第45話 体験入部に意外な追跡者

 四十万しじまさんが言った「結婚相手がいても同じ事を言ってくれる?」


 その言葉の真意も彼女の真意も分からない。なんとなくだけど軽く聞いちゃいけない気がする。だってまだ僕は彼女の半生を理解していないのだから。

 だからこそ僕は彼女に提案する。


「四十万さん。部活動見学の続き行かない?」


 今まで僕の家の事情やなんでこの学園に入ったか等は出来るだけ語ったつもりだ。それは彼女が望んで聞いてきた事だから。


 彼女が時折見せる儚げな表情や一人で居る時の雰囲気。今までは「綺麗だなぁ」という感想しか持たなかったけど、きっと彼女の半生がその仕草ひとつひとつに現れているんだ。


「うぇへへっ。誘ってる?」

「う、うん」


 あの時見せた真剣な顔はなりを潜め、いつものおどけた顔を見せるそんな4月最後の週の放課後。僕は彼女に手を差し伸べる。


「行こ?」

「ん」


 登校時は彼女が手を引く事が多かった。

 放課後は僕が手を引く側でいたかった。





 部活動勧誘期間の最後の追い込みという事もあり至る所に先輩達が居る。そんな中僕と彼女は静かに目的の場所へ向かっていた。


「あれって3組の?」

「めっちゃ美人じゃない?」

「隣の男の子も可愛くない?」

「お前そっちの趣味か?」


 すれ違う同級生と思しき生徒からそんな声が聞こえる。他クラスでも四十万さんの容姿は話題になっているらしい。

 この学園は髪もメイクも自由にしてよいという校風のお陰か染髪をしている生徒が多くいる。そんな中、黒髪ロングの四十万さんは大和撫子や日本人形のように映るのだろうか。


「大人気だね十蔵じゅうぞうくん」

「その言葉、そのまま返したいなぁ」


 一言二言……これくらいの距離感が今は心地よい。


 そして僕達は1階の端にある所で立ち止まる。


「ふぅ、ふぅ……良し!」

「開けるね?」

「うん」


 深呼吸をして扉にふたりで手を伸ばす。



 ――カラカラカラッ



「し、失礼します。部活動見学に来たんですけど」


 1歩踏み出すとそこは魔境だった。


「あんらぁぁぁぁん! 可愛い子ちゃんじゃな〜い」

「うっふん! ぼくここに入りたいのん?」


 逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。


「こ、こんにちは先輩。1年の二句森にくもりです」

「同じく四十万です」


 男子……女子生徒?

 の先輩に僕達は挨拶をする。

 先輩達の容姿を一言で現すなら、何と呼べばいいのでしょう。バッチリメイクが決まった顔にフルフルフリルのエプロン姿の男子……女子生徒の先輩方。


「ちょっとみんな〜! 入部希望者が来たわよ〜ん!」


 入口から聞こえるように大声で叫ぶ先輩に反応して部屋の後ろの方が慌ただしくなる。


「マジか! ついに来てくれたか!」

「ちょっとショーマはしゃぎ過ぎよ」

「あわわっ本当に入部希望者ですか?」


 フルフルフリルの先輩達をかき分けてこの部の偉い人がやって来るみたい。



「ようこそ料理部へ! ってアレ?」


「こ、こんにちは神月かみづき先輩」

「うぇへへっ。十蔵くんに無理やり連れて来られちゃった」


 現れたのは先日会ったばかりの僕の憧れ。


「お? お、おぉぉぉぉぉ! 十蔵くんにし、四十万さん。いらっしゃい」


 若干四十万さんの名前を呼ぶ時声が上ずっていたような。気のせいだよね。


「あの……もし良かったら見学させて貰えませんか?」


 僕のお願いに対して先輩は。


「見学と言わず一緒に参加してくれると助かる」

「参加ですか?」


 不思議に思って聞いてみると。


「知ってるかもしれないけど、料理部は放課後部活動が終わるタイミングに夜食というか夕食を作ってるんだ」


 そう言えば浅日あさひさんがそんな事を言ってた気がする。


「一応、写真部の連中が手伝ってくれてるんだけど」

怒寿恋ドスコイよ会長」

「……ど、怒寿恋の連中が手伝ってくれてるんだけど人手はいくらあってもいい」


 なるほど。

 確かにボーッと見てるより一緒に作業した方が雰囲気も分かるって事だよね。


「それに肉のスペシャリストがいりゃ百人力ってね」

「そ、そんな事ないです! 僕なんてまだまだで」


 先輩の評価は有難いけど少しこそばゆくなる。でも四十万さんにいい所を見せられると思うとやる気がどんどん出てくるのは確かだ。


「えっと、し、四十万様の方はいかがでしょうか?」


 何故か神月先輩が四十万さんに対して敬語になっている。僕が知らない間に何かあったのかな?


「私も手伝いたいです。でも少しだけ如月きさらぎ先輩達とお話してもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 如月先輩とは神月先輩の彼女さんのひとりで僕のお店にも良く来てくれる。四十万さんとはベクトルが違う銀髪が似合う美人さん。


「十蔵くんちょっとお話してくるね」

「うん。行ってらっしゃい」


 僕の手を離れた彼女は如月先輩の元へ歩いていく。チラリと如月先輩を見ると僕に向けて軽く手を振ってくれた。まるで「後は任せておきなさい」とでも言うように。


「それじゃあ何を手伝えば」


 四十万さんを見送った僕は足でまといにならないように頑張るだけだ。けれど神月先輩は僕とは別の場所を見ているようだ。その視線を辿ると扉の所に行きあたる。



「後ろのふたりも入ってくればいいさ」



 唐突に先輩が声を出すと扉の陰から予想外の人達が現れる。



「……チッ。いつから気づいてたんスか」

「シャシャシャ。侮れないね」



「え? 矛先ほこさきくんに鮫島さめじまさん?」



 どうしてふたりがここに居るのか僕は分からず固まってしまう。



「十蔵くんの友達?」

「は、はい。同じクラスの委員長さんと副委員長さんです」


 神月先輩が手招きするとふたりは渋々と言った感じで調理室へ入ってきた。そして僕の横を通り過ぎる時に鮫島さんが耳打ち。


「シャチがね。にっきゅんが悲壮な顔してたから心配だってね」

「え? 僕そんな顔してた?」


 平静を保ってたつもりでも四十万さんの一言は無意識の内に僕の心に波紋をもたらしていたらしい。


「よし、新入部員が4人も入った事だし気合い入れていくぞぉぉぉ!!」


「「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」



 あのあの、僕達まだ体験入部です先輩!


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