第52話 フレームには収まらない気持ち

 青い芝生の上にレジャーシートを広げ、穏やかな陽気に包まれながら特徴的なあの子の声を聞く。


十蔵じゅうぞうくん、気持ちいいね」

「うん、気持ちいいね四十万しじまさん」


 目の前にはさっきまで浮かんでいた湖があり、周りには家族連れや友達同士で訪れている人がいる。そんな緩やかな時間の流れがどこか心地よく僕達をリラックスさせていた。


「こういう時間最近は無かったから新鮮だね」

「うん。あの学校は話題に事欠かないからね」


 彼女が言う通り月詠つくよみ学園は日常が常にお祭りみたいな騒がしさだと思う。浅日あさひさんに聞いたのだけど他校からは「パンドラの月詠」と呼ばれているみたいだ。それが良い意味なのか悪い意味なのかは謎だけど。


「いい場所でしょ?」

「うん、近くても知らない場所だったよ」


 駄菓子屋は僕が紹介して、この場所は四十万さんが紹介してくれた。

 なるべくお金を使わないをコンセプトにしたデートで少し不安だったけどリラックスするという意味では大正解な気がしてきた。


「玉の汗をかくいい運動もしたし、お昼にしよっか」

「そ、そうだね」


 彼女は普通の事を言ってるハズなのにどうしてこんなにも扇情的に聞こえてしまうのだろう。


 彼女が持って来たバスケットを開けると芝生の青い匂いと共に小麦と燻製肉の香りが辺りを包む。


「うわぁっ! サンドウィッチだ!」

「うぇへっ。今日の朝お母さんと一緒に作ったんだ」


 いつもは自信満々に宣言する彼女だけどこの時の言葉は少し照れが見え隠れしていた。黒髪の魔女さんは料理においてはまだ見習いさん。僕と一緒に料理部で研鑽を詰んでいく事になっている。


「僕も家からメンチカツを持って来たんだ。少しだけ手伝ったけど」


 彼女に対抗して出た言葉だけど彼女はニッコリと笑いサンドウィッチを渡してくれた。


「うぇへへ。このメンチカツをサンドウィッチに挟んだら間接的に十蔵くんとの初めての共同作業だね」

「か、かもしれないけど言い方が怪しいよ」


 彼女からサンドウィッチを受け取って、僕は彼女にメンチカツを渡す。


「オレンジジュースとお茶どっちがいい?」

「僕はオレンジジュースで」

「ん。じゃあ私はお茶で」


 持って来た水筒に彼女はお茶とオレンジジュースを注いで僕に手渡す。


「ありがと」

「ん。食べよ?」

「うん」


 少し厚めのパンを口の中に頬張ると仄かにバターの風味がした。シャキッとしたレタスとトマトの歯応えを超えると燻製肉の弾力が押し寄せる。バーベキューソースがいいアクセントになってもっと欲しくなる美味しさだ。


「おいしっ!」

「んっ!」


 丁寧に作られたサンドウィッチを食べる僕を弓なりの目で見つめる彼女。


「ぼ、僕の顔に何かついてるかな?」

「付いてたら舐めとってあげたんだけどね」


 それはとても魅力的だけどちょっと怖いです。


「外だからかなぁ。いつもの教室で見る十蔵くんもいいけど、何かこう上手く言えないけど……いいね」

「そ、そうかな?」


 四十万さんも今の状況を良く思ってくれているのが嬉しくて僕も改めて彼女を見る。


 帽子を取った彼女の髪は風に揺れる。白いワンピースの膝の上にナプキンを敷いて汚さないようにしている。膝を折り曲げている爪先に目をやると薄いライトグリーンが輝いていた。


「四十万さんってオシャレだね」

「下着の話?」

「違うっ違うっ!」


 真面目な話をしていたのにこういう所は変わらない。


「メンチカツって冷めても美味しいんだね」

「出来たてはもっと美味しいよ」


「うぇへへっ。十蔵くんの味がする」

「それには同意しかねるけどさ」


 サンドウィッチとメンチカツ、たまにオレンジジュースの組み合わせ。これはハマりそうだ。


「そうだ四十万さん。デザートにプリンもあるよ」

「おぉ! 天才だよ十蔵くん!」


 サンドウィッチを食べ終わった後、保冷バックに入れておいたプリンを取り出す。

 1ヶ月彼女とお昼を共にして分かったことだけど四十万さんと僕の味の好みは少し似ている。彼女が勧めてくれた和菓子や食べ物はどれも僕の口に合っていたから。




「――ねぇ十蔵くん」

「んふ?」


 プリンを食べている最中に彼女はふと何かを呟く。


「世の中にはさ『美味し過ぎるぅ』とか『凄過ぎるぅ』って言う感性の持ち主がいるじゃない?」

「ごくっ……えっと。テレビとかで良く見かけるね」


 彼女が誰かの真似をしたのかは分からないけどモノマネが面白くて微笑ましかった。


「でもさ、過ぎるのは良くないよね」

「というと?」


「美味しいも凄いも、自分の中で留めておかないといけないと思うんだよね」

「留めておく、かぁ」


 過ぎてしまえば忘れてしまう。

 通り過ぎた電車、通り過ぎていく時間、通り過ぎていく日々。通り過ぎていく彼女との毎日。

 彼女の言葉に僕も少し考えしまう。


「だからさ、もし過ぎてもいいようにちゃんとセーブポイントを残しておこうと思ってね」

「うん?」


 彼女はプリンをコトリと置くと僕の隣へと体を寄せて腕を絡ませてきた。




「し、しししししししじましゃんっ!?」


「はい、チーズ」




 彼女は片手で鞄の中から桜色のカメラを取り出すと密着した状態でシャッターを切る。


「し、四十万さん!?」

「うぇへへっ。いい写真が撮れちゃった」


 あの状態からあの速度であの精度の写真を撮れるなんて……四十万さん、貴女は何者なんですか?


「現像したら持っていくからね」

「も、もう一枚撮ろうよ! 僕、めちゃくちゃ変な顔してるじゃん」


「えぇ、いい顔じゃない。素が出てるっていうかさぁ」

「間抜けな顔じゃんかぁ!」


 それに比べて彼女はなんていい笑顔なんだろう。


「なるほどね。もう一枚撮ろうと言いつつ私と密着したかったんだ」

「そ、そそそそんなんじゃ」


「うぇへへへへへっ。十蔵くんはえっちだね」

「なんでぇ」



 春風にあてられて近くの木でウグイスが鳴いていた。



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