第32話 人間バンジー最後は馬
小学生ぶりの遊園地で少し斜に構えていたけれど、そんな事は気にならないくらい充実したものになっていた。
きっと一緒に居るメンバーが
「結構遊んだと思ったけどまだ昼前なんだよな」
「そうね。来た時は人が多くてビックリしたけど、待ち時間もそんなに無かったし効率がいいのかしら」
お店で売られていた"ウマっちょジュース"を飲みながらベンチに腰掛ける僕達は、程よい気候に有難みを感じながらそんな感想を言い合う。
「
「はいどうぞ」
「ありがと」
エメラルドグリーン色のメロンソーダ。
ストローに口をつけた彼女はチュウチュウと小気味のいい音を立てて美味しそうに飲んでいる。
「ぷはっ。ウマウマだね」
「ふふっ。それは良かったよ」
「私のも飲む?」
「その白色のはなんだっけ?」
「
「少し貰っても?」
「はいどうぞ」
言い方はアレだけど乳白色のジュースも美味しそう。僕は何も考えずに彼女と同じようにチュウチュウ飲む。
「うぇへへっ。十蔵くんが私の乳白色の液体を美味しそうに飲んでいる」
「「ぶはっ! ゲホッゴホッ」」
真正面のふたりは同じように噴水を作ってしまう。
「ちょっと
「
はて?
ふたりは何を不思議な顔をしているのだろう。
気になって四十万さんの方を見ると自分のジュースをチュウチュウと飲んでいる。
――チュウチュウと
――チュウチュウ
――チュウ?
――はっ!?
「天然もここまでくれば神格化してもいいんじゃねぇかな」
「クラスの男子が見たら卒倒もんよね」
ふたりの顔を見て今更ながら理解してしまう。
「し、四十万さんわざとでしょ!」
「えらく素直に渡してくれるなぁって思ってたんだけど。なぁに初めてじゃないでしょ?」
「うくっ」
そうだけど。
映画デートの時にジュースが無くなった彼女に渡してしまったけど。
「まさかそこまで進んでるの? 私聞いてないんですけど!? 八重ちゃんに先越されたんですけど!」
「誰と争ってんだお前は」
浅日さんが「八重ちゃんに匹敵する人いるのかしら」とため息を吐いていたので僕も心の中で同意を示す。
何か忘れてるような気がするけどなんだっけ?
「次は四十万が行きたい所決めていいぞ」
「そうね。さっきまでは私達を優先してもらったから」
問われた四十万さんは園内のパンフレットを見つめて少し考える。自分の髪を人差し指でくるくるする仕草にドキリとしたのは内緒。
そして、
「うぇへ。面白そうな所見つけた」
彼女の涙袋が膨らむのを見逃してしまった僕を許して欲しい。
――――――――
――ビュォォォォォォ
吹きすさぶ風
眼下に見下ろす園内の全貌
目線を上げれば水平線の彼方まで見えそうだ。
「し、しししししししししししじましゃんの嘘つきぃ!!」
「うぇへへへっ。面白そうでしょ?」
全く面白そうなんかじゃないやい!
ウマ耳と尻尾と貴重品を預けた僕達が立っている場所はなんと……
『ウマッジー! 人馬一体のその先に』
と意味の分からないネーミングで書いてある意味の分からないバンジージャンプ場。
「お客様達は幸運ウマよ。なんと先日出来たばかりのアトラクションウマ! 従業員以外誰も乗りたがらないアトラクションウマよ! そんな栄えある第1号ウマよ!」
えぇ……それは大丈夫なんですか?
「安心するウマ! 従業員の感想では
極楽はまずいんじゃないかな?
四十万さんに連れられた時に気付くべきだった。「ちょっと景色が良い所だから」と乗せられてホイホイ着いて行ってしまった。
入り口を見た瞬間浅日さんがUターンしてた理由が今になって分かってしまう。丸味くんは浅日さんのフォローに行ってしまったみたいだし。
「じ、じゃあここは漢らしく僕から行くよ」
ジェットコースターも何とかなったんだ。ここまで来たら勢いで勝負だ。さっきトイレ行っておいて正解だったよ。きっとこの高さから落ちたら……ね。
しかし僕の言葉にアナウンスのお姉さんと四十万さんがキョトンとした顔。
「ウマ? ひとりじゃない馬よ?」
「そうウマよ?」
もはやどっちが言ってるのかわからないくらいシンクロしている。
「えっと……どういう事なんですか?」
説明書きも読まずにここに来たから何も分からない。そんな僕を
そして、
――ギュッ
「ほわっぷ。し、しじまさん? ななな
なにするの?」
「いいからいいから」
手を繋いで、腕を組んで、かんせつチュウをしてその先は……いきなりのハグ。
「このアトラクションは人馬一体をコンセプトにしてるウマ!」
テキパキとお姉さん達は僕と彼女の足に固定具を付けていく。四十万さんに抱きつかれた衝撃が強すぎて抵抗する事も出来ない。
とってもいい匂いがする。
「足よしウマ!」
「「ウマ!!」」
「金具よしウマ!」
「ウマ!!」
「ワイヤーよしウマ!」
「「ウマ!!」」
「安全装置よしウマ!」
「「ウマ!!」」
「防護ネットよしウマ!」
「「ウマ!!」」
見事な連携で安全チェックが全て終わってしまう。
「ま、まさか……こ、このまま?」
「十蔵くん、バンジージャンプしたいって言ってたでしょ?」
え?
