第26話 サメちゃんとシャチくん

「シャシャシャ! みんな落ち着いて聞いて」


 教卓の前に立って注目を集める女の子はこのクラスの学級委員長の鮫島鋭利さめじまえいりさん。笑い声と歯並びが鋭い所がチャームポイントのクラスのまとめ役――愛称サメちゃん。

 彼女の隣には制服を着崩して髪を後ろでまとめている長身の男の子、名前は矛先鯱楼ほこさきしゃちろうくん。少し気だるそうにしながらも彼女のサポートとして気付けばそばに居るクラスの副委員長――愛称シャチくん。


「みんな言いたいことはわかるわ。黒神くろかみシスターズに恋人が居るのが信じられないのよね? ウチもそのひとりだから安心して」

「別に黒神達に彼氏のひとりやふたり居てもいいだろうがよォ」


「シャチは黙ってて!」

「……ふんっ」


 みんなを代表して述べた鮫島さんに対して矛先くんは早く会話を終わらせて学食に行きたい様子。だけどしっかり鮫島さんの言うことを聞く辺り見えない信頼関係があるのかもしれない。


「現状を把握しましょうか。何か知ってる事がある人?」


 鮫島さんの声に浅日あさひさんが手を挙げる。


「ふたりは茶道部に入るつもりらしいわ。もしかしたらその関係者じゃない?」


 浅日さんの言葉に「茶道部かぁ」「でもあそこって女子だけだったよな?」という声が聞こえてくる。


「確かに可能性はあるわね。他には?」


 進行役の鮫島さんは気だるそうにする矛先くんを睨むと無言の圧力を加えていた。渋々黒板に『茶道部』と書いている彼は見ていて新鮮だった。


「はい! 確か3年生の先輩に黒神さんのお姉さんがいるよ」

「そうなの?」

「うん、部活の先輩が言ってた。歌がめちゃくちゃ上手いんだって」


 チアリーティング部に入る予定の踊場小鞠おどりばこまりさんが興奮したように力説する。その会話を頷きながら聞いていると隣から小声で話しかけられた。


二句森にくもりくんは知ってる様子だね?」

「うん。黒神さんのお姉さんはお店にも良く来てくれるんだ。父さんと母さんは黄金の歌姫って呼んでたかな?」

「うぇへへ。カッコイイね」


 僕も去年の文化祭と体育祭を間近で見ていたからその凄さはわかる。あの時はライブ会場でしか味わえない一体感というか臨場感が圧巻だったなぁ。


 ――つねっ


「っ! い、いふぁいよっ! しじましゃん」


 何故か隣のあの子に頬をつねられた。


「なんだかつねりたくなった」


 との事だけど僕は何か悪い事をしたのだろうか。


「お姉さんに直接聞くってのはハードルが高そうね」

「双子に聞きゃいいだろうがよォ」


 矛先くんの意見は直接的で理に適っていると思う。しかしそれを周りの男子が制止する。


「シャチ……俺達は認めたくないんだよ」

「そうだ。きっとこれは悪い夢……夢なんだ」

「直接聞いて紹介されてみろよ。俺は灰になる自信があるぞっ」


 黒神さん達の言った事を冗談だと信じてる男子達はすがるように矛先くんに擦り寄っていた。


「ったくわかったよ。好きにしろ」


 強めな口調で言いながらもクラスメイトを邪険にしないのが矛先くんの良いところ。


 それぞれが意見を口にするけどなかなかいい案が出てこない。気付けば昼休みも半分を過ぎてしまう。机に置いたお弁当の包みが少し寂しそうに見えてきた頃、浅日さんが提案する。


「やっぱりここは情報収集が大事なんだよ」


「ほぅ」

「詳しく」


 彼女は独自のネットワークを駆使して真相に迫る選択をしようと話す。


「私さ新聞部に入りたいんだよね。確かそこの先輩が一流の情報屋なの。体験入部をするていで聞き込みしてみる」


「おぉ! 流石情報通」

「頼りになるぜ!」


「シカちゃんに任せればいいかも」

「だねっだねっ!」


 浅日さんの体験入部作戦に拍手が巻き起こる。しかし当の本人は決め手に欠くようで。


「それでも確実とは言えない……複数方向からのアプローチが欲しいわね。サメちゃん何か無い?」


 唸りながら鮫島さんに意見を求める。同じく考えていた彼女は最も確実で、男子達にとっては最も残酷な言葉をポツリと落とす。




「……実際にデートしてる場面を見るのは?」




 クラスの半分が世界の終わりの表情をした。




「ウチが直接見たいのは山々だけどウチとシャチじゃ目立つからねぇ」

「オレを頭数に入れんじゃねェよ」


 しれっとふたりの関係が垣間見えた気がした。


「俺も嫌だよ……だってもし……くっ」

「皆まで言うな、なっ?」

「チャラチャラした人だったら立ち直れないし」


「う〜ん、誰か適任な人居る?」

「私もいざって時の対応ができそうに無いし」

「ちょっと怖いもんねぇ」


 方針は決まったけど人員が決まらない。とりあえず話題の中心から外れそうなので、僕は寂しそうにしているお弁当に手をかけようとして、



「だったら二句森はどうよ?」



 前の席の丸味まるみくんがそんな事を言い出す。クラスメイトは一瞬の沈黙の後、丸味くんと僕を交互に見渡す。


「二句森か……悪くないかも」

「このクラスの天然兵器リーサルウェポンだからな」

「きっと何かやらかしてくれるハズ」


「リーサルウェポンじゃなくてネイチャーじゃない?」

「でも確かに人畜無害って事なら良いかもね」

「でも二句森くんに押し付けるのはちょっと可哀想じゃない?」


 何か話が僕中心に進んでませんか?

 気にせいですか?


「二句森だけにやらせねぇって! 俺も行くってのっ」


 初めからそのつもりだったらしく丸味くんがガタッと席を立つ。


「まぁオビが居れば安心だけど」

「決め手に欠くっつーか」


「でへへへっ。二句森‪✕‬カケ丸味……捗りますなぁ」

「ちょっとアンタヨダレ垂れてるわよっ」


 話が急過ぎて僕は呆然としながら成り行きを見てるしか出来なかった。


 ――コツコツ


「二句森」


「……矛先くん?」


 そんな僕の目の前に、気だるそうに教壇に寄りかかっていた矛先くんがぬぅっと現れて。


「嫌なら嫌って言えよ。そういうのはハッキリしろ」


 皆に聞こえるように一言一言しっかりと念を押す。


「…………」


 その声にクラス内の雰囲気が引き締まる。矛先くんの目は真剣で「無理やり押し付けるんじゃねェ」とクラスメイトに釘を刺したのがわかる。


 優しいなぁ矛先くんは。

 でも……



「僕も……ちょっと確かめてみたい気持ちは……あるんだ」



 彼の目を僕も見返す。

 数秒して、


「……そっか。ならいいんだ」


 そう言って教壇へと帰っていった。



 ――ホッとした雰囲気のクラス内と僕。


「シャシャシャ! 素直じゃないわね」

「うっせ!」


 鮫島さんに言われて何かを否定する矛先くん。そして話は終わりを迎えようとしていた。


「それじゃあ、丸味くんと二句森くんに――」


 まとめ作業に入った時、不意に隣から手が挙がる。


「ん? 八重やえちゃんどうしたの?」


 四十万さん?

 どうしたんだろう?


 普段あまり人前で発言しない彼女は何を言うのだろう。僕も少し興味が湧いてゆらりと立ち上がる姿を凝視する。



十蔵じゅうぞうくんひとりじゃ不安だから、私も着いていく」



 ――静寂



 彼女の大胆すぎる発言が静寂を産んだのでは無い。



「じゅうぞうくんって……二句森の下の名前?」

「え? ふたりはそんな仲?」

「待て待て待て! 聞いてねぇよ!」


「……八重ちゃんもしかして」

「有り得るわ! この前手を繋いで登校」

「え? もう超えちゃったの? 早くない? まだ1ヶ月も経ってな……」



 本日2度目の衝撃でクラスの男子達はノックアウトしたみたい。


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