第41話 独奏(ソロ)



「今日は世紀末ですか?」



 担任の薮坂やぶさか先生の発した言葉でその日は幕を開けた。

 前回は学級崩壊かと焦っていた先生だけど、だんだんとクラスの雰囲気を掴んできている辺り流石だと思う。


 ちなみに最後の一撃を放った矛先ほこさきくんは少しだけ「やってしまった」というような顔をしていた。ホームルーム前に黒神くろかみさん達が入って来た時は「文化祭はお化け屋敷でもするの?」「ののの?」となんとも的をえてる表現だったのが可笑しかった。


「ぷはっー! しっかしようやく解放された気がするよな」

「まぁね。だけどゴールデンウィーク明けたらすぐ林間学校でしょ?」


 少し前まで昼休みの教室内は僕と四十万しじまさんのふたりだけだったけど、最近は人数が増えている気がする。

 前の席に座る丸味まるみくんと浅日あさひさんはテイクアウトのランチボックスを買ってきてここで食べているのだ。


十蔵じゅうぞうくんを食べていい?」


 あのあのっ!

 正確には僕のお弁当の卵焼きだよね?

 主語と述語が短い気がするよ?


「はい、どうぞ」

「うぇへへっ。いっただきま〜す♪」


 僕のお箸に乗った卵焼きが彼女の口に吸い込まれていく。


「うわぁ。リアルあ〜んだ」

「アイスクリームとは訳が違うよね」

「にっきゅんのお手製(はぁはぁ……)」


 心なしか教室で食べる人の割合が増えてる気がする。そして僕は無意識のうちに彼女にあ〜んをしてしまった事に今更になって赤面する。


「間接チッスだね。うぇへへへへへへっ」


 今日も彼女はフルスロットル。

 止まることを知らないエンジンは常にアイドリング状態なのかもしれない。


「わ、割り箸を」

「ダメダメだ〜め。大丈夫だから、ね?」


 何も大丈夫じゃないです四十万さん。

 僕の心臓がフルスロットルです四十万さん!


「しょうがないな。私の箸使っていいよ?」

「え? それはもっとダメなのでは?」


「安心して私使ってないから(嘘)」

「ホントに〜?」


「本当ホント! シ・ジ・マ・ウソツカナイ」

「怪しいなぁ」


 とはいえ人は信じる事から始めるんだもんね。偉い人が言っていた『右の箸を差し出したら左の箸が返ってくる』って。

 あってるかな? まっいっか。


「はい十蔵くん」

「ありがとう」


「そっちの箸持っててあげるよ。うぇへらっ」

「わぁありがとう!」


 なんだかんだ言って四十万さんは優しい!


 僕達のやり取りを見ていた丸味くんと浅日さんはどこか遠くを眺めていた。




 放課後


「四十万さん、今日ちょっと用事があるんだ。だから一緒に帰れそうにないんだけど」

「用事?」

「うん」


 遊園地デートや今日の報告会を経験して僕は思うところがあったのだ。正確にはずっと前からかもしれない。


「私に内緒の用事?」

「う、うん」


 何故だろう。

 母さんに叱られる時の気分になるのは。


「ふ〜ん。えっちな用事?」

「えっちじゃないよっ!」


 母さんよりタチが悪い気がする。


「そっか。なら私はひとりで帰るかぁ……あぁ寂しいなぁ。寂しいなったら寂しいな〜」


 鼻歌交じりの彼女は僕の一挙手一投足を楽しんでる気がする。


「ごめんね」


 振り返る彼女に僕は小さく手を振った。



 ――コンコンッ


「はい、開いてますよ。どうぞお入りください」


 四十万さんを見送った僕はある場所に来ていた。それは以前一度だけ訪れた場所。


「こ、こんにちは」


 招かれた声に返事をして僕はゆっくりと襖を開ける。


「いらっしゃい。あなたは確かあおいさんとかなでさんのクラスメイトの二句森十蔵さんだったかしら」

「は、はい! 二句森十蔵本人ですっ」


 品のある言葉に僕は畏まってしまう。

 一度しか会っていないのに僕の事を覚えててくれた事が嬉しくてほんわかする。


「そんなに緊張しなくても平気よ。さぁどうぞ入って」

「し、失礼します」


 畳の縁を踏まないように僕はソロりと茶室へ入る。


「あの、音無雪おとなしゆき先輩。突然ごめんなさい」

「あら嬉しい。私の名前を覚えててくれたのね。謝らなくても大丈夫よ」


 着物姿のひとつ年上の先輩は妙に大人っぽく見える。艶のある黒髪を腰まで伸ばした姿は僕の憧れのあの子と影が重なる。


「えっと……その」

「ふふっ。焦らなくてだいじょうぶ。まずは一息入れましょうか」


 せっかく順序立てていた話題も先輩の前だと意味を成さない。何から話そうかとあくせくしている姿を見かねてか先輩はゆっくりと茶器を手にする。


「まずは深呼吸をしてから物事を始めるといいわよ」

「は、はい」


 僕は茶道に詳しく無いけれど、音無先輩の所作はとても綺麗だと感じる。お茶をてながら僕の事を気づかってくれる。以前黒神さん達が「頼れる雪おねいさん」と言っていたのを僕は身をもって知ることに。


「――さぁどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 目の前に出されたのは深緑の抹茶。

 しかし僕は、


「あの、実は作法がわからなくて」

「んふふふっ。まずはお茶を楽しむ所から始めましょう」


 音無先輩の涼し気な目元が弓なりに形を変える。それだけで僕の心臓がドキリと脈を打つのがわかる。


 だ、ダメダメ!

 僕には四十万さんという心に決めた人がいるんだ。


「はい、ありがとうございます」


 先輩は優しく素人の僕にもわかるように丁寧に教えてくれる。ここでも僕は誰かの助けを借りて歩いているんだ。



「あの、音無先輩――」



 だからこそ、僕は四十万さんと雰囲気が似ている先輩にお願いをするんだ。


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