの考える事が多すぎて何を話せばいいかわからない。話題転換のつもりだったのだろう、黒神くろかみシスターズからこんな言葉が飛んできた。


「あの、五織さん達って何人きょうだいなんですか?」

「さっきの話を聞くとお姉さんが居るみたいな感じだったんですけど」


 落ち着いた五織さんはなんでもないように答えたのだ。


「九姉妹で全員女よ。九菜が一番末っ子なんだよねぇ」


 それを聞いた私達は全員が九菜ちゃん……ではなく幼女を抱くママさんを見る。そんなママさんは頬を染めて俯き加減で小声になった。



「頑張りました……うぇへ」



 私達の顔が熱を持ったのは言うまでもない。




 余談だけど

 四十万家からの帰り道に誰かが言ったふとした言葉でさらに私達は盛り上がった。


「にっきゅんが四十万家の婿に入ればナンバーズの完成だね」


 ――八重ちゃん九菜ちゃん十蔵くん


「「「「「天才かっ!!」」」」」



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