第59話 四十万家乱舞②【浅日詩書】

【前回までのあらすじ】

ゴールデンウィーク2日目。

四十万家へと訪問した女子一行は家の佇まいに圧倒される。

八重の母と姉は娘の学校での様子を知りたい模様。その問に浅日詩書はどう答えたものかと悩んでいると。




 ――――――





 拝啓 風のあなたへ


 嵐のようにあなたはあらわれた

 私のする事などお構い無しに全てを壊して行った

 そんなあなたの事は苦手だった

 私の心の灯を今にも消しそうだったから



 一時の無風にあなたは変わった

 私のする事を黙って見つめ、時にはアドバイスをしてくれた

 そんなあなたの事を少し知りたいと思った

 私の心の灯は揺らぐ事が無くなった



 後ろから私を押す風にあなたは変わった

 私のする事を応援し陰ながら支えてくれた

 そんなあなたの事をもっと知りたいと思った

 私の心の灯は勢いを増すばかり



 頬を撫でる風にあなたはなった

 一緒に何かをする事が増えて笑顔も増した

 そんなあなたの妻に私は成りたいと強く思う

 この心の灯は――恋心というのだろう



 どうか私を風の向こうへいざなってください



 敬具



「これが私の初恋かしらね。おほほほっ」





 ――あれ? おかしいな。

 私達は何を見せられているのかしら?


 確か、八重ちゃんの印象を聞かれて答えたはず。


 ママさんもお姉さんも表面的な答えを聞いているとは思えなかったので私は素直にこう答えた――『八重ちゃんは不器用です』と。



「あの頃は些細な事でも楽しかったわねぇ」



 八重ちゃんママ聖花せいかさんは頬に手を当てうっとりと昔を懐かしむ仕草をする。なぜこのような恋文を見せられているのかと言うと。私が八重ちゃんを不器用だと形容したのを聞いて「やっぱり私の子ね」とどこか自慢げに笑っていた。

 それを姉の五織いおりさんが「昔の恋文見せてあげたら?」と言い出したのだ。


「昔は今みたいに簡単に連絡なんて取れなかったからこうして紙に想いをしたためる毎日だったの」


 確かに現代は便利に溢れていると思う。

 昔流行った商品の動画紹介とか見ても私じゃピンとこないけど両親は懐かしかったらしく、ふたりで楽しそうに画面に釘付けだったから。


「あの子の不器用さは本当に凄いんだよね。皆に迷惑掛けてない?」


 五織さんは何かを心配するように私達を見渡す。と、言われても特に迷惑は無いような。


「あの子機械音痴だから連絡取るの大変でしょう?」


 ん?

 機械音痴とな?


 その話にママさんも加わって語り出す。


「中学に上がる時に携帯を持たせたのですけど、それがまぁ凄くてね」

「あったわねぇ。何か変な所からメールが来るって言って見たら何百件と広告メールが」


 そんな話は初耳だった。

 そもそも八重ちゃんが機械音痴だなんて一度も……あ、待てよ。


「それをからかったら怒って「もう携帯いらないっ」って言ってね」

「そうねぇ。だけど高校に入ってすぐ「また欲しいって」おねだりされたわね」


 娘のお願いが嬉しい様子でママさんはクスクスと笑顔が絶えない。


「私にアイコンの設定の仕方や写真の撮り方とか色々聞いてきたのよね。あの子があんなに真剣に取り組むものだからからかいづらくて」


 おちゃめなお姉さんだけどしっかり八重ちゃんの事を考えてくれてるのだとわかる。だからこそどう答えたものか。


「だからあの子からの連絡とか大丈夫かなって心配したのだけど」


 私達は横一列のアイコンタクトを済ませると作り笑いを浮かべて嘘をつく。


「大丈夫ですよ! 八重ちゃんと楽しく話とかしてますし、今日はたまたま行き違いになっただけで」


 ナイスなサメちゃんが若干気まづそうだけど私達は一蓮托生。


「そうですそうです! この前なんて一緒に遊園地に行ってですね」


 決して八重ちゃんの連絡先を知ってるのがクラスで一人だけ……それも男の子なんて知られちゃいけない!

 隠し通すのよ浅日詩書!


「まぁまぁ、それはそれは」


 ママさんもお姉さんも嬉しそうに話を聞いてくれた。私達はなるべくにっきゅんの話題を避けつつ楽しげに場を進めていると。


「「……わっ!」」


 突然、黒神シスターズが驚いた声を出した。そして黒神シスターズが驚いた原因、その視線の先を辿ると。


「わっ」

「まぁ」

「おぉ」

「これは」


 襖から少し隙間を開けて覗いている女の子がいた。背丈は小学校低学年ぐらいの女の子。後ろを向いたママさんとお姉さんが手招きをすると襖を開けてぴょこぴょことやってきた。



「「「「か、かわいい」」」」



 おカッパ頭の女の子はママさんと同じ和服を着ている。ママさんの腰に隠れるように座ると袖を掴んでキュッとした顔でモジモジしている。まるでちっちゃい八重ちゃんのよう。


「お客様にご挨拶を」


 ママさんに促されてほんの少しだけ顔を出すとぎこちなく頭を下げる。


四十万九菜しじまここなです。ななつです」


 その仕草はお姉ちゃん達の母性をくすぐるのよ。私含めてクラスメイトはほんわりした空気を身に受けると各々九菜ちゃんに挨拶する。


「こんにちは九菜ちゃん、私達は八重ちゃんのお友達で……」

「やえおねいちゃんのっ!」


 八重ちゃんの話題を出したら食いついてくれた。それでもママさんの袖を離さないところが可愛い。


 私達が八重ちゃんの友達とわかり少しだけ安心した様子の九菜ちゃんはぐるっと見渡して口にする。



「じゅーぞーくんはいないの?」



 幼女には勝てそうにないです。


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