第39話 報告会で僕は空気になった

「ねぇ十ちゃん、この間は楽しめたの?」


「な、なんの事かな母さん」


 月曜日の朝食の席で母さんは僕の顔を見てニヤついている。

「お小遣いが欲しい」とおねだりした時は追求されなかったけど事後報告はしっかりと聴取するみたい。その作戦にまんまとハマった僕はすっとぼける事にしたのだけど。


「んふふっ。近いうちに家に連れていらっしゃいね?」

「だ、誰の事かな。あはは」


 鏡で見たら僕の目は高速バタフライをしていたかもしれない。


「し・じ・ま・しゃん・でしょ?」

「ななななななっ! なんでぇっ!?」


 僕は1度もその名前は出してないのに。

 もしかして誰かが情報をリークして?


「十ちゃんの寝言の7割はその子の名前だもの」

「あっ」


 リーク先は僕自身だった。

 そんな事より寝てる時まで四十万しじまさんの名前を言ってるのが恥ずかしくて耳が熱い。


「まぁ気が向いたらでいいわ」

「うん……そのうちね」


 いつか親戚の集まりで聞いた事がある。

 母さんは女の子が欲しかったと。

 だけど星の巡り合わせがあって織姫さんは母さんに宿らなかった。もしかしたら僕に女の子の友達が出来たのを一番喜んでいるのは母さんかもしれない。


「さぁ、食べたら月曜日が始まるわよ」

「うん。いただきます」


 ちなみに父さんは朝から仕入先に行ってるので僕と母さんのふたりだけの食卓。



 ――――――



「四十万さんをデートに誘うより早く家に招待しそうだよ」


 僕の計画は入学した時から何一つ成功していない気がする。成功していないけれどなんだか順調に思えるのはやっぱりあの子のお陰なのだ。


「おはよ十蔵じゅうぞうくん」

「おはよう四十万さん」


 遠くからでもわかっていた。

 歩いてくる姿まで絵になるあの子は僕の前で立ち止まり変わらぬ笑顔で挨拶してくれる。


「いい天気だね」

「うん、いい天気だね」


 「んっ」と差し出された手は何度も握ってきた柔らかな感触。


「行こ?」

「はい。行きます」


 キュッと鳴る彼女のローファーとギュッと結ぶ手のひらの感覚が同期する。


「あったかいね」

「うん。あったかいね」


 一日の始まりは暖かいご飯と暖かい日差しと暖かい彼女の手。



 あぁ最高に幸せだ。




 ――――――



 いつもより1時間早く着いた僕達はクラスの扉を開けると2人して固まってしまう。だってそこには起立をしたクラスメイト達が綺麗に並んでいたから。


「さぁ主役達よ上座へゆくのだっ!」


 見るとクラスのほとんど(黒神くろかみさん達)を除いた全員がお出迎えしてくれた。教室の壇上には4つの席が並び、既に丸味まるみくんと浅日あさひさんが座る。

 壇上の端には司会らしき机があり鮫島さめじまさんと矛先ほこさきくんがスタンバイ。おずおずとその横を通る時に矛先くんは小さな声で「お疲れ」と言ってくれたような気がした。


「シャシャシャッ。さて、我々の隠密部隊が仕事をしてきてくれたわ。まずはその労をねぎらって拍手っ!」


 おぉぉぉぉぉ!

 パチパチパチッ!


 席について早々鮫島さんが進行を始めた。

 クラス内はテレビで見る会議室のような熱気と静けさを併せ持つ。そしてその最もたる感情は興奮なのかもしれない。


「それでは調査結果を教えて貰いましょうか」


 パチンッ

 と鮫島さんが指を鳴らすと控えていた黒子くろこ(クラスメイト)がカーテンを閉め電気を消し司会の反対側にスクリーンが降りてきた。

 そして満を持した様子の浅日さんは持っていたタブレットを操作してスクリーンに投影する。いわゆるプレゼンテーションというやつだ。


「皆さん。今回のミッションは筆舌しがたい困難を伴いました」


「おぉぉ」

「だよな……相手に見つからず潜入だもんな」

「苦労しただろうなぁ」


「そうよね」

「見つかったら何されるかわからないものね」

「相手がいい人とは限らないしね」


『黒神シスターズの真相を追えッ!!』


 デカデカと映し出されたスクリーンを見て僕は丸味くんを凝視する。


(オレ、シラナイ、ナニモ、シラナイ)

(ダ、ダヨネ)


 どうやら浅日さんが日曜日の間に作ったらしい。


「我々の決戦のファーストステージはここよ」


 バンッ

 と映し出された風景を見てクラス内にどよめきが起きる。


「遊園地かぁ」

「デートの定番だよな」

「ここって新しくリニューアルした所だよな」


「ウマウマランドだわっ」

「私も知ってる! 確かカップルチケットを買うと特典が貰えるのよね」

「そうなの?」


 男子と女子の反応は様々だった。

「続けるわよ?」と浅日さんが言うと静かにその後の言葉を待つ。


「まず私達は怪しまれないようにカップルチケットを買ったわ」


 ドンッ

 と映し出された写真を見て僕は固まってしまう。


 男子達の反応

「「「「…………」」」」


 女子達の反応

「アレよアレ!」

「例の特典?」

「そう。にっきゅんとやえやえが付けてるブレスレット。通称ウマゆい


 恐らく「にっきゅん」とは僕の事で「やえやえ」とは四十万さんの事だろう。だって映し出された写真は、


「シャシャシャ。二句森にくもりくんいい顔してるじゃない。八重やえはいつも通りかしら?」


 僕と四十万さんが手を繋いで笑っている写真だった。


「ちょっ、浅日さん? いつ撮ったの?」

「ふふっ。凄いでしょ?」


 褒めてないよ〜!


