第36話 これはえっと、ナンパ?

 ウマウマランドを満喫した。

 満喫しきったと言ってもいいくらい満喫した。


「ねぇみんな、黒神くろかみシスターズが移動するみたい」


 浅日あさひさんの言葉に僕は少し名残惜しさを噛み締める。


「なんかもう帰ってもいいんじゃねぇかと思っちまう」


 丸味まるみくんの言葉にほんの少しだけ頷きそうになりながら別の事を口にする。


「ま、まだウマ会長が彼氏って決まった訳じゃないよね? だからもう少し」


 もう少し一緒にいたいです。


 僕の今までを振り返ってもこんなに充実した日は初めてだった。小学生の頃は両親がなんとか休みを作ってくれて色々と連れて行ってくれた。それ自体は嬉しかったけれど、お店が忙しいのは知ってたから少し申し訳ない気持ちになる。

 中学時代は言わずもがな男として見られてないような疎外感でクラス内の空気を読んでいたと思う。もしかしたらそれはクラスメイトの優しさだったかもしれないけど、心の底から楽しいと思える時は少なかった気がする。


「うぇへっ。もう少し私とカウボーイしたかった? いやカウガールかな?」

「ち、ちがっ」


 乗馬体験は本当に心臓に悪かったよ。


八重やえちゃんあんまりからかわなないの。二句森にくもりくんの心臓に悪いでしょ?」

十蔵じゅうぞうくんのハツが美味しそう? それには同意」


「言ってねぇ〜」と隣の丸味くんがツッコむと自然と僕達は笑い出す。


「楽しかったねウマウマランド」


 名残惜しいとはよく言ったものだ。


「だね」

「また来ればいいさ」


 うん。

 また来ればいいんだよね。


「今度はふた……」

「あっ!」


 四十万しじまさんが何かを言おうとした時に僕はやり残した事を思い出し大きな声を上げた。


「ど、どうした二句森?」

「ビックリしたぁ」


 ふたりに申し訳なく思いつつ、何かを言おうとした彼女に向き直る。


「四十万さん今なにか言いかけなかった?」

「……十蔵くんアウト」

「えっ!?」


 四十万さんのジトッとした目と膨れた頬は初めて見た。この遊園地は彼女の知らない顔をいっぱい見せてくれたのだ。


「それよりどうした?」


 丸味くんに言われて僕はやり残した事を口にする。


「あ、あのね。ちょっとお土産屋さんに行きたいなって」


 僕の言葉に首を傾げるふたり。


「えっとね。実は昨日、矛先ほこさきくんから連絡があってね」

「シャチから?」


 僕達のクラスの副委員長・矛先鯱楼ほこさきしゃちろうくん。見た目は少しヤンチャしてそうな男の子だけど僕は最近その印象を改めつつある。


 昨晩の出来事


『――二句森。嫌だったら断っていいんだからな? 無理してないか? 体調は大丈夫か? 誰かに脅されてないか?』


 突然知らない番号から電話がかかってきた時はビックリしたけど声の主はクラス内で話す声より穏やかに聞こえた。

 心配してくれた彼に「大丈夫だよ」と言うと「そっか、なら楽しんでこい」と送り出してくれた。


「……シャチくんってそんなキャラだっけ?」

「いやぁ想像できねぇな。でもクラスで見てると二句森には甘い? 気がするな」

エネミー?」


 みんな酷いよ!

 四十万さんに至ってはエネミーってなんなのさ!


「だからその。心配してくれた矛先くんに何かお土産を買おうかと」


 僕のお財布事情もあるから流石にクラスメイト全員には難しい。そんな提案に一瞬だけ考えた3人は「行きましょうか」と言ってくれた。

 それぞれお土産を買った僕達は長いようであっという間だったウマウマランドに別れを告げた。



 ――――――――



「ほ、本当にここなのか? 間違いじゃねぇのか?」

「場違い感が凄まじいわね」

「うぇへへ。エロい所だったりして」

「そ、そんな事……」


 僕達は今、大きなビルの前に居ます。

 大きなビルと言っても敷居が高いビルなのです。

 ガラス越しに見える室内には豪華なシャンデリアがキラキラとして、大人なお姉さん達がエレベーターの向こうに吸い込まれている風景を目の当たりにしています。



「さ、流石に間違いだよね。ちょっと黒神さん達に……」



 しばらくそこで固まるしか無かった僕達は浅日さんの方に集まって一緒にスマホを覗く。

 しかし電話をしても繋がらないので少しだけ焦りが生まれる。


「な、なぁ。本当にここに入って行ったよな?」

「そ、そうね」


 流石にこのビルは高校生にはマズイなと感じてしまう雰囲気があった。


「もうやめようよ。後で怒られるって」

「私はもうちょっと見てみたいかも」


 四十万さんは何に対しても興味が尽きないご様子。

 右往左往していると突然後ろから――



「あの君たちは……」


「「「「――っ!」」」」



 肩をはね上げた僕達。

 一塊になっていたのでおしくらまんじゅうのように体を寄せ合った。そして恐る恐る振り返ると……くだんのあの人が姿を見せる。その人は突然話しかけて申し無さそうな顔で手が宙をさ迷っていた。

 そしてポリポリと頬を掻きながら確認とばかりに口を開く。


「えっと。黒神くろかみさん達のクラスメイトだよね?」



 目を大きく開けてフリーズしてしまう。

 一体いつから気付いていたのか。私達の隠密は完璧だったハズだと浅日さんの顔が物語っていた。


 ど、どうしよう。

 怒られるのかな……怒られるよね?


 僕達の心を見透かしたようにウマ会長は声を出す。しかしその内容は全く別の言葉だった。


「えっと……とりあえずお茶でもどう?」



「「「「…………」」」」



 僕達はナンパされた。


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