第37話 優しい先輩命令

 少しの不安と少しの期待を抱きながら僕達は無言で先輩の後に続く。


 月詠学園の3年生・神月翔馬かみづきしょうま先輩。


 僕が先輩を初めて見たのは中学生の頃だったと思う。お店のショーケースに張り付いて「あれも美味しそう」「これも美味しそう」と嬉々とした声を上げていたのが印象的だった。

 それが嬉しかったのか父さんが色々と説明してくれたり試食をあげたりと随分と盛り上がっていた。


 学生服で来る事も多かったのでこの時初めて高校生なのだと理解した。その頃の僕は臆病な性格だったので店の奥から遠巻きに見ている事しか出来なかった。


 そんなある日、父さんと母さんが店の奥で作業をしているタイミングで先輩がやってきた。いつもの制服ではなくどこかのお店のコックさんのような服装だった。


「ちょっと食材が足りなくてコレをお願いします」


 子供っぽい僕にも先輩は丁寧な口調で話してくれた事が嬉しかった。後で聞いた話だけど父さんが僕の事をいつも自慢していたらしい。少し恥ずかしいような嬉しいような。

 年上のお兄さんと話せたという事が僕の心を少し柔らかくしてくれた。


 それからはまた恥ずかしくなって遠目から見る事が増えたけど、「奥さんと息子さんと食べてください」と先輩の働いてるお店のお菓子を持ってきてくれた。


 いつからだろう。

 先輩が女の人と一緒に来るようになったのは。

 銀色の髪の女の子。

 おかっぱ頭の女の子。

 ポニーテールの女の子。

 黒髪ロングの女の子。

 お胸がムネムネの女の子。

 日焼けが眩しい女の子。


 男らしくなったら僕も女の子とお出かけできるのかな。

 少し不純な理由かもしれないけど僕だって男の子だ。そんな事を思っていると父さんから月詠つくよみ学園を勧められた。


 文化祭や体育祭を間近で見て、ここしかないと思えたのだ。




 ――カランッカランッ



 現実に戻るベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」

「5人でお願いします」

「かしこまりました。ご案内致しますね」


 席に案内されたタイミングで「ちょっと御手洗に行ってくるから適当に座ってて」と困った顔で先輩は離れていった。


「気を使ってくれたね」

「うん」


 四十万しじまさんの鋭い観察眼に僕も頷く。


「と、とりあえず座りましょうか」

「おう。端は俺と二句森にくもりで固めて、何かあったら盾になるから」


 丸味くんが物騒な事を言い出した。

 見ると指がカタカタとしていたのでよっぽど悪魔召喚祭のトラウマがあるのかな。隣の浅日あさひさんも少し声が震えてる気がする。いつもはキリッとした雰囲気なのにやはり先輩だから苦手意識があるのかも。


 先輩は優しくて凄いのに。


 少しだけ、ほんの少しだけでも先輩への印象を柔らかくして欲しいけど今の僕には何出来ない。


「お待たせっと……?」


 先輩が戻ってくるととても不思議な顔をしていた。それもそのハズ、僕達は6人掛けのテーブル席で4人が横一列に並んでいるのだから。


「何かの面接みたいだな」


 と聞こえるか聞こえないかの小声で苦笑いしたのを僕だけが知っている。


「とりあえず注文を……あっ、後にしますか」


 メニュー表を取ろうとして僕達の顔を見て引っ込めてしまう。何をどうすればという感情が僕にも分かる気がして少しおかしかった。


「みんなは俺の事知ってるみたいだけど、自己紹介するね」


 務めて笑顔を絶やさないようにする先輩。


「月詠学園3年の神月翔馬です。生徒会長もやってます」


 先輩の優しい口調と笑顔で安心したのか浅日さんと丸味くんが口に出す。


「ほらやっぱりウマ会長じゃない」

「リアルウマだ」


 ちょっとみんな面と向かって


「ウマ」

「ウマウマ♪」


 僕も口に出ちゃった。

 ヒソヒソ声を心掛けたけどこの距離じゃ意味ないよね。ごめんなさいウマ会長……じゃなかった神月先輩。

 そんな先輩はさっきと同じような苦笑いで聞こえないふりをしてくれた。


「みんなは黒神さん達のクラスメイトでいいのかな?」


 出会った時と同じ質問を投げかける先輩に意を決して浅日さんが口を開く。


「はい……」


 やっぱり声が震えてる。

 その返事を聞いた先輩は何かを考えるような素振りで僕達の顔をゆっくり見渡す。丸味くん浅日さんと続いて四十万さんの時はビクッとした顔になり僕へと巡ってきた。そして僕で目を止めるとパチパチパチと何度か瞬きを繰り返し「ん? う〜ん……ん?」と考えてる様子。

 そして突然、


「ご、ごめんなさい! 私の名前は浅日詩書あさひしかくって言います! 食べないでっ」


 急に浅日さんが立ち上がり慌てた様子で頭を下げる。浅日さんに促されて丸味くんも立ち上がり。


「お、俺は丸味帯太まるみおびたて言うッス! すみませんウマ会長、悪魔に売らないでくださいッス!」


 いつもの丸味くんのでは考えられないような言い方に僕は呆然とする。そして顔には玉のような汗が浮かんでいた。丸味くんに続くように僕の隣のあの子が薄らと笑う。


四十万八重しじまやえです。会長に興味があります……うぇへへ」


 良かった。

 四十万さんはいつも通りだ。

 と安心してるけど僕はまだ名乗っていない事を思い出し慌てて口を開く。


「ぼ、僕の名前は二句森十蔵にくもりじゅうぞうです。あの……」


 先輩……僕の事分かりますか?

 覚えてくれてますか?

 そんな期待を胸にジッと見つめてしまう。


 えっと、何か印象に残っている事はないかな。僕個人よりお父さんの方がよく話してたよね。だったら去年の文化祭のあの出来事は覚えてくれてますよね?

 頭の中で考えた事を早く伝えたくて僕は半身を乗り出して言葉を投げた。


「人間砲台会長ですよね!」

「パワーミートレジェンドの!」


 先輩と声が被っちゃったけど僕は嬉しかった。


「はい、二句森太にくもりふとしの息子です! いつもお店をご贔屓にして頂き有難うございます!」


 嬉しさ倍増の僕は先輩の顔をマジマジと見る。「人間砲台会長って?」「新しい称号?」「詳しくっ」と3人は言ってるので軽く説明した。


「人間砲台なのはキミのお父さんであって俺は弾だったんだけど」

「それでもカッコよかったです! 僕、強い男になりたくてっ」

「アレはなかなか怖かったよ」


 とまた苦笑い。

 それを見ていた丸味くんと浅日さんは少し落ち着いたのかホッとした表情になる。


「何か食べながら話そう」


 先輩が提案してくれたけど。

 実は僕達の日本銀行券は乏しい訳で。


「あ〜……アンタお金残ってる?」

「さっきのウマウマランドで使っちまった。詩書は?」


「私もほとんど残ってない」

「だよなぁ」




 高校生にとって遊園地は結構な出費だった。ふたりは「ドリンクだけにするか」とメニューを閉じようとしていた。

 僕と四十万さんも似たようなものなので右に倣えをしようとした所で。



「みんな、ここは俺が出すよ」


「「「「えっ?」」」」



 メニュー表から顔を上げた僕達は驚いた声を出す。


「でも……」

「私達はドリンクだけで」


 流石に初対面にも等しい僕らにそこまでする義理は無いはず。いくら学校の後輩と言ってもなんのメリットも無いのではと浅日さんの声が言っていた。

 しかし先輩は一瞬何か考える素振りをした後で四十万さんと似たような表情で笑うのだ。


「先輩命令発動! 俺より少なく注文したヤツは罰ゲームでモノマネな」




 二カッと笑った先輩は電子端末にオーダーを次々入れていく。それを見た丸味くんと浅日さんは「悪魔にされる〜」と慌てた顔で競うように電子端末に打ち込んでいく。


「いい先輩だね」

「うんっ!」


 僕にだけ聞こえる声で言ってくれた言葉が1番嬉しかった。



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