第25話 双子さんの衝撃
気になるあの子が隣にいる。
それだけで学校に行くテンションが何倍にも膨らむのだから我ながら単純だと思う。そんなあの子と今朝待ち合わせて学校に来たハズなのに浮かれ過ぎて何を話したのかさえ覚えていない。
――チラッ
隣のあの子を覗き見る。
黒くて美しい長い髪を耳に掛けながら板書をノートに書き写す。指先に握られた鉛筆が嬉しそうにその身を削りながら白紙に色を添えてゆく。
――チラッ
不意に彼女の視線がこちらを向く。
「っ!」
ドキリとして慌てて教科書で顔を隠してしまった。そんな僕の行動が面白かったのか可愛らしい小声で「うぇへっ」と聞こえてきた。
笑う声も何もかも僕の心を
長いようで短い時間。
短いようで長い時間。
時計の長針が短針を追いかけるのか。
短針が長針を追いかけるのか。
そんな事を考えているとあっという間に昼休みになってしまった。ここでいつもならクラスメイトは一斉に学食へと流れて行き、教室には僕と彼女になるのだけれど今日は少し違った。
「待てー!」
「きゃははっ! まったないよ〜」
このクラスのムードメーカーで元気を象徴する双子さん達。
どうやらクラスメイト達はその鬼ごっこを暖かな目で見守りながら一時の癒しを得ているようだった。
「あんな風にはしゃげたらいいよな」
「だな、ふたりを見てると元気貰えるもんな」
「そうそう」
男子達の会話に僕も同意を示すようにコクリと頷く。
「でもさぁ、アオちゃん達にもいつか想い人ができるかもしれないよねぇ」
「想像できるかなぁ、う〜ん」
「まだ花より団子って雰囲気だもんね。きゃはっ」
女子達は色恋沙汰がお好きなようで僕はその話題になると目線を下げてしまう。
「いやいや怖い事言うなよ! 想像したじゃねぇか」
「えぇ、いつかはその時が来るってぇ」
「いいや、あのふたりはずっとあんな感じだってば」
「何言ってんの? 恋する乙女なめんなっ」
いつの間にか男子達も会話に混じって色んな事を言っている。そして、近くを通りかかった双子さん達。そしてキョトンとした顔で会話の主達にあっけらかんと告げる。
「およよ? 私達恋人居るよ?」
「よよよ!」
――静寂
あるいは美術館に入った時に感じる厳かな雰囲気。あるいは音楽ホールでピアニストが鍵盤に触れるまでの刹那の時間。
僕含めクラス内には一瞬とも永遠とも思える時間が流れた。
「お姉ちゃん早くしないと学食混むよ?」
「そだね。んじゃまたねー」
静寂を生み出したのが双子さんなら、その静寂を打ち消すのも双子さん。彼女達は何でも無かったかのように廊下へ飛び出しタタタッと駆けて行った。
ふたりが出ていっても尚、クラス内は時間が止まったような感覚が拭えない。僕も少しいたたまれなくなりチラッと隣を盗み見ようとしたけれど、
「――ふぇくっちゅ」
隣のあの子がくしゃみをした。
いつもは摩訶不思議に笑う彼女だけれど、くしゃみの声は可愛らしいなと的外れな事を思ってしまった。
そんな彼女は照れ隠しで、
「うぇへっ」
普段見せないようなキョトンとした顔で、舌をペロッと出しておどけてみせる。
あぁ、こんなの反則だよ四十万さん。
どうやらそれがスタート合図になったようでクラスメイト達は100メートル走よりも早く言葉を我先にと前へ飛ばす。
「待って、待って! 待って!! 脳が追いつかないんだが」
「冗談だよな? なぁ、そうだよな!?」
「え? こいび……えっ!?」
我先にとは言ったけど羅列するのは意味を成してない言葉たち。男子達は机は柱に向かって独り言のように繰り返していた。
「アオちゃんとカナちゃんに恋人?」
「ねぇ知ってた?」
「いや……初耳なんですけどっ」
どうやら情報網で上をいく女子達も知らなかったようだ。それは斜め前の席の
「……恋人」
不意に隣から声が聞こえて僕は目線をズラす。その声の主はさっきのお茶目な表情とは裏腹に「うぇへへっ。うぇっへへ♪」といつも以上にニヤリとする。
いつか僕も『恋人がいます!』と真正面からそう宣言したいと思えるほどに双子さん達は清々しかった。
「とりあえずお昼ご飯食べなきゃ」
未だにクラス内は混沌としていたけれど午後にある体育に向けて腹ごしらえをしなければ。
鞄からお弁当の包みを出した頃、不意に教卓の方で「パンッパンッ」と手を鳴らす音が聞こえた。
「シャシャシャッ! みんな落ち着いて聞いて」
特徴的な女の子の笑い声がクラスメイトの沈静化を計る。
――結論から言うと僕はお弁当を食べ損ねた。
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