第27話 いいってどういう事ですか四十万さん
晴れ渡る4月の陽気。
爽やかな風が頬を撫でる頃、いつもなら学校のホームルームを受けている時間だけれど今日はお休み。
そして僕は――待ち合わせをしていた。
集合時間より随分早い気がするけど遅れるよりいいよね?
じんわり首筋に汗をかいてしまい持ってきたタオルで拭こうとすると、
――ピトッ
「ひゃわひゃぁっ!!」
冷たい感触に奇声を上げながらその場を飛び退いてしまった。何事かと思って振り返ると、聞き慣れた笑い声がいつもよりワントーン明るく聞こえてきた。
「うぇへへっ。おはよ
こんな事するのはひとりしかしない。
「お、おはようございます。しじましゃ……
「んっ」と微笑む彼女は学校とは違った雰囲気を醸し出す。以前一緒に映画館に行った時とは違った印象だ。
長い黒髪は後ろでポニーテールにまとめて白色のキャップの後ろから出す形。普段なかなか見ることができない綺麗なうなじがあらわに。シャツは帽子とお揃いの白のTシャツ、動きやすいデニムにおへその部分だけインしている格好。
本人は地味な格好をしてくると言っていたけど僕から見れば雑誌の表紙を飾ってもおかしくないと思えてしまう。『気になるあの子補正』がかかっているかもしれないけどそれを抜きにしても見蕩れてしまう。
「私の事見つめてどうしたの? 好きになっちゃった? うぇへへっ」
その言葉に僕のハートから直接言葉が出てきそうになる。「好きです」この一言が出てきたら彼女はどんな反応をするだろう。と、そこまで考えていると彼女は手に持ったスポーツドリンクを僕に差し出す。
「私が1番だと思ったんだけどね、また負けちゃった」
「……なんか、ごめん」
あの日も僕は早く来ていた。
女の子を待たせるべからず、と教えられていたのでそうしたのだけど、もしかしたら彼女も理想のシュチュエーションがあるのかもしれない。
「責めてる訳じゃないよ。別の意味で十蔵くんを攻めたいけどね」
「え、どういう意味?」
と聞くと「内緒」とウインクしながら言ってきた。最近、普段見られなかった表情を見せてくれる彼女は親しくなったからと思っていいのだろうか。
「早く飲まないと
「あっ、ありがと。えっといくらだった?」
鞄から小銭入れを出して飲み物代を出そうとする僕を彼女は制した。
「お代は十蔵くんの体で」
ん?
「えっと……い、いくらでしょうか?」
気のせいだよね?
今、カラダって聞こえた気がしたけど。
「早まりすぎた。まずは下ごしらえからだもんね」
はい?
「うん? 四十万さん、お代は?」
話が噛み合ってないように思うのは僕だけかな?
そんな彼女は暑い中待ってたご褒美だと言って奢ってくれた。
「ありがと」
「んっ。利子つけてしっかり返してもらうから」
奢ってくれてはいなかった。
その上借金までしてしまった。
「ふふっ」
「うぇへへっ」
彼女との何気ないやり取りが可笑しくて顔を見合わせて笑い合う。彼女は僕の隣に立って駅前を通り過ぎる人達を見つめていた。もちろん僕の目は彼女の方にばかりチラチラいくわけで。
「今日はいつもより見てくるね。そんなに変かな?」
「あ、いや! 変とかじゃなくてっ! 逆っていうかなんというか」
自分の姿をクルクル見る彼女に嫌な気持ちになって欲しくない。
「逆って何かな? かな?」
「あうっ……あのですね。その……」
「その〜?」
僕の目線は彼女の靴、彼女の目線はきっと僕のつむじを見ていると思う、ニヤニヤしながら。
えぇいっ!
漢、十蔵!
臆するな!
「今日の、四十万さんも、とても、素敵、です!」
顔を思い切り上げて力いっぱい声に乗せる。僕にできるのは素直な気持ちを伝えるだけだ。
顔を上げた僕の目に何故かブラウン色の僕の顔が映っていた。
アレ?
なんだろう、ガラスかな?
もちろんガラスではない。
ガラスのようではあるけどガラスではない。
「……あっ」
どっちの声が先に出たのかなんて分からない。一音の吐息が互いの肺を一瞬で移動したのが分かってしまったから。
急いで離れなければ……と思うけどあまりの出来事に体が固まって動けない。もしかしたら目の前のガラスの住人も同じ考えかも。
まるで砂時計が途中で止まってしまったかのような感覚の中、彼女は何かを察したようにガラスに薄いフィルターを被せる。
「……いいよ」
え?
え、え!?
いいよって何?
薄く閉じられた瞳と薄く開かれた口元。
改めて見ると彼女の唇は艶やかに輝いていた。
い、いいって……いいってそういう事?
この状況は映画の中で何度も見た。
女の人が目を閉じて今と同じように囁くのだ。そしたら男の人が女の人の肩に手を添えて唇に……くちびるに……キ、キキキキ。
――ドキドキッ
――ドキドキッ
「おーす! 待たせたな
「バッカ! アンタ今いい所なのにっ!」
ゴンッ!
「痛ってぇ! 何すんだ
「アンタが空気読まないからでしょ!」
この状況を打破する
特定の人からすると
「
声のする方向へ急旋回してできるだけ大きな声で応えてしまう。だってティンパニのように鳴り響く心音を隠したいから。
「おはようふたりとも。それとごめん
「おはよ、気にしてないよ。いつでもイけるから」
浅日さんは四十万さんに何かの謝罪をしていた。背中にゾクリとしたものを感じた僕は頭を抑える丸味くんに駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「まぁな慣れっこだ。ってかすまん二句森、何か知らんが俺も邪魔したみたいだ」
何も邪魔はしてないけど。
どちらかと言うと助かったというか。
しばらく男女でたわいない会話をした後、浅日さんが宣言する。
「さて、集まった事だし行きましょうか」
なぜ休みの日にこの4人で集まったかというと。
『
あの騒動がここまで発展してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます