第38話 満たされた気持ち

 結論から先に言おうと思う。

 結論は大事だからね。

 言い訳じみた言葉よりも結論を知った後の方が対処もしやすいから。



 『結論』

 ウマ会長こと神月かみづき先輩は黒神くろかみさん達の彼氏ではありませんでした。



「そうじゃないかと思ってたけど、本人達の気持ちはねぇ?」

「うぇへへ」


 それを聞いた浅日あさひさんと四十万しじまさんはコソコソと2人だけで顔を合わせる。神月先輩からの命令でお腹いっぱいご飯を食べた後の事だ。

 その頃には怯えていた丸味まるみくんも少しだけ緊張が解けたみたいで先輩からの質問に答えていた。


「でもまぁ2人がクラスで楽しそうにしてるなら良かったよ」


 先輩の声はとても穏やかで小さい子に言い聞かせるみたいな安心感があった。


「それってどういう意味ッスか?」

「こらオビ! 気安く他人のプライバシーを聞かないのっ! アンタっていつもそうじゃない」


 2人の言い合いを見つめる先輩は何か懐かしそうな目をしていた。


「うぇへへっ。女の子には秘密がいっぱいですもんね。せ・ん・ぱ・い」

「あ、あぁ……そ、そうだな。うん、秘密がいっぱいだな」


 四十万さんからの問に先輩の目は泳いでいた。彼女には先輩の良い所をいっぱい知って貰おうと話題に上げる事が多かったのでその影響だろうと思う。

 年上の人との繋がりも出来たのでこれでいいのだと納得する。


 うん、僕はいい仕事をした!

 先輩から流れる汗は、きっと辛い物を食べたからだよね!


「と、ところで君たちは部活って決めた?」


 話題を変えるべく発せられた言葉に浅日さんが手を上げる。


「私、新聞部に入りたいですっ」

「お、おう。新聞部か……新聞部」


 少し残念そうな声。


「俺……自分はまだ決めて無くて」

「お、おぉ!」


 丸味くんの声にテンションが上がっていく先輩。


「そう言えばアンタもう卓球はやらないの?」

「卓球……か」


 しかし浅日さんからの言葉に今度は丸味くんのテンションが下がる。


「目標にしてた選手がいるんでしょ?」

「でもその人達……見かけないからさ」


「ふ〜ん。私は卓球やってるアンタ好きだったんだけどな」

「へっ?」


 先輩が口を一文字にして成り行きを見ている。


「それでも、あの人達が戻らない場所なんて」

玉蹴たまけり中学の"剛と柔"だったかしら?」

「あぁ。あの2人に憧れて卓球やってたからな」


 先輩の顔が青ざめてる気がする。

 辛い物ダメだったのかな?


「ま、まぁアレだ。仮入部期間が終わるまでに色々回るといいさ。ちなみに丸味くんは写真部には近付かない方がいいぞ」

「写真部ッスか?」


 写真部って確か凄い組織の場所だよね。部室の前を通りかかったらなんか謎の儀式してたもん。


「あぁ。絶対に写真部には近付かない方がいいぞ。うん、絶対にだ」

「先輩が言うなら」


 疑問顔の丸味くんはよく分からないまま頷いていた。


「ちなみに二句森くんと、し、四十万さんは?」


 話がこっちにきたので僕は思った事を口にする。


「実はウエイトリフティングに入りたかったんですけどその部活が無くて。僕、父さんや先輩みたいに漢らしくなりたいんですけどなかなか」


 父さんは肉体的な強さを持っている。

 先輩は精神的な強さを持っている。


 そのふたつが合わされば、僕は想い人にこの気持ちを届ける事ができるだろう。


「目標にしてくれるのはありがたいよ。素直に嬉しい」


 はにかんだ笑顔は僕達と変わらない高校生なんだと思わせる。


「でも確かにウエイトリフティング部は無いもんなぁ。確か俺が入学する前に登山部と吸収合併したんじゃ無かったかな」

「そうなんですか」


 ならしょうがないよね。


「部活で体を鍛えるのもありだけど、効率を重視するからやっぱりトレーニングジムかな」

「ジムですか?」


 話は終わりかと思ったけど、先輩は僕が落ち込んでるのを見て意見をくれる。


「こう言っちゃなんだけど、俺も数年前まで凄かったから」

「あっ……た、確かに」


 何がとは言わないけど出会った時の先輩は確かに凄かった。


「ここ数年でやっと成果が見えるようになってさ」

「確かに!」


 一縷いちるの望みが見えた気がした。


「二句森くん……十蔵じゅうぞうくんさえ良ければ、ここに体験においでよ。俺の信頼してるお師匠がトレーナーしてるんだ」


 そう言った先輩は1枚のチケットをくれた。


「ホワイトキングジム」


「気が向いたら遊びに来て」先輩は丸味くんや浅日さん四十万さんにもチケットを配っていた。


「ところで、えっと……し、四十万さんは何か部活とか決めましたか?」


 父さんが得意先の人と話すような声のトーンで先輩は最後の一人、四十万さんに問いかける。


「ウマ先輩は料理部でしたよね?」

「は、はいっ! そうですっ」


 アレ?

 上下関係逆転してない?


「料理部って事は如月きさらぎ先輩や黒神くろかみ先輩、白咲しらさき先輩と加南かなみ先輩もいるんですよね?」

「はい! 在籍してますっ」


 四十万さん凄く詳しい。

 もしかして僕が教えた人達を自分なりに調べたのかな?


「うぇへへ。(殿方を)美味しく料理して食べるんですよね?」

「……ノーコメントで」


 美味しくの前は聞こえなかったけど、先輩には聞こえたのかな?

 あと、やっぱり先輩の汗はすごい量だ。体調が悪くなければいいけど。


「十蔵くん」

「な、なに四十万さん?」


 唐突に話を振られて慌ててしまう。

 そんな僕に彼女は一言。


「今度、料理部行ってみない?」


 料理部。

 その選択肢は考えて無かった。

 でも考えてみれば憧れの先輩がいる部活。

 それに家事ができる男はモテるって何かの記事で読んだ記憶がある。


「う、うん。じゃあその……お邪魔します」

「うぇへへ。という事で料理部にお邪魔します」


 僕達の声を聞いた先輩の顔は色んな感情が混じった複雑そうな顔をしていた。


「お、おう! 歓迎する。めっちゃ歓迎するぞっ!」


 それからはクラスであった事や担任の先生の話、これから行う学校行事などの話をしながら楽しい時間を過ごした。


「それじゃあウマ会長また学校で」

「ウマ会長ご馳走様でした! 美味しかったッス!」

「神月先輩、また話聞いてくださいね」


「うん。みんなもありがとう」


 その「ありがとう」には黒神さん達と仲良くしてくれての意味が込められている事を僕達は知っている。


「うぇへへっ。今度生徒会室に遊びに行っていいですか?」


「お、俺が居ない時なら」


「それじゃ意味が無いですよ〜首洗って待ってて下さいね♪」


 先輩の額がびしょびしょだ。





 こうして僕達は長く感じた極秘任務を無事に終える事ができた。収穫は数え切れないほどあるけど、やっぱり一番は、



「えっへへ。四十万さんと2度目のデートしちゃった」



 それが何よりも嬉しかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る