第42話 二重奏(デュエット)

音無おとなし先輩」

「はい、なんでしょう」


 抹茶で一息ついた僕は改めて先輩に向かい合い言葉を探る。


「えっとですね、あのですね」

「はい」


 どうやって伝えようか迷ってしまう。少しだけ勢いで来てしまったけれど早くしないと他の部員の人達が来てしまいそうだ。


「お、音無先輩は髪が綺麗じゃないですか」

「ふふふっ。ありがとうございます」


 えっと、それから。


「ふ、普段どんなお手入れをしているのかなぁと興味がありまして」

「あら。二句森にくもりさんも髪を伸ばすのかしら?」


 うぐっ。

 そういう訳ではないけれど。


「僕じゃなくてですね、なんと言えばいいんでしょう」


「ご友人への贈り物かしら?」


 僕に隠し事は向いてないみたい。


「……はいそうです」

「素直でよろしい」


 そんな音無先輩は少し待っててと言って鞄が置いてある方へ行ってしまう。


 何故僕がほとんど喋った事がない音無先輩を尋ねたかと言うと、もっと言えば何故ひとりでここに来たのかと言うと。


四十万しじまさんに普段の感謝を伝えたい」


 この一念に尽きるのだ。


 入学してからこっち四十万さんに助けられてばかりだ。彼女が居たからこんなに楽しい学校生活を送れているといっても過言じゃない。だからこそ彼女に感謝の意味を込めてプレゼントを贈りたい。

 以前茶道部を通りかかった時、四十万さんと音無先輩は何か固い握手のような儀式をしていた。チラッと聞いたのは「黒髪同盟」なるもの。ふたりとも髪に拘りがありそうだったので、先輩のオススメのヘアグッズを教えてもらおうとやって来ました。


