第47話 勇気を持って

 料理部で作ったハンバーグはいつもより甘い味がした。


 家族と食べる時とは違い、友人で食べる時とも違う、もちろんひとりで食べる時とは比べ物にならないくらい甘い味。


 その原因は間違いなく僕の隣に座るあの子が居るから。


「うぇへへっ。十蔵じゅうぞうくんを美味しく食べちゃった」

四十万しじまさん、言い方が怖いよ」


 と、口では反抗を試みるけれど僕の心と視線は彼女の肉汁で艶やかに光る唇に目がいく。


「十蔵くんの汁がたっぷりだったね」

「シャシャシャッ。違いないね」

「でしょ?」


 前の席で成り行きを見ていた鮫島さめじまさんが同意を示すと同時に、僕は隣の矛先ほこさきくんに目がいく。


「あの、もしかしてハンバーグ嫌いだった?」


 さっきから箸を持つ手が動いておらず、ハンバーグと僕を交互に見ているだけだった。


「……いや、そうじゃねェんだ。ねェんだけどな」


 どこか歯切れの悪い彼に、いつもはからかう鮫島さんが真面目に諭す。


「無理しなくていいよ。シャチ」

「あぁいや、大丈夫だ。食うよ……食う」


 ふたりの関係がどんなものか分からない。もしかしたら丸味まるみくんや浅日あさひさんのような関係なのかもしれない。しかしその雰囲気は僕が立ち入っちゃいけない気がしてそれ以上聞けなかった。


「十蔵くんご飯粒付いてる」

「えっ? ホント……もごぉっ」


 振り向いて声を出した時、僕の口に肉の塊が押し込められた。


「不景気な顔してるキミに強制あ〜んの刑」


 それを見て目の前のふたりはクスクスと笑い合う。もしかしたら彼女なりにこの雰囲気を打ち消したくてやった行為だと思う……そうだよね?


 図らずも彼女からのあ〜んに頬が熱を持つ。


 その後は部活が終わった生徒や業務を終えた先生達が夕食や持ち帰り弁当を求めて雪崩のようにやってきた。



「ごめん、新入部員の諸君! 手伝ってくれない?」



 半泣きになりながら捌いていた先輩が申し訳無さそうに手を合わせるので僕達4人は大きく頷き割り当てられた持ち場に行った。



 そして捌き終わった後、片付けをしている時にこれまた申し訳無さそうに神月かみづき先輩がやってきて一言。


「あ、あのぉ。ちなみにですねぇ、きょ、今日の部活はど、どうでしたか?」


 腰が低いというよりもオドオドしたように尋ねる先輩。僕と四十万さんは先輩のカッコイイ所や、やる時にはやる人だという事が分かっているのでそのギャップにまた笑ってしまう。


「……楽しかったッスよ」

「シャチが慌ててる所見れたしね」

「うっせっ!」


 ふたりの反応は色良いものだ。


「十蔵くんはどうだった?」

「楽しかったよ。でも、こんなにハードだとは思わなかったかな」


 料理部の噂は聞いていたけど年末年始の福袋合戦並に体力を削られたのは確かだ。

 僕の言葉に八の字眉になり悲壮感が漂う先輩。だから僕はそれに負けないように声に出す。


「先輩! 僕、料理部に入ります!」


「えっ!?」


 途端に餌を前にした柴犬のような顔になる。


「じゅ、じゅうぞう様〜」


 「神様仏様十蔵様〜」と僕の足元へ擦り寄る先輩に矛先くんがドン引きしている。


「私も入りますよ。ねっ? せ・ん・ぱ・い」


「は、はい。よ、よろしくお願いします。四十万様」


 隣のあの子の言葉に僕は胸が熱くなる。


「んで、シャチはどうすんの?」

「俺は……」


 少しだけ矛先くんの様子が気になる。

 何か……は分からないけど彼の心にも重しが乗っているのだろう。


「あのっ矛先くん!」

「お、おう」


 彼の心が傾いているなら僕は反対のシーソーに乗ろう。


「一緒に料理しよ?」


 それが決め手だった。


「あぁ……そうだな。俺もいつまでも縛られちゃいけねェよな」

「シャシャシャ。じゃあ先輩、ここに居る4人入部しますんで」


 サラッと鮫島さんも入部するみたい。

 それを聞いた神月先輩は膝から崩れ落ちて泣いてしまった。



 ――――――



 黄昏時たそがれどきの帰り道、僕は彼女に問いかける。


「四十万さんは良かったの?」

「うん。私は良かったよ」


 何がとは言わなくても僕達は分かり合えるようになっている。


「矛先くんと鮫島さんの事、ちょっと気になるね」

「まぁね。人それぞれには半生があるからね」


 じゃあ四十万さんにも?

 と、問えればスッキリするのだろうか。

 結局話題はなんでも良かったのだと思う。


「この時間、昔は嫌いだったんだよね」

「そうなの?」


 唐突に彼女が口を開く。


「もう帰らなきゃって寂しくなるし、日が沈んで暗くなるのが怖かったのかも」


「なんとなくわか……いやごめん。僕はこの時間が好きだよ」


 知ったような事を言いたく無かった。彼女は同調して欲しいんじゃないと感じたから。


「お店が混む時間なんだけどさ。今から食卓を囲む人達の笑顔が輝いてる瞬間だから、僕はこの時間好きなんだ」

「そっか」


 ふと彼女を見ると沈みゆく夕陽を見つめている。それは正しく黄昏れる女の子の表情だ。沈みゆく太陽の一瞬を切り取ったような儚さがあり、近づかないと「貴女は誰?」と言えないような妖艶さがあった。


「四十万さん」

「ん?」


「今はこの時間好き?」


 黄金に染まる彼女の聖杯なみだぶくろから今にも林檎が溢れそう。


「十蔵くんに出会ってから好きに……ううん。大好きになったよ」


 その言葉に僕はゆっくり手を伸ばす。


 きっかけは何でも良かった。

 料理部に入ると決めたのも僕の長所を活かせると思ったから。


 でも今になって思うのは――彼女と一緒なら僕はどこでもよかったのだ。




「四十万さん、ゴールデンウィークに僕とデートしてくださいっ!」




 黄金の林檎が聖杯から顔を覗かせる。



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