第35話 貴重で騎乗な初体験
当初の目的を達成した僕達はレストランを後にする。
「ふたりとも幸せそうだったわね」
「最後のドヤ顔さえ無けりゃな」
「どうだった? 私の感触」
「あえっ! えっと……その」
「や、柔らかかったです」
「それは何より」
黒神さん達と同じように彼女の顔も優越感に浸っているようだった。
「とりあえずこれからどうするよ?」
「そうねぇ。目的は達成したけど何か釈然としないのよね」
「どういう事、浅日さん?」
彼女が何を疑問に思っているのか聞いてみる。
「ウマ会長は彼氏って感じじゃないっていうか……う〜ん。こればっかりは乙女の勘としか言えないわね」
「どこが乙女……ぐふぁっ!」
肘打ちが丸味くんにクリーンヒットした。幼馴染ってこういう風に馴れ合うのかな。でも確かに僕もウマ会長が彼氏っていうのは何か違うと思う。
「わからない事は聞けばいいんだよ」
「
こういう時の四十万さんは行動力が段違い。
「直接ウマ会長を縛り上げればいいんだよ」
キリッと良い顔で怖い事を言い出した。
「そ、それはどうかなぁ」
「俺もちょっと反対だな。反撃にあってこっちが悪魔にさせられたらたまったもんじゃねぇ」
ふたりはあの悪魔召喚祭がよっぽどトラウマだったようで身震いをしている。こういう時は話題を変えないと。
「と、とりあえずふたりから連絡あるまで自由行動しない?」
さっきまでも自由行動だった気がするけど気にしない。
「だな。考えても始まらねぇし」
「そうね。園内マップでも見ましょうか」
近くの案内板の所で「ここは行ったしな」「あれも良かったよね」と行った場所の感想を言い合う。すると僕達4人の目が同じところで止まった。
「「「「乗馬体験」」」」
ふむ。
ウマウマランドの名に相応しくお馬さんに乗れたりするのかな。
「行ってみるか」
「ちょっと楽しそうじゃない?」
「うぇへへへっ」
四十万さんは僕の方を見ると意味深に笑うのだった。
――――――
「ようこそ乗馬体験へウマ〜!」
ウマ耳お姉さんはにこやかなスマイルで僕達を歓迎してくれた。予想はしていたけれど子供連れのお客さんがいっぱいだ。
「ふわぁ! お馬さんだ」
「ふふっ。二句森くんいい反応するね」
ちょっと子供っぽいかなと思うけど素直にそう思ってしまう。子供の笑い声やお馬さんに配慮しながら写真撮影する風景はとても温かいものがある。
「お客様は乗馬体験は初めてウマ?」
圧倒された僕達はコクコクと頷く。
「それならあの子が優しいウマね」
お姉さんはそう言って少し離れた所から灰色の毛並みのお馬さんを連れてきた。
「この子の名前はサクラちゃん。活発な女の子ウマ!」
ヒヒンッと一鳴きするとサクラちゃんは僕達を見つめる。
「うぅ」
「どうした二句森?」
実を言うと僕は。
「あの……ちょっと大きな動物が苦手で」
「そうなのか? なら無理して来なくても」
と言ってくれる丸味くんに僕は正直な気持ちを告げた。
「いつまでも苦手じゃダメかなって。高校生になったんだから大人の一歩を踏み締めなくちゃって」
「二句森くん」
何故か変な空気になりつつあるので、本当に伝えたかった事を口にする。
「それにみんなが居るから。この3人がいるなら大丈夫かなって……あははっ」
最後の笑いは少しの照れ隠し。
中学時代は容姿の事で漢らしく見てくれなかったけど、この3人はそんな事は気にしない。なんなら積極的に僕と関係を持とうとしてくれているんだ。だったら僕もみんなと肩を並べて歩きたい。
「ヒヒンッ!」
「おわっ! あわわっ」
少しの沈黙を破るようにサクラさんが僕の顔やら頭やらを舐めまわしてきた。圧倒された僕はなすがままになってしまう。
「お馬さんは人の心が読めるって言われてるウマ! 少年の無垢な心に刺激されたウマね」
うんうんとしんみり解説してくれるお姉さん。そんな事より助けてください。
尚も舐め回される僕の手はグイッと引っ張られてサクラさんから距離を取る。
「むっ!」
「フヒッ!」
見ると四十万さんとお馬さんの視線がぶつかり合っていた。幻覚かもしれないけど、バチバチと火花が散っているように思う。
「こらこら八重ちゃん。お馬さんにまで嫉妬しないの」
「……でも」
珍しく四十万さんが戸惑っている。
それでも彼女はサクラさんを睨んでいた。
「私の方が
「フヒンフ、フフヒン!」
きじょうスキルってなんだろう?
きじょう……キジョウ……机上?
後、四十万さんお馬さんと会話できるの?