「なんだか説明が長くなっちゃった」

「ん? なんの事かしら」

「い、いえ! 気にしないでくださいっ」


 いつの間にか僕の正面に座った先輩は一通の桜色の便箋を僕に差し出す。


「あの、これは?」

「私が愛用しているヘアオイルの一覧です」


 便箋の中には一枚の手紙が入っており、ヘアオイルの一覧と効能や匂いが分かりやすくまとめてある。


「先輩、こんな丁寧に」

「んふふっ。『礼はこれ和をもって貴しと成す』ですわ」


 先輩は難しい言葉を言って僕の頭を軽く撫でる。


「あの、ありがとうございました。今は何も返せるものがないんですけど」


 僕も手持ちの何かをあげられればいいけど、お礼の品を用意して来なかったのが悔やまれる。


「気にしなくていいわよ」

「でも」


 少し申し訳なく思っていると先輩は「んー」と小首を傾げて考える仕草を見せる。


「それじゃあ、時々でいいからそのとどうなったかを教えてくれると嬉しいわ」

「ひくっ!」


 結局僕は最初から隠し事なんてできやしない。先輩には色々と見透かされていたようで何度も腰を折って茶室を後にした。



「と、とりあえずミッションワンは成功。先輩が優しくて良かった」


 僕は廊下を早足で歩きながら次の待ち合わせ場所に急いでいた。




 中庭ベンチ前



「ごめんっ! 遅くなりました」



 曲がり角からその影を見た僕はダッシュで待ち人の元へ向かう。


「気にすんなァ。待つのは嫌いじゃねェ」


「はぁはぁ……ありがとう矛先ほこさきくん」


 肩で息をする僕を見兼ねて彼は近くの自販機へとゆっくりと歩いていき。


「炭酸でいいか?」

「えっ! い、いいよそんなっ」

「気にすんなァ」


 僕の返事を聞かず彼は炭酸飲料を2本買うと片方を僕に差し出す。


「ありがとう矛先くん」

「あァ、まぁ座れや」

「うん」


 彼がベンチの端っこに座るのを見て僕もその隣にちょこんと腰掛ける。

 隣からプシュッと小気味のいい音が聞こえて来たので僕も習って蓋を開ける。


「コクコク……ぷはぁ美味しい!」


 夏が近づく季節の狭間に炭酸が冴え渡る。


「ククッ。本当にうまそうに飲むなァ」

「あ、ごめん」

「謝るこたァねぇ。むしろ謝んな」

「うん」


 彼の少し強引な所に僕は憧れている。

 クラスの副委員長を任せられるだけはあるんだなと思う。

 でもでも、確か鮫島さめじまさんに強制的にやらされてなかったっけ? 気のせいだったかな?


「……この前はご苦労だったな」


 この前とはつまり黒神さん達の件。


「ううん。なんだかんだ楽しかったし、僕もクラスの役に立ててるって思うと嬉しかったんだ」

「そうかァ」


 矛先くんの真意は見えないけど、前日に誰かから番号を聞いて連絡してくれるくらいお人好しだと知っている。


「それで、放課後ここに来てくれってどういう事だァ?」

「うん、あのね」


 僕は鞄の中に仕舞ってある小包を取り出そうとする。


「教室で『矛先くん放課後時間あるかな。大切な話があるんだ』って言った時のクラスの反応は凄かったぞォ」

「あぁぁ! それを言わないでぇ〜」


 間違った事は伝えてないけど、間違った方向に伝わってしまったんだよ。


「あの時の四十万の顔はヤバかったぞ?」

「そ、そう?」


「あぁ。俺の命は今日までだと覚悟を決めたぐれェだ」

「それはなんというか」


 確かあの後「エネミーオブエネミー」とブツブツ言っていたようないないような。


「クククッ。まぁなんだかんだ言って今のクラスは居心地がいいよなァ」

「うん。ちょっと暴走する所はあるけど、まだ1ヶ月ぐらいしか経ってないのが不思議なくらいだよ」


 グラウンドの方で部活動生の声が聞こえる。しばらく僕達はその声を聞いていた。


「あっ。それでね本題なんだけど」

「おぅ」


 彼との無言の時間も居心地が良かったけど、早く用事を済ませてしまおう。


「これなんだけど。受け取ってくれないかな?」

「……この包みは?」


 僕の手にある包みをマジマジ見て不思議そうな顔をする。


「えっと。ウマウマランドのお土産なんだけど」

「お前もしかしてクラス全員にこんな事してんのかァ?」


 最後の言葉だけ強く聞こえたけど僕は全力で否定する。


「全員じゃないっ! 矛先くんだけっ!」

「――っ!?」


 僕にしては珍しく大声が出た。

 矛先くんにつられたと言えばそうだけど、そこは勘違いして欲しくなかったから。


「僕、誰にでも優しくできる程お人好じゃないし、お小遣いだし……でも僕の事を心配してくれた人には何かを返したいんだ」

「……」


 あのウマ会長のような人助けの達人みたくなりたいけれど、今は手の届く人でいっぱいいっぱいだ。だから一つずつ返していこう。


「もらって、くれない?」

「……」


 黙って僕の目を見続ける彼にもう一度投げかける。


「矛先くんの優しさに僕は救われたんだよ?」


 そう言うと矛先くんは長い髪の毛を何度かポリポリしたかと思うと天を見てこう呟く。


「……四十万がやられるはずだわ。こりゃァ」


「え?」


「ふぅ」と気合いを入れた彼は僕の手から包みを受け取ると。


「こういうのは受け取らねェってキメてたけど……なんでだろうなァ」


 ほんの少し受け取る時の手が震えてた気がする。

 ほんの少しその言葉が震えてた気がする。


「……ありがとうな二句森。大切にするからなァ」

「うんっ!」



 ちなみに矛先くんにあげたのは僕とお揃いのキーホルダー。

 後日、四十万さんがそれを見て「大敵グレートエネミー」と言っていたのは聞かなかった事にした。





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