第31話 布とレースと時々私

四十万しじまさん痛くない?」

「うぇへへっ。先っちょだけだから痛くないよ」


 凄く申し訳ない気持ちで彼女の肌を見ると、ほんの少しだけ赤くなっている。

 乙女の柔肌になんて事をしてしまったんだという気持ちが強くなり更に落ち込んでしまうけど。


「これも一種の愛の形だから」

「ごめんなさい」


十蔵じゅうぞうくんにキズものにされちゃった。うぇへあへ」


 そう言われるとなんだか変な気分になるけれど何故か四十万さんは恍惚の表情を浮かべる。笑い方が若干変わってる事と何か意味があるのかな。


「おい詩書しかく。見ろこの腕! お前の手形がバッチリ残ってるじゃねぇか!」

「仕方ないでしょ怖かったんだから!」


「ちゃんと手すりあっただろうが。なんでわざわざ俺の腕掴むんだよ」

「それは……その……掴みやすかったからよ」


「開き直りやがった」

「謝ったからいいでしょ!」


 隣では丸味まるみくんと浅日あさひさんが似たようなやり取りをしている。こっちもなんのかんのと言いながら仲良さそうで良かった。僕は腕まくりした四十万の腕に自分の手を重ねる。


 ――スリスリ


「痛いの痛いのとんでけぇ」


 不意に触られた事に怒ると思ったけど彼女は別の言葉を口にする。


「もっと下」

「ここ?」


「そう。そこをおまんじゅうを掴むようにそっと触って」

「……うん」


 ――ふにふに


「痛いの痛いの……」

「どう?」


 この場合僕が尋ねる番だと思うのだけど。

 えっと、どうとは?


「どんな感触?」


 う〜ん。


「いつもの手とは違う感触。ここの方が柔らかくて温かくて不思議な感じがする。和菓子で例えると白玉のように弾力があるかな……洋菓子で言うとスフレチーズケーキみたいな」

「うぇっへうぇへへ! そうかぁそうかぁ。白玉とスフレチーズケーキねぇ」


 女の子の腕にこんな例えはまずいかなと思ったけど当の本人は満足気な表情をしている。一部例外としてその光景を見ていた浅日さんの顔が真っ赤になっていた。


「十蔵くん」

「ん?」


 彼女の痛みを和らげる為にやっていたけど、ちょっと強く触りすぎただろうか。しかし彼女は空いている手を僕の手に重ねて上から力を加える。


「こんな感じが揉むのが1番ベスト」

「なるほど、これがいいんだね」


「人差し指から順番に小指に力を込める感じはわかる?」

「えっと……こう?」


「合ってる合ってる。ビアノの鍵盤に触れる感覚に似てるかな」

「四十万さんピアノ弾けるの?」


 熱心に指導してくれる彼女はマッサージの心得を分かりやすく教えてくれた。


「ちなみにね十蔵くん」

「はい」


「女の子の二の腕の感触って、ある部位の感触と一緒なんだって」

「へぇそうなんだ! 四十万さんは何でも知ってるね!」


 常に僕の知らない事を教えてくれる彼女に尊敬の念すら感じる。ジェットコースターではかっこ悪い所を見せてしまったけど、いつか僕も彼女に何かを誇れるようになりないな。


「ちなみにどこか聞いてもいい?」

「いいよ〜。うぇへへへへへっ。それはね、お……」


「ストップ! ストップ八重やえちゃん! まだ二句森にくもりくんには早いからっ!」


 僕と四十万さんの間を裂くように浅日さんが滑り込んだ。その顔はさっきよりも赤くて耳まで染まっていた。

 本音を言えばもう少し四十万さんの二の腕を触っていたかったけど、ふたりを蔑ろにしたらダメだよね。せっかく4人で遊びに来てるんだから。

 アレ? 何か忘れているような。


「ちぇ〜。今日のテンションなら持ち込めると思ったのに」

「八重ちゃんそれはまだ早いんじゃないかな? ホップステップ飛び越して大ジャンプしちゃってるじゃん!」


 僕には分からない何かを女の子ふたりは語り合う。


「丸味くん、何の事だかわかる?」

「……あ〜。えっとだな」


 何やら言いにくそうにする丸味くんは悩んだ末にこう結論付けた。


「二句森はそのままで」

「うん? うん、わかった」


 正直何もわからなかったけど一応頷く事にした。


 しばらく絶叫系はお預けという話になりトロッコに乗って進むアトラクションや、迷宮探索の宝探し等を楽しむことにした。


「ちょっとオビ。アンタ私の服掴まないでよね」

「仕方ねぇだろ! 暗い所苦手なんだよ」


「服が伸びるじゃん」

「じゃあどこ掴みゃいいんだよ」


「手があるでしょ!」

「そうかっ!」


 盲点だったですわぁ〜。というような丸味くんの声が可笑しくて笑ってしまった。


「四十万さん」

「ん?」


「ぼ、僕達もですね……あの、その」

「絡み合う?」


 そうじゃなくて。

 なんで四十万さんが言うと全部えっちっぽく聞こえるんだろう。


「て、手を……繋ぎませんか?」

「二の腕じゃなくていい?」


 本当は二の腕の感触をもう一度味わいたかったけど、それはそれで少し申し訳なく思ってしまう。


「…………」

「十蔵くんはわかりやすいね」


 薄暗い迷宮に彼女のランランとした瞳が怪しく光る。


「でもそれはまた今度。意味も含めてたっぷり教えてあげるから」

「お、お願いします」


 そう言った彼女だったけど。


 ギュッ


「ほわっ!」

「今度は私が十蔵くんの腕に抱きつく番だよ」


 僕の腕を丸ごと包み込む彼女の体。

 脇の辺り彼女の腕を挟み込み、外側からは彼女Tシャツとは別の感触が伝わってきた。


「ししししししし、しじましゃん!」


 もしかしたら僕は迷宮探索において1番の宝物を貰ったかもしれない。


「布とレースと時々私。十蔵くんはドッキドキ♪」


 ウマウマランドに来てからはずっと彼女のターン。

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