「八重ちゃん! 何言ってんの!」
「あ〜あ〜聞こえな〜い。俺は何にも聞こえな〜い」
浅日さんと丸味くんが取り乱したように他人のフリをし出す。
「日々私はイメージトレーニングしてるのよ」
「フンッ。フッヒフフヒヒ」
「何人も経験してるからってバカにしてるわね」
「フヒヒッ」
四十万さんが大きな声を出すのを久しぶりに聞いた気がする。それに感情が表に出てるのも珍しい。僕の手は力強く彼女に握られている。
「初めての騎乗を捧げる栄誉は貴女には無いでしょ?」
「……フ、フヒ」
サクラさんがバツの悪そうな顔をしている(気がする)
「ふふんっ。経験がありすぎるってのも考えものよね。私は初めてを捧げる事ができて、彼の初めても私で決定してるの。ポッと出の貴女につまみ食いされたんじゃたまったものじゃないわ」
「フヒ……フッヒフフヒヒン?」
四十万さんに疑問を投げかけているような(気がする)
「そうよ。ここにはその目的で来たわ。だけど貴女の心根が透けて見えたからね」
「……ヒヒン、フヒヒン」
言い淀んで何かを提案した(気がする)
「わかるわ可愛いもの。けど可愛いだけじゃない。困っている時に手を差し伸べられる人よ」
「フヒン」
何の話をしているのだろう。
「えぇそうね。貴女は知らないでしょうけど男らしい部分もあるの」
「フホゥ?」
「まず目が綺麗だわ」
「ヒンッ!」
「わかってるじゃない! それから手も食べたくなるわ」
「ヒヒンッ!」
いつの間にか四十万さんは僕から手を離してサクラさんの前に移動する。
「もっと聞きたい?」
「ヒンフッヒンフッ!」
それからどれくらい時間が経っただろう。
乗馬体験のお姉さんも僕達も、彼女(四十さん)と彼女(サクラさん)の話に水を差す事は無かった。
――そして、
「妥協案で十蔵くんと私が一緒に乗る事になったわ」
「「「「えっ?」」」」
この4人の「えっ?」は僕と丸味くん浅日さんとお姉さんの「えっ?」になる。一体全体何がどうしてそうなったのか。
「まぁここは経験者の先輩を立てるって事で私も納得する事にしたの」
「や、八重ちゃん?」
「おウマのお姉さん出来ますよね?」
問われたお姉さんは鳩に豆鉄砲を喰らったような顔でコクコク頷く。
「えっと……四十万さん?」
「大丈夫だから十蔵くん。予行演習だから」
予行演習ってなんですか?
今から乗馬体験の本番じゃないんですか?
「ほ、本番は?」
「うぇへへっ。それは色々と順序があるんだよ」
そ、そうなのかなぁ。
とりあえず乗馬体験初心者の僕はそれに従うしかないのだけど。
でもでも四十万さんも初めてって言ってなかったっけ?
「コホンッ。それでは気を取り直してサクラちゃんに乗るウマ」
お姉さんに促され僕は恐る恐る彼女の元に。
「よ、よろしくお願いします。サクラさん」
「ヒンッ」
ブルンッと鼻息荒く僕の頬に顔を寄せる。手で触れると温かくホッとした。
「まぁこれくらいなら」
後ろで四十万さんが何かを呟いた。
「よ、よっと……うわぁっ! た、高い」
想像していたより目線が高くて怖い。それに自転車とは違い足を大きく開いているので違和感が凄い。
「よいしょっと」
なんと四十万さんは僕の後ろに軽やかに乗ってきた。
「手馴れてるんだね」
「まぁね。騎乗のイメージトレーニングは毎日してるから」
きじょうのイメージトレーニング。
机上でイメージトレーニングの間違いなのかな?
まぁいいや。
「どう? お尻が暖かいでしょ?」
「うん。なんかじんわりしてる」
「でしょでしょ。それと内股に力入れて」
「内股?」
「ここら辺だよ」
「ふにゃぁ!」
後ろから抱きつかれながら彼女に触られた位置は絶妙にアウトな場所だった。
「ほら、うぇへ。ここここ。うぇへへへへへへへへっ」
「し、四十万さん! や、やめてぇ」
さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら。いつもの彼女……いつも以上の彼女が戻ってきた。
「そ、それじゃあ出発するウマよ〜」
「いってらっしゃい。八重ちゃん程々にね」
「二句森……なんか色々頑張れ」
何故か友人ふたりは遠い目をしていた。
パカラパカラと
「サクラさん凄いね」
「ヒヒンッ」
「乗馬初心者にはうってつけのゆっくりしたペースだからウマね」
大きな動物は苦手だったけど、それは僕の意識の問題だったかも。こうやって触れて乗ってみると案外大丈夫なものだ。
「うぇへへっ。十蔵くんと騎乗初体験……それも人馬一体で特殊プレイ……フヒヒヒヒヒッ」
四十万さんがサクラさんみたいな笑い声になってる(気がする)
僕の乗馬初体験は四十万さんとサクラさんの素敵な(?)組み合わせでした。
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