第50話 駄菓子、貸し
「
白いワンピースと白い帽子を身にまとった彼女はいつもと変わらない笑顔で僕に声をかける。
あの光景を見てしまった後、勢い余って思いを伝えようとしたけど勘のいい彼女に止められた。
「お、おはようございます
「うぇへ。なんで敬語なの」
いつも通り笑い、いつも通りからかい、いつも通りおどけて、いつもより大人びた彼女。
「四十万さんのワンピース姿初めて見たから、なんかその」
「うん」
色んな感情が混ざって上手く言葉にできないけど彼女の姿に見蕩れてしまうのは確かなのだ。
「凄くいいですっ」
対する彼女の反応は持っていたバスケットを体の前に持ち直してはにかんだ笑顔を見せる。
「オシャレした甲斐があったよ。十蔵くんもきまってるね」
「あ、ありがとうございます?」
事前にとある人に頼んでコーディネイトしてもらった意味は確かにあった。「春らしい格好を」とのオーダーを僕の持っている服で叶えてくれた頼もしい存在。僕だけでは無理だったいつもと違う服装。
ありがとう
「じゃあ行こっか」
「うん。あっ、荷物僕が持つよ」
彼女が持っているバスケットに目をやりながら聞くと「片手で持ってね」と渡してくれた。つまりその意味するところはひとつな訳で。
「十蔵くんの右手は私のモノだから」
あんな事を目にしたばかりなのに彼女から目が離せなくなっている僕はよっぽど重症なんだと思う。
僕の右手が彼女の左手と挨拶をして互いの熱を交換し合う。春の日差しより少し熱い体温になる頃、今回のデートスポットに到着した。
「ここが噂の」
「うわさって程じゃないけど。四十万さん行ったことないって言ってたから」
今回のデートプランは極めてシンプル。
四十万さんと僕の行った事ない所に行ってみよう、という事になった。
一度目は映画で二度目は遊園地。
どちらも楽しく思い出深いけど僕達は高校生。こう言ってはどうしようもないけど、お小遣いをやり繰りして行動しなければいけない。そんな話の流れで今回はあまりお金のかからない事をしようと結論づけた。
「わぁぁ! 外にもいっぱい商品が並んでる凄いね十蔵くん! 何あれ!?」
入学してから見てきた四十万さんのテンションが今日は一番高い気がする。未知の場所に興味津々の彼女は僕を急かすように手を引いた。
さっきまで大人びた印象の彼女だったけど興奮する今の姿は無邪気な子供のようだ。ギャップがたまらなく愛おしい。
「中も入ってみようよ」
「十蔵くん中に入れたいの?」
うん?
少し言い方が気になるけどニュアンスは合ってるよね?
「そう……かな?」
「うぇへへ。えっちっちだね」
「なんでぇっ?」
彼女が持っている知識には底が無いようだ。僕の言葉の揚げ足取りでいつもその方向に持っていく技術は凄いと思うけど。
言葉を重ねていくうちに朝の光景が薄れていくような安心感がある。実際は思い出す度にチクリと胸が痛むけど彼女の前でそんな態度は出せない。
「じゃあ中に
「
「ウェルカムインッ!」
うぇへへと笑う四十万さんは少し薄暗い木の香りがする店内へ吸い込まれた。
「――これは水飴だね」
「この割り箸に付いてるのがそうなの?」
「そうそう。割り箸を離してコネコネしながら食べるんだ」
「揉むようにコネるんだ」
揉まないと思うけど。
「――これは何?」
「これはイカ焼きだね」
「イカの匂いする?」
「するする!」
「えっちだね」
「なんでぇ!?」
棚にある商品をキラキラした目で見ながら僕に聞いてくる彼女は水を得た魚のように輝いていた。
「十蔵くんの好きなものは?」
「う〜ん、悩むなぁ」
好きなものはなんだろう。
僕は昔の記憶を辿りながら店内を練り歩くとある箱の前で立ち止まる。
「あっ、これはよく食べてたヤツだ」
箱の中には爪楊枝に刺さったきな粉のお餅。四十万さんは不思議そうにその箱を見つめる。
「つまようじ?」
「ううん。これはきな粉餅なんだ」
「へぇ!」
「この餅自体も美味しいんだけど爪楊枝の先に色が塗ってあったらもう一本もらえるんだ」
「なるほどね! じゃあまずはこれを買おう!」
僕達はお餅を二本持って店主のおばあちゃんにお金を渡す。
「あべっくかい?」
おばあちゃんはニコニコとしながら何か言葉を言った。僕はその意味がわからず首を傾げていると隣の四十万さんがきな粉餅を受け取りながら笑いかける。
「将来的に」
「そうかいそうかい」
シワの刻まれた柔らかい笑みで答えていた所を見ると、四十万さんの答えが正解なのだと理解する。
「大事にするんだよ坊や」
「は、はい。大事にします?」
お釣りを受け取りなが僕もそれに答える。
「じゃあ奥の座敷で食べようか」
「うん」
きな粉餅の他にも気になるものをいっぱい買った。それでも今の僕達のお小遣いの10分の1ぐらいの値段で済むんだから駄菓子屋って素晴らしい。
い草の香りがする畳に靴を脱いで座る僕達。服装は洋風な雰囲気の四十万さんだけど畳に正座する姿のなんと絵になることか。まるで初めから畳で生活するスタイルが日常であるかのように堂に入る。
「食べないの?」
「い、いただきま……かはっ」
口を半開きにして見ていたのが恥ずかしくて慌ててきな粉餅を吸い込んだから粉が気管に。
「大丈夫、ゆっくり深呼吸して」
「ケホッ……ハァハァ」
いつの間にか彼女が隣で僕の背中を摩ってくれていた。恥ずかしいやら情けないやらで涙が目に溜まってしまう。
「四十万さん……僕……ね」
「うん」
「四十万さんが……朝、男の人と居るの見ちゃって」
悔しいついでにとんでもない事を言ってる自覚はある。聞いてはいけないと思いつつも聞かずに挫けるより聞いて覚悟を決めたかったから。
僕の背中を摩っていた彼女は無言のまま何も言ってくれない。もしかしたら聞いてはいけない話題だったのかと一瞬頭によぎったけど彼女の次の言葉は予想外だった。
「……ん〜。男の人って誰の事?」
「え?」
はぐらかしているのかと思って彼女の方を振り向いた僕の目に素で考えている彼女の顔があった。
「え? 朝、駅で、黒い服の、男の人と、何か、話して、ませんでした、か?」
途切れ途切れに単語だけ並べてしまう僕に彼女は「あ〜!」と納得したような顔で笑う。
「ショートカットの人ね! あの人は行きつけの美容院で担当してくれてる人なの」
「えっ!?」
じゃあもしかして。
「たまたまバッタリ会ったんだよ」
「そうなの? でも耳元で何か言っていたような」
今更そこまで見ていたなんて気にしていられない。僕は前のめりになりながら聞いていた。
「耳元? あぁ、アレは髪質をチェックして貰ってたの」
「えぇ!」
という事は僕はずっと。
「うぇへへ。そっかそっか〜。十蔵くんがねぇ」
にちゃにちゃした笑いに変わる四十万さんは面白い玩具を見つけたいたずらっ子のようだ。
そして極めつけは。
「あの人……女の人だよ」
僕の耳元で甘く囁く。
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