第46話 流れに身を任せて
「よーし、新入部員の諸君! 今日はハンバーグを作っていくぞっ」
キラキラした目で僕達の前で説明してくれているのはこの部活の部長さん
なんでも入部希望者が全然来なくて先輩が灰になる寸前だったので僕達が来たのがよっぽど嬉しかったらしい。
「いや、俺らまだ入るって決めてねェッスよ」
「シャシャシャッ。細かい事はいいじゃない」
「
よかった。少しだけ元気が出たみたい。
「楽しみだね
「んっ!」
先輩の説明もそこそこに実践あるのみという事で早速作業をする事に。とはいえこの調理室は既に人でいっぱい。ざっと見た感じ1クラス分の人数はいるんじゃないだろうか。
そして貸出エプロンと三角巾を借りた僕達は着用して調理台へ。
「ほらシャチ、ちゃんと被りなさいって」
「うるせェぞサメ野郎。帽子は嫌いなんだよ」
矛先くんと鮫島さんが三角巾の被り方で言い争っている。クラスメイトが先輩達に嫌われるのを避けたい僕はふたりの元へ。
「あ、あのね矛先くん」
「……あっ」
僕の登場に一瞬固まる。
「僕の家、その、肉屋なんだけど。食品を扱う仕事って物凄く神経使うんだ。髪の毛や埃なんて入っちゃダメだし、食中毒なんて起こったらお客様にも迷惑だし、当分の間お店も休まなくちゃいけないんだ。だからその……」
えっと、他に何を言えば。
「わかったよ……それと、悪かった」
なんとか通じたみたいでホッとした。
僕は四十万さんの方に振り向くと、彼女は慌てて髪を三角巾で包んでいた。いつも冷静な彼女のそんな姿が見れて頬が緩むのを感じる。
「
成り行きを見ていた女の子から声をかけられた。
「あっ、
声をかけてくれたのは
「やえちゃんもそう思うよね!」
「はい、十蔵くんはエロいです」
いつの間にか隣に居た四十万さんに声をかける白咲先輩。そして四十万さんの返しは聞き間違いだと思いたい。
「矛先くん、一緒に頑張ろ?」
少し言い過ぎたかなと思った僕はおずおずと彼の元へ行って声を掛ける。こんな事でせっかく友達になれた彼と喧嘩したくない。
「あぁ。俺が考え無しだった」
「ううん。僕も言い過ぎたよ」
「いや二句森は何も悪くねェ」
「いや僕の方が……ふふっ」
「ははっ」
こういうやり取りをなんて表現すればいいのかな。
「じゃ、行こ」
「おう」
今度こそ調理台に立つ僕達に神月先輩は無言で頷いてくれた。先輩も飲食店でバイトをしているので僕の気持ちを分かってくれたのだと嬉しく感じる。
「よし、んじゃ始めるか!」
「うす」
「はい!」
「んっ」
「うぇへ」
先輩の音頭で楽しいクッキングが始まる。今日の献立はハンバーグ。僕達以外の調理台では他の先輩達がテキパキと仕事をしている。
「まずは玉ねぎをみじん切りにして――」
「あっ、四十万さん。手は猫の手みたいにして」
「にゃん?」
彼女の包丁さばきが少し危うかったのでアドバイスをするとなんとも可愛らしい返しがやってきた。
か、かわいい。
「コツとかある?」
「僕の母さんは横から何本か切込みを入れて――」
「こう?」
「うん、それから縦に入れて――」
「んしょ、んしょ」
「後は上から――」
「トントントン♪」
調理をする彼女は鼻歌を歌いながら楽しそうにする。マスク越しで表情は見えないけど、特徴的な涙袋が弓なりの形になっている。
「次はフライパンにみじん切りした玉ねぎを入れて飴色になるまで炒めましょう」
先輩の指示に僕達は従ってフライパンの中へ。
「飴色ってどんな色?」
「う〜ん、駄菓子屋の水飴かな」
僕の問に四十万さんは。
「駄菓子屋行ったことないなぁ」
と返す。
なので僕は何も考えず言葉にする。
「今度案内するよ。もし良ければだけど」
そんな僕の言葉に彼女はキョトンとした顔で優しく微笑んだ気がした。
「次にひき肉に卵とパン粉牛乳を順番に入れて――」
先輩は矛先くん達の方へ目を向けながら的確な指示をくれる。
「1回手を洗った方がいいかな?」
「そうだね。それから
彼女とふたりで水道の蛇口を捻る。
「四十万さん」
「ん?」
水道から流れる水は何処へ行くのだろう。
「僕は、何があっても諦めないから」
その水はいつか大海原へと行くのだろうか。
「ん、期待してるね」
僕が彼女に告げた言葉は抽象的だったと思う。その言葉が何を意味しているのかを正しく理解してくれると信じて。
「じゃあ、十蔵くんのエキスを美味しく食べる続きしよっか?」
「そんな事はしませんっ」
水道の蛇口をキュッと絞って最後の水の流れを見送った。
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