第28話 この病に名前を付けるなら

 『黒神くろかみシスターズの彼氏を突き止めろ』


 という指令が発せられた経緯を説明しようと思う。


 あの日クラスメイト達が阿鼻叫喚に陥った翌日、ホームルームにやってきた担任の薮坂やぶさか先生の言葉。


「……これは、学級崩壊ですか?」


 入学してひと月程過ごしてきた中で先生のこんな表情は初めて見た。確かにそう言いたくなるような光景がそこに広がっていた。


「先生、落ち着いて下さい。決して学級崩壊ではありません」


 と、鮫島さめじまさんがなだめるけど先生は目元に手を当てる。


「しかしこれは……どういった事でしょう?」


 再度疑問を投げ掛ける先生の目には星が見えていただろう。もちろん自分達が着ている制服が天の川銀河をイメージしてるとかいう比喩ではなく。


二句森にくもり君と矛先ほこさき君と丸味まるみ君だけ……ですか」


「すみません」


 何故か謝ってしまった。

 だってこれはどうしようもないじゃん。

 僕だって着てビックリしたんだから。

 クラスの男女比が1:9になってるなんて知らないよ!


「ヒヒヒヒッ。黒神シスターズのワンツーパンチに四十万しじまのストレートだからなァ」

「シャチうるさいっ」


 矛先君の言う通りかもしれない。

 昨日は色々ありすぎたから。

 僕も最後の決め手は四十万さんだったと思う。というよりそうだったらいいなっていう僕の願望。


「うぇへへ……罪な姉妹だね」

八重やえちゃんもね」


 浅日あさひさんがツッコミながら苦笑いをしている。しかし困った顔の先生は理由を知りたいらしく説明して欲しそうに鮫島さんを見つめる。


「これはですねぇ……そのぉ」


 無言の圧力に少し押された彼女はチラチラと矛先くんの方を見ている。ヤレヤレと言った感じの頼れる副委員長は起立をしてネクタイを正し先生に頭を下げる。


「男子達は病に倒れました」

「――っ!!」


 その言葉に顔が青ざめる先生。

 しかしそれも一瞬で、


「病名は……恋煩いです!」

「……コイワ? え?」


「恋煩いですっ!」

「…………」


 先生のあんな顔を初めて見た。

 クラスの女子はニヤニヤとしながら、当事者の黒神さん達はポカンとした顔。当然先生も同じようにポカンとしていたが。



「なるほど、それは不治の病ですね」



 あろう事か真剣な顔で顎に手を当てる。

 今まで真面目で冗談なんて言わない先生という印象だったのでクラス中は驚きを隠せない。


 少し偏見は入りますが、と前置きし先生は続ける。


「高校生という道程において恐らく誰しもが煩う病ではないでしょうか」


「せ、先生も煩いましたか?」


 勇気を出した浅日さんが先生に質問する。


「えぇ、えぇ。私も例に漏れず煩いましたな」


 どこか懐かしい表情の先生に今度は鮫島さんが問いかける。


「ちなみにその病は治りましたか?」

「いえいえ。今も煩ってます」


 さっき「不治の病」と表現した意味を先生は指先ひとつで教えてくれた。


「最も、今はふたりに対してですがね」


 左手の薬指を押さえる先生は柔和な笑みを浮かべた。


「――まぁ私の話はこれくらいにして」


「「「「「えぇ!! もっと聞きたい」」」」」


 女子達の興奮をよそに「病気なら仕方ないですね」と苦笑いをしてホームルームは進んでいった。

 それからしばらくして黒神さん達から「そんなに気になるならデートしてる所を見に来ればいいよっ」と言われたのが数日前。





 そして今現在、僕と四十万さんは駅前に集合している。


十蔵じゅうぞうくん相変わらず早いよね」

「待つのは好きなんだ」


 本当は四十万さんに早く逢いたくて来たのだけど言わなくても大丈夫。


「ねぇねぇ、私の今日の気分当ててみ?」


 なんだか久しぶりの感じはするけどほとんど毎日聞いているので今日は当てたいな。


「えっとね。黒でしょ!」


 今日は黒神さん達のデートを偵察する日。そして僕達は影に徹っしなければならない。そんな事を思って聞いてみたのだ。しかし彼女は、


「黒かぁ……黒は持ってないんだよねぇ」


 アレ?

 持ってない?

 気分の話じゃなかったっけ?


「十蔵くんが黒好きなら挑戦してみるのもアリかな」

「えっと……」


「うぇへへ」とニヤニヤとしながら横髪を弄る仕草が愛らしく、何の話をしていたとかさえ忘れてしまいそうだ。


「お〜い! 二句森〜」

「八重ちゃんごめ〜ん!」


 遠くから手を振って掛けてくるのは最近見慣れたあのふたり。


「丸味くん、浅日さん。こんにちは」


 僕達の前に到着すると申し訳なさそうな顔でこう続ける。


「このバカが二度寝しようとしてさぁ。叩き起しに行って正解だったわ」

「違ぇって! お前が夜遅くまで作戦会議だって寝かせてくれなかったからだって」


「何よっ!」

「なんだよ!」


 待ち合わせまでまだ時間はあるし遅刻でも無いのだけれど。もしかしたら僕と四十万さんが来てるのを見て焦ったのかな。


「ま、まぁ落ち着いてふたりとも。こうして揃ったんだからいいじゃない。ケンカは良くないよ?」


「うっ」

「……確かに」


 なんとか落ち着いてくれたかな。

 だって今から黒神さん達の後を尾行するのだから。仲良くしないとね。


「うぇへへ。喧嘩するほど愛してる」


「なっ!」

「ちがっ!」


 やっぱり最後は彼女の言葉で締められる。


「んじゃ行こっか」



 差し伸べられた手の平に僕も自然と手を乗せる。

 最初からそこが定位置だったかのように。

 後ろのふたりはどんな顔をしてるかな。



 誰に言われるわけじゃなく。

 僕自身が分かってる。

 この病に名前を付けるなら。



「2回目のデートだね」

「……うん」



 彼女の名前に相応しい――八重の恋煩い。


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