第30話 結んで開いて肌で感じて


 カップル:一対の存在

     +

 チケット:入場券

     ↓

 カップルチケット:アルティメット恋人券





「アレだからっ! 私達高校生じゃない? だから金銭的に一般のチケットは高いのよ。だから費用対効果を考えて事前に策を練ってたってワケっ!」


 と、浅日あさひさんは腕を組みながら早口になる。


「いやでもお前さ。遊園地に行くって今朝聞いたんじゃ……」

「黙らっしゃいっ!」


 これが幼なじみの掛け合いなのかな。ふたりのやり取りは見ていて安心するものがある。僕も四十万しじまさんとこんな関係になりたいのかも。


「はい十蔵じゅうぞうくん。恋人の証」

「ふぇっ!」


 なんて思っていると彼女はお揃いの腕輪を僕にくれる。

 満面の笑み? で渡されたソレを僕は恐る恐る手に取って眺める。


「"ウマゆい"って書いてあるんだね」

「恥ずかしい?」


「ううん、なんかちょっと複雑な感じがする」

「なんで?」


 正式な恋人でも無いのにいいのだろうかと、ちょっとした罪悪感が生まれるから。


 でもあれだよね。

 将来恋人になればいいんだよね?

 そうすればこの腕輪は嘘じゃなくなる。

 未来恋人ってやつかな。恋人未来?

 ……う〜ん。



「うぅぅ。ま、前借りって事で」

「ん? 金額は割り勘にしたけど」


 キョトンとする彼女にはこの心の内は明かせない。今は仮の関係でも1歩ずつ彼女の近くに歩み寄りたい。


「よし! 頑張るぞー!」


「お、二句森にくもりがやる気だぜ」

「こうなった二句森くんはつよつよだからね。どんな天然を……コホンッ。どんな事をしてくれるのかしら」


 いつの間にか言い合いを止めたふたりは僕の声に反応する。天気は快晴で尾行(デート)日和。早速黒神くろかみさん達を探そうと足を前に出すと。


「ちょっと待って。まずは武装を整えましょう」


 聞き間違いかな?


「え? 武装?」


「そうよ。ウマウマランドに来たら最初に武装を身につけるのよ」


 聞き間違いじゃなかった。

 なんで遊園地で武装するんだろう。と思っていると入場ゲートから入ってくるお客さんは入口近くの建物へと流れていた。


「あそこにあるの?」


「そうよ。私はオビの武装を担当するから、二句森くんの武装は八重やえちゃんが担当して」

「うぇへへっ。腕が鳴る鳴るほうりゅうじ〜♪」


「し、四十万さん?」


 浅日さんも四十万さんもいつもよりテンションが高い気がする。僕は丸味まるみくんと一緒に頭にクエスチョンマークを浮かべていた。


 建物内に入ると。



「いらっしゃいウマ〜! 今のトレンドはツートンカラーだウマ〜」


「「…………」」


 僕と丸味くんはその光景に動けなかった。


「う〜ん。オビの雰囲気的にこっちの気がするけど……いや、待ってこの尻尾も捨て難いわね」

「十蔵くんの耳はこれがいいなぁ。これを着けたら益々食べちゃいたいなぁ。うぇへへっ」


 女の子が洋服選びに時間をかける理由を身を持って体験している。


「八重ちゃんオビのコレどう?」

「ん〜。赤みがあった方が映えるかも」

「それだぁ!」


 鏡の前の自分を見る。

 ウマの耳のカチューシャ。

 ウマの尻尾のベルト。

 それならまだいい方だ。

 隣の丸味くんなんて星型のサングラスにスパンコールが散りばめられたベストなんて着せられてる。


 どこに隠密の要素があるのだろう。


「シカちゃんどう? あと何が足りないと思う?」

「う〜ん。二句森くんはすばしっこいイメージだから首輪とかで独占欲をアピールするとか?」

「それだぁ!」


 あっ。

 僕の装備も追加されたみたいです。


「……二句森」

「……はい」


 レインボーのグラスの向こう側はきっと涙で光っている。


「「女の子って怖い」」


 丸味くんとひとつになれた気がした。



 ――――――


「十蔵くん似合ってるよ」

「なんかあんまり嬉しくない」


「オビ〜、最っ高にウケるわ!」

「お前のせいだっつーのっ」


 武装を整えた僕達はやっと舞台に上がったのだろう。あんまり嬉しくないとは口で言ったけど四十万さんは無難なコーディネートをしてくれたと思う。

 僕達ふたりの武装を選び終わった後、女子ふたりの武装……というか装飾を選ぶのにさらに倍の時間を要した。


「十蔵くんに選んでもらったから私は嬉しいよ?」

「うっ」


 いつもいつもそんな言葉で僕の機嫌をとろうだなんて甘いよ四十万さん!


「ウマ♪ ウマ♪ ウマ結ウマ結♪」


 ぐはっ!

 四十万さんめちゃくちゃ可愛い!


 さっきの威勢は何のその。片耳をぴょこぴょこしながらご機嫌に歌う彼女に一撃でやられてしまった。



「んで、これからどうするよ? 彼氏とやらの顔を拝んでお終いか?」

「んなワケないでしょ! 彼氏の顔を見るのはいつでも出来るわ」


「なら今から何すんだよ」

「遊ぶに決まってるでしょう」


「…………」

「遊ぶに決まってるでしょ!」


 大事な事なので2回言いました。


「うぇへへ。カップルチケットも買ったからね。楽しんじゃお?」

「う、うん」


 丸味くん。

 諦めも肝心だよ。

 最近僕も何となく分かってきたんだ。


「まぁ確かに遊ぼねぇと損だな。1日パスってのかこれ? なら仕方ねぇな」

「素直じゃないわね」

「うっせ!」


 僕達4人はこうして本来の目的を頭の片隅に置いて遊園地を満喫する事にした。




 ――――――――



「オビっ! 絶対離さないでね? 何があっても離さないでね!?」

「痛ててててててっ! 痛てぇってのシカ! 二の腕が引きちぎれるわっ」


 僕達は今、ジェットコースターの座席に座っている。「とりあえず勢いがあるヤツ」と丸味くんの提案でやって来たのだけど、どうやら浅日さんは絶叫系が苦手のよう。

 そんな僕は、


「し、しししししししし……しじましゃん」

「うぇへへ。私の二の腕の感触どう?」


 四十万さんにしがみついていた。

 かくいう僕も絶叫系は苦手なのだけど、四十万さんにいい所を見せようと見栄を張ってしまった。



「それでは行ってらっしゃいウマ〜」



 アナウンスと共にゆっくりと動き出し、視界が空中へと投げ出される。


「ふぃひぃぃぃぃ……」

「やだやだやだやだやだやだ! もう降りる〜」



 僕と浅日さんは意識を失いそうになった。



「いつもより十蔵くんを肌で感じる」



 隣のあの子は恍惚とした表情で笑うのだった。



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