第34話 お腹を撫でると幸せになるの?

 レストランに入ってきたのは黒神くろかみさん達。学校の時と違ってとても大人っぽく見えるのは服装とお化粧の賜物なのかな。

 そしてそのふたりに手を引かれて来たのは彼女達が彼氏と呼ぶ人物。


「まさか……な」

「ちょっと予想外なんだけど」

「うぇへへ」


 3人の反応は様々で丸味まるみくんと浅日あさひさんは口をポカンと開けていた。四十万しじまさんの感情は分からないけどきっと驚いているんだよね。


「彼氏ってウマ会長?」

「でもさ、ウマ会長って同じ学年に彼女居るんじゃなかったっけ?」

「修羅場♪」


 少し前の告白現場事件で3人にはウマ会長、神月翔馬かみづきしょうま先輩の事を話した。その時に彼女が居るって言ったのを憶えてたみたい。


「二股……いや三股になるのか?」

「いや待って、私調べではウマ会長の彼女は1人じゃないわ」

「しゅしゅ修羅場♪」


 四十万さんがイキイキしている。


「って事はどういう事だ?」

「確かこの前の悪魔召喚祭の人も彼女じゃなかったかしら」

「どっちもイけるんだ♪」


 アレ?

 浅日さんも混乱してるのか情報がぐちゃぐちゃになってる気がする。


「や、ヤベェじゃん。ハーレムどころじゃねぇじゃん。確か銀髪の副会長が彼女だろ? それに別の彼女も居んのか? さらには悪魔も手中におさめてからの……黒神シスターズって。ヤベェじゃんっ!!」

「ちょっと落ち着きなさいオビ! 尾行がバレるでしょ!」

「えっちだねウマ会長♪」


 ぼ、僕はどうすればいいんだろう。

 ふたりは混乱してるし四十万さんはワケのわからない事言ってるし。

 でも良く見たらウマ会長の顔が疲れ果ててるように見える。もしかしたら午前中に黒神さん達に振り回されたのかな? ちょっとありそうな気がして笑みが零れる。


十蔵じゅうぞうくん何かおかしかった?」

「黒神さん達の顔が幸せそうだなって」


 僕の言葉で3人が見ると、


「……確かにな」

「うん。ふたりのあんな顔見ちゃったら、彼氏が誰とか関係無いわよね」

「私達は……ね」


 四十万さんの言う通り。

 とりあえず僕達はウマ会長が彼氏だと知ることができた。しかしこれをクラスメイトに報告した時ざ少し怖い。いつぞやの阿鼻叫喚が再び起こるのではと内心冷や汗をかいてしまう。


「とりあえず観察を続行よ」


 そんな訳で少し離れた席に座った彼女達を見守る事に。僕達のテーブルに運ばれてきたパーティメニューを食べながら刑事ドラマみたいに姿勢を低くする。



「――きゃはは」

「――ウマウマ、あ〜ん」

「――ちょ、やめろっ!」



 終始楽しそうな笑い声の中、黒神さん達は食事を続けていた。僕達のテーブルよりも豪華なメニューが彼女達のお腹へと消えてゆく。



「格差社会だわ」

「あのメニューめちゃ高いヤツじゃん」

「デザートも頼むみたい」


 監視対象に殺気を込めだしたので僕はフォローを入れる。


「う、ウマ会長はバイトしてるから、きっとお給金がいいだよ」

「「「バイト」」」


 それでもひがみは止むことなく。


「金があって彼女がいて」

「会長で人望があって」

「馬がウマでウマして」


 こんなに沈んでる3人を見るのは初めてだ。さっきまでのテンションが嘘のようにどんよりしていた。食べ物の力ってそれだけ偉大なんだ。あと四十万さんはよくわからない。


「と、とりあえず僕達ももうひとつぐらい頼もうよ? ね?」


 話題を変えることでなんとか深淵までは落ちずに済んだ。




 そして食事を終えて談笑タイムに突入してる時に奇妙な光景を目にする事に。


「あれは、何してんだ?」

「ん? アレは何してるのかしら?」


 ふたりに言われて僕と四十万さんも見てみると。


 ――さわさわ


「「「「?」」」」


 ウマ会長が黒神さん達のお腹を撫でていた。


 ――さわさわさわ


 撫でられたふたりはとても気持ちよさそうに、僕から見れば猫のような表情になっていた。そんな感想を3人に言おうとしたのだけど。


「まさかっ!」

「おいおいおい……マジか」

「スキャンダラスが止まらないっ!」


 悲鳴にも似た驚き方をする3人。


「えっと。3人ともどうしてそんな顔してるの?」


 僕の疑問に何と言っていいかわからない表情で3人は顔を見合わせる。


「お腹いっぱい食べて嬉しいって事だよね?」


 僕も小さい頃はお母さんに撫でてもらった思い出がある。きっとそういう事だよね。


「いや……二句森にくもりくんにはまだ早いというか」

「知っていい事と悪い事がある。俺の予想が的中してるなら後者だ。これは学園を揺るがしかねない問題だ」


 疑問顔の僕に四十万さんが今日1番の笑顔を向ける。


「ウマウマがタネタネでうまっうまっ! なんだよ♪」


「四十万っ!」

八重やえちゃんっ!」


 四十万さんがふたりに怒られた。


「うぇっへへ。私も十蔵くんに撫でてほしいなぁ」

「撫でるだけでいいの?」


 思えばいつも行動を起こしてくれたのは彼女だ。手を繋ぐ時もナンパから守ってくれたのもデートに誘ってくれたのも。そんな彼女が何かをして欲しいとお願いしてくるのだ。

 女の子に触れるのは未だに勇気がいるけれど、彼女のお陰で僕も漢になりつつある。


「に、二句森くん?」

「二句森? 流石に真似しなくても」


 いつも後ろの席から眺めてる丸味くんと浅日さんはボディタッチが多めだった。それが少し羨ましく思ってたって事もあると思う。これが教室でだったらきっと臆してしまうだろう。けれど今は誰も僕達に注目していない。ならばここは漢らしい所を見せなくちゃ!


「さ、触るよ」

「ん、優しくね」


 薄い……薄いTシャツの上から彼女のお腹に手を触れる。


「あっ」

「ひゃいっ!」


 彼女の声で手を離してしまう。


「いきなり強くはダメ」

「ご、ごめんなさい」


 だったらもっと優しく。

 子猫に触れるように。


「んくっ」

「わひゃい!」


 こ、今度はなに?


「もっと下がいいなぁ」

「は、はい」


 イメージは赤ちゃんに触れるように。


「気持ち〜♪」

「こ、これでいいの?」


 今の彼女は黒神さん達と同じように幸せそうな顔で蕩けていた。



「……ねぇオビ」

「俺はコイツらみたいな強心臓じゃねぇっ!」



 そんなふたりの会話を聞きながら、本来の目的をコンプリートしたのだった。



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