「さて、相手がカップルならこっちもカップル。つまり木を隠すなら森の中作戦ね。男子達分かった?」


「お、おぉ。作戦なんだよな」

「だ、だな。教室に入ってきた時も手を繋いでいたように見えたが」

「お前らいい加減認めろって?」

「「うっせぇ!」」


 一部で何かの話し合いが行われている。

 やっぱり四十万さんってモテるんだよね?

 こんなに美人さんならそうだよね。

 だよね。


「写真を見てもらったら分かるようにこの人混みの中でターゲットを探すのは至難の業でした。なので私達はひとつずつアトラクションを念入りに捜査したのです。まずはこちらを」


 スクリーンが切り替わるとまたどよめきがおきる。


「このトロッコ知ってるわ」

「いいなぁ」

「見て、3番目に座ってるのニクちゃんじゃない?」


「本当だ。って隣は四十万さん?」

「だな。二句森は目を瞑ってるのかな?」

「確かこれはめちゃ怖いやつじゃなかったか」


 もうっ!

 浅日さん変な写真見せないでよ!

 恥ずかしいじゃん。


「残念ながらここでは発見出来ませんでした。次です」


 また写真が切り替わる。

 すると今度は女子の方から黄色い声が飛んだきた。


「いやぁ〜ん。これ憧れのシュチュじゃない?」

「八重ちゃんずる〜い」

「私もやってみたいなぁ」


 その写真を見た瞬間、男子達と一緒に僕は顔を覆った。


「一見ふたりがあ〜んをしながらアイスクリームを食べているように見えますが(実際そうですが)違うんです。これはお互いの視覚をカバーし合うよう私が指示を出した(嘘)的確な捜索術です」


 キリッとした顔で言ってたけど僕には嘘だって分かってるよ。だってあの時はしりとりで負けて罰ゲームでこうなったんだから。


「あ、浅日さんと丸味くんの写真がありませんっ!」


 耐えきれなくなった僕は大きく手を挙げて声を出す。すると浅日さんからはこんな返しが。


「あ〜。オビと私じゃ絵面が悪いからね」


 丸味くんの肩がガクッと落ちたのを僕は見逃さなかった。四十万さんに慰められた僕は色々諦めた。


「この作戦でもらちが明かないとふんだ私達が次に目指したのはなんとっ!」


 ゴクリッ。

 その唾は誰が飲んだのか。


「こちらです」


 スクリーンが切り替わるとパソコン上でよく見る「Now Loading…」の丸い円が出てきた。しばらく見ていたクラスメイト達は変わらない画面に首を傾げる。しかし唐突にスピーカーからザワザワとした音が先行して、


『お〜い二句森〜っ!』

『八重ちゃ〜んこっちよ〜』


 丸味くんと浅日さんの声が聞こえたかと思うと画面の中にはバンジージャンプ台に佇む小さな影があった。


 まさかっ!


「ちょっ浅日さん! これはダメ、ダメなやつだから〜っ!!」


 急いで彼女の元へダッシュしようとする僕を隣のあの子が引き止める。


「うぇへへへっ。まぁまぁまぁまぁまぁ」

「四十万さんも止めてよっ!」


 というかめちゃくちゃ強い力で動けないんですけど?


「バ、バンジージャンプ?」

「二句森、まさかあの高さから跳んだのか?」

「お前跳べる?」

「ムリムリムリ!!」


 アレ?

 何か僕の予想してた反応とは違うような。


「よくテレビで見るけど、まさか友達が跳ぶところを見るなんて」

「私、高所恐怖症だから失神する自信あるもん」

「だよねぇ」


 固唾を飲んで見守るクラスメイト達が画面の中の「さん、にー、いちっ」の声に引き寄せられて。


「「「「「バンジーッ!!!」」」」」


 何故か盛大な拍手が巻き起こる。


「いや〜。二句森すげぇな」

「見直したぜ」

「俺見てるだけでひゅんってなったぜ」

「俺も俺も」


 あのあの!

 僕と一緒に四十万さんも跳んだんですけど。


「ねぇ八重ちゃん、どんな感触だった?」

「柔らかかった? 硬かった?」

「抱き枕としてはアリ?」


 当の本人は女子達の質問攻めにあっていた。


「うぇへへっ。程よく柔らかくてしっかり硬い立派なモノを持ってたよ。抱き枕としては毎日抱き締めたいけど私専用になっちゃうね」


「「「おぉ!」」」


 こちらでも歓声が上がる。


(丸味くん。僕達って)

(あぁ、空気だな)


 おっしゃる通りです。


 本題に到達してないのにこんなに盛り上がる事ができるクラスは良いのか悪いのか。

 僕としては全く悪い気はしないけどもう少し当たり障りない写真を選んで欲しかった。


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