そんな事言ってないです。
「ほら、いつかの現国の授業で言ってたじゃん」
「現国……あっ!」
そう言えば先生に名指しされた時そんな事を言ったような……まさか四十万さんそれを覚えて。
「いつでも行けるウマよ!」
ちょっと待ってまだ心の準備が。
「本音は我慢出来なかっただけだけど」
「え? 四十万さん、なん……て」
――――トンッ
彼女の声は空気に掻き消えて聞こえなくなる。
――ビュォォォォォォォ
「ぴゃぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁっ!!」
一瞬の無重力の後、物凄いエネルギーで落下する僕達。恐怖心が臨界点を超えた僕は力の限り彼女に抱き着いてしまう。
「うぇっへへへへっ! さいっこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
彼女の母性溢れるふたつの丘に顔を埋めてしまう。原点回帰の安心感で少しだけ楽になれた気がする。そして落下の下限点を迎えると張力により上へと舞い戻る。
「ふぃぃぃ……はひぃぃぃ」
「んふふふふふっ。いいよぉ、物凄くいい」
アルプスの丘でヒィヒィ泣く僕に彼女は終始笑っていた。
「濡れちゃった」
「ご、ごめんなさい」
彼女のTシャツには僕の涙が吸い込まれている。
「ううん、そっちじゃないよ」
「ふぇ?」
他に濡れる所ってあるのかな。
思考回路がめちゃくちゃな僕は彼女の言葉に生返事しかできない。
ワイヤーでゆっくり降ろされる僕達に地上から声が聞こえてきた。
「八重ちゃ〜ん!」
「お〜い二句森〜!」
ゆっくりと声の方向を見ると小さくだけどふたりの姿が見える。
「十蔵くん、ピースピース」
「う、うん」
ぎこちなく言われるがままピースをすると、下の方でスマホらしきものを向けていた。
そして降りた所でお客様第1号記念として高解像度の写真を貰った、それも連写で。
「いや〜ふたりともスゲェな。流石に俺は無理だぜ」
「本当にね。見てるだけで鳥肌モノよ」
僕も無理でしたけど!
めちゃくちゃ怖かったけど!
とはいえきちんと謝らなくちゃ。
「四十万さん、濡らしちゃってごめんなさい」
「ぐっしょりだね」
見ると白いTシャツに僕の涙跡がくっきりと。
「十蔵くんに濡らされちゃった。上も下も」
「へ?」
ぼ、僕ちゃんとトイレ行ったから大丈夫だよ。でもでも万が一って事も。
「八重ちゃんどうだった?」
あたふたしている僕を他所に浅日さんが感想を聞く。
「馬並だった」
「え? 馬並? 八重ちゃん……え?」
バンジージャンプの感想が馬ってなんだろう。
「人間ってね。生命の危機に瀕したらめちゃくちゃ凄いんだ」
「アレ? 八重ちゃん何の話?」
人間の神秘?
「三大欲求って凄いなぁ。私は十蔵くんの知られざる姿をしっかり確かめたよ。楽しみが増えちゃった♪」
「えっと……二句森くん?」
ぼ、僕に振られても。
「可愛い顔して立派なお馬さんだったなぁ……うぇへうぇへ」
「「…………」」
僕と浅日さんはトリップしてる彼女に無言になる。ふと丸味くんに視線を向けるとこちらに背を向けてしゃがんでいた。
「オビ?」
「そっとしておいてくれっ!」
「そ、そう。分かったわ」
珍しく強く言葉にする丸味くんに浅日さんは面食らった様子。
「人間バンジー最後は馬。確かに十蔵くんの言った通りだったね」
身を持って証明したと彼女は太鼓判を押してくれた。
結局馬並ってなんだろう。
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