第46話 流れに身を任せて

「よーし、新入部員の諸君! 今日はハンバーグを作っていくぞっ」


 キラキラした目で僕達の前で説明してくれているのはこの部活の部長さん神月翔馬かみづきしょうま先輩。

 なんでも入部希望者が全然来なくて先輩が灰になる寸前だったので僕達が来たのがよっぽど嬉しかったらしい。


「いや、俺らまだ入るって決めてねェッスよ」

「シャシャシャッ。細かい事はいいじゃない」


 矛先ほこさきくんは少し困ったような、鮫島さめじまさんは面白おかしく笑ってる。そして僕の隣のあの子はというと。


十蔵じゅうぞうくんを美味しく食べたいな。食べたいなったら食べたいな♪」


 よかった。少しだけ元気が出たみたい。


 如月きさらぎ先輩に何か話していたけどそれが良かったのかもしれない。少しだけ、ほんの少しだけ僕に相談して欲しかったなと思うけど、きっと同性でしか分からない事もあるのかもしれない。


「楽しみだね四十万しじまさんっ」

「んっ!」


 先輩の説明もそこそこに実践あるのみという事で早速作業をする事に。とはいえこの調理室は既に人でいっぱい。ざっと見た感じ1クラス分の人数はいるんじゃないだろうか。


 そして貸出エプロンと三角巾を借りた僕達は着用して調理台へ。


「ほらシャチ、ちゃんと被りなさいって」

「うるせェぞサメ野郎。帽子は嫌いなんだよ」


 矛先くんと鮫島さんが三角巾の被り方で言い争っている。クラスメイトが先輩達に嫌われるのを避けたい僕はふたりの元へ。


「あ、あのね矛先くん」

「……あっ」


 僕の登場に一瞬固まる。


「僕の家、その、肉屋なんだけど。食品を扱う仕事って物凄く神経使うんだ。髪の毛や埃なんて入っちゃダメだし、食中毒なんて起こったらお客様にも迷惑だし、当分の間お店も休まなくちゃいけないんだ。だからその……」


 えっと、他に何を言えば。


「わかったよ……それと、悪かった」


 なんとか通じたみたいでホッとした。

 僕は四十万さんの方に振り向くと、彼女は慌てて髪を三角巾で包んでいた。いつも冷静な彼女のそんな姿が見れて頬が緩むのを感じる。


二句森にくもりくん偉いね!」


 成り行きを見ていた女の子から声をかけられた。


「あっ、白咲しらさき先輩。ありがとうございます」


 声をかけてくれたのは白咲葉月しらさきはづき先輩。彼女も神月先輩の彼女さんのひとりで白咲道場という空手道場の娘さん。小柄な体格の女性だけど武の実力は折り紙付きで生徒会の裏のボスと呼ばれているらしい。


「やえちゃんもそう思うよね!」

「はい、十蔵くんはエロいです」


 いつの間にか隣に居た四十万さんに声をかける白咲先輩。そして四十万さんの返しは聞き間違いだと思いたい。


「矛先くん、一緒に頑張ろ?」


 少し言い過ぎたかなと思った僕はおずおずと彼の元へ行って声を掛ける。こんな事でせっかく友達になれた彼と喧嘩したくない。


「あぁ。俺が考え無しだった」

「ううん。僕も言い過ぎたよ」


「いや二句森は何も悪くねェ」

「いや僕の方が……ふふっ」

「ははっ」


 こういうやり取りをなんて表現すればいいのかな。丸味まるみくんとは真逆の雰囲気の彼とこんな風に笑い合えるなんて昔の僕に自慢してやりたい。


「じゃ、行こ」

「おう」


 今度こそ調理台に立つ僕達に神月先輩は無言で頷いてくれた。先輩も飲食店でバイトをしているので僕の気持ちを分かってくれたのだと嬉しく感じる。


「よし、んじゃ始めるか!」


「うす」

「はい!」

「んっ」

「うぇへ」


 先輩の音頭で楽しいクッキングが始まる。今日の献立はハンバーグ。僕達以外の調理台では他の先輩達がテキパキと仕事をしている。


「まずは玉ねぎをみじん切りにして――」


「あっ、四十万さん。手は猫の手みたいにして」

「にゃん?」


 彼女の包丁さばきが少し危うかったのでアドバイスをするとなんとも可愛らしい返しがやってきた。


 か、かわいい。


「コツとかある?」

「僕の母さんは横から何本か切込みを入れて――」

「こう?」


「うん、それから縦に入れて――」

「んしょ、んしょ」


「後は上から――」

「トントントン♪」


 調理をする彼女は鼻歌を歌いながら楽しそうにする。マスク越しで表情は見えないけど、特徴的な涙袋が弓なりの形になっている。


「次はフライパンにみじん切りした玉ねぎを入れて飴色になるまで炒めましょう」


 先輩の指示に僕達は従ってフライパンの中へ。


「飴色ってどんな色?」

「う〜ん、駄菓子屋の水飴かな」


 僕の問に四十万さんは。


「駄菓子屋行ったことないなぁ」


 と返す。

 なので僕は何も考えず言葉にする。


「今度案内するよ。もし良ければだけど」


 そんな僕の言葉に彼女はキョトンとした顔で優しく微笑んだ気がした。



「次にひき肉に卵とパン粉牛乳を順番に入れて――」



 先輩は矛先くん達の方へ目を向けながら的確な指示をくれる。


「1回手を洗った方がいいかな?」

「そうだね。それからねよう」


 彼女とふたりで水道の蛇口を捻る。


「四十万さん」

「ん?」


 水道から流れる水は何処へ行くのだろう。


「僕は、何があっても諦めないから」


 その水はいつか大海原へと行くのだろうか。


「ん、期待してるね」


 僕が彼女に告げた言葉は抽象的だったと思う。その言葉が何を意味しているのかを正しく理解してくれると信じて。



「じゃあ、十蔵くんのエキスを美味しく食べる続きしよっか?」

「そんな事はしませんっ」



 水道の蛇口をキュッと絞って最後の水の流れを見送った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る