第24話 電波でつながる夜
「――うわぁぁぁっ!」
何かを思い出して笑う事はあるけれど、思い出して転げ回る事はそんなに無いと思う。
「言っちゃった……言っちゃったよぉ」
自室のベッドの上でゴロゴロと羞恥に悶えて転げ回る僕を笑ってほしい。
『誘ってるの?』
『うん、誘ってる』
思い出されるのは放課後のあの言葉。
会長達が仕掛けたお祭りが盛大に幕を閉じた後、
「でも、少しだけテンションが高かったような」
何かを語る彼女は妙にご機嫌だったように思う。鼻歌も混じって楽しそうにしていたので良しとしよう。
「うぅぅ、明日からどうやって話しかけよう」
意識するといっちょ前に調子のいい事を言ってしまった手前、きっとまともに顔を見る事ができない。
「でもでも、男の子として意識してもらう事にはなったかな?」
窓に映る自分を見てそんな事を呟く。夜のテンションもあるけれど、心なしか顔付きが
「よし、明日はちょっと早めに出ていつもの所で待ってよう」
朝の通学路の曲がり角。
思えば彼女は僕より早くあの場所で待ってくれていたのだ。良い機会だから明日からは僕が先に行こう。
「という事で、明日の為にも早く寝ないと」
決意を新たにスマホのアラームを早めにセットしようとしていると、
ピロリロリロリン♪
「どひゃあっ! な、なに!?」
急にスマホから音が鳴り響くものだから慌ててベッドに投げてしまった。
「ビビりすぎな所も直していかないとなぁ」
深夜の心霊番組やお化け屋敷は正直苦手。なんなら高い所も好んで行きたいとは思わない。弱点が多いような気もするけど、誰にでも苦手ってあるよね?
そんな事より今は鳴り続いているスマホに目を向けなければ。僕は恐る恐る画面を覗き込むと息を飲んだ。
「……あっ」
画面に映し出されるアイコンと着信者名を見た瞬間、僕は光の速さで画面をタップする。
「も、もひもひっ二句森十蔵ですっ!」
噛んだことなんて気にしたらダメだよね。そんな僕の声に電波で繋がるあの人がいつものように笑い出す。
「うぇへへっ。もひもひって可愛いね。私も使ってみようかな……こんばんは十蔵くん。四十万
「こ、こんばんは四十万さん」
どうか先程の醜態を忘れてください。
そう思いながら僕は彼女との会話の糸口を探す。
「えっと、どうしたの? 何か用事でもあった?」
彼女から電話を掛けてくるのはこれで2度目。最初は番号を交換したその日だったように思う。
「ん〜……」
僕の質問に曖昧な返事の彼女は答えをはぐらかしているように感じる。
「……四十万さん?」
不安に思っていると彼女はワントーン上がった声で喋り出す。
「特に用事は無かったんだけど……強いて言うなら」
しいていうなら。
漢字で書くと強く言うという事。
一体彼女はどんな言葉を聞かせてくれるのかと待ち望んでいると、零れる吐息が耳元で揺れる。
「今日という素敵な夜に十蔵くんの声が聞きたかったから」
「〜っ!?」
隣の席の人1人分空いた距離より遥かに離れているはずなのに、この電波という代物は逢いたい人を側まで連れてきてくれる。
四十万八重さんという摩訶不思議な少女は僕の心を銀河の夜に旅立たせてくれるようだ。
「……四十万さんは凄いね」
「ん? 私が今全裸な事が?」
「ぶふぅっ! 全裸なの!?」
「うぇへへ、冗談だよ。さっきまでそうだったけど」
な、なるほど。
僕に電話を掛ける前はお風呂にでも入ってたのかな?
これ以上聞くと墓穴を掘りそうになるのでやめておく。
「思った事を素直に言えるのが凄いってことっ!」
恥ずかしさで少し語尾が強くなってしまったけど彼女はそんな事は気にしない様子で語り出す。
「本音は全然言えないよ」
「そう……なの?」
少しの間に彼女は小さく笑いながら続ける。
「1日がもっと長ければいいのにっていつも思っちゃう。逢えない日は何してるかなぁって考えちゃうし、逢える日は普段より早起きしちゃう」
「……うん」
何となくその気持ちはわかる気がする。
「365日毎日逢っても飽きる事は無いだろうなぁって思ってる」
思えば彼女は何の事を話しているのだろう。けれど聞くのは野暮というもの。今は学校よりも
「一緒に撮った写真を眺めたり、ベッドに移動してうぇへ♪したり、眠れない夜を何度過ごしても気持ちは高まるばかりなの」
うぇへ♪の部分が気になるけど1番触れちゃダメなやつだよね?
「そして今日はとっておきの1日だったんだよ……わかる十蔵くん?」
「それはつまり……気分はひまわり畑って事?」
「そういう事っ♪ だんだんわかってきたじゃん。いつか私も十蔵くんに丸裸にされるんだ〜」
比喩表現だと分かっていてもドキリとしてしまう。きっとこれは夜のテンションのせい。もっと言えば彼女という不思議な女の子のせい。
「し、四十万さんは勉強してたの?」
恥ずかしくて話題を変えたい僕は唐突に話題を振る。しかしそこは彼女の方が一枚上手。
「ベッドでうぇへ♪」
「…………」
「してたら何だか声を聞きたくなって」
「…………」
僕が何も言えないのをいい事に彼女の口はどんどん回る。
この学園の行事が楽しみ、部活は一緒の所にしよう、今度はお昼学食にしよう、まだ行けてない場所に探検に行こう。
たわいもない会話が夜風に乗って僕の心に入ってくる。気付けば今日という日付がさようならする時間になっていた。
「……四十万さん、もうそろそろ」
「……んっ」
僕と彼女も明日があるので寝ないといけない。いけないけど僕はまだ繋がっていたい衝動に駆られた。
「…………」
「…………」
息づかいだけが電波の向こうからやってくる。あと少しで今日という波乱の日が幕を閉じるのだ。
「じゃあ、日付が変わる時に切ろう」
「んっ」
メトロノームのように鳴る僕の心臓に合わせて時計の針も手を振っている。
――トクトク
――チクタク
さようなら今日という素晴らしい日よ。
――カチ
「…………」
「…………」
ようこそ今日という素晴らしい日よ。
「……ふふっ」
「……うぇへ♪」
時計の針がやれやれと首を振った気がした。
「……もう少しだけ」
「……んっ♪